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ウナギは寂しいと死んじゃうんですよ!  作者: うな重(松¥1080
1/6

ゲコ吉死す

ウナギって美味しいですよね。


ところでアナタはウナギが美味しいこと以外に何か知っていることはありますか?私はありません。


そんな感じです。

 「ウサギは寂しいと死んじゃう」と言う。しかし、正確には誤りである。寂しがりな性格かどうかはともかく、飼育の難易度が高い部類の動物であることに違いはない。

 では、ウナギはどうだろうか?今、俺の眼前に置かれた丼ぶりには、金色の焼き色を、身を開き見せつけ、いやらしい匂いを鼻から脳へ届け、唾液を抽出させる。

 いまだ生態に謎を多く残しているこの生物が俺の食欲を刺激する。

 

 注文から長時間立っていることもあり俺の脳は思考より行動を選んだ。


 「いただきます」

 しかし、俺の想い<感謝>を乗せた箸は着丼したそれに届くことはなかった。


 どうしたことか、丼ぶりは湯煙のように消え去り、そこには女の子がぽつんと座っていた。

 俺は叫んだ。


 「うっ!丼がああああああああああああああああああああぁぁぁっ・・・ああっ!!」

 俺の叫びに女の子は特に驚いた様子も見せず言の葉を被せてきた。

 「うどんじゃないですよ。いやだなぁ。どうみてもウナギじゃないですかーやだー」


 え、誰?なに?なにこれ。


 「おッ!兄ちんラッキーだねェ!!ウナガミサマじゃあねェかァ!この目で見るのは初めてだが、本当に存在するとはねェ!!」


 「店長・・・!」

 いや、わからんけども。

 ありがたがる店長と自慢げに腕を組んでる女の子が机の上にいる、客が俺だけの異様な鰻専門店、一丁上がり。


 「店長、俺のうな丼・・・」


 「おうよ、お持ち帰りなァ!」


 「いやん」

 いやん。じゃないんだよ。


 「いや、そうじゃなくて、ウナギ食べたいんですけど」


 「いやん」

 おめぇは黙ってろ。


 「すまねェ!兄ちん、さっきのが最後の仕入れ分だッたんだァ!」


 「て、店長・・・!そんな・・・」

 馬鹿な・・・一体どうしてこんなこんなことに。この日の為に頑張った一週間、残業に急な呼び出し、リスケにも耐えてきた。そんな俺の癒し、体力回復最強の相棒。鰻!お前じゃなかったのかよ!

 「はい。ウナギですよ。そんなことより帰りません?ちょっとこのお店暑すぎて、こんなところにいたら蒸し焼になっちゃいますよー」


 「勝手に帰ってくれ、俺は残されたビールちゃんと余韻に浸っていたいんだ」


 「じゃあ先に帰りますね~。」

 女の子はぬるっと開けっ放しだったドアから出て行った。


 「なんだったんだ・・・」

 心のオアシスが失われた。そんな感じがした。


 「まァ、来月もウマいの仕入れてくるからよォ。気を落としなさんなァ・・・」


 「店長・・・!」

 オアシスを俺に与えている店長もまたオアシスなのだと、思い知らされた。ウナギの神様はもしかすると、身近な大切なものを教えるために現れた天の使いだったとさえ感じる。ThankYou!ThankYouOasis!イェア!<超感謝>


 「店長・・・」

 「いつもの礼に今日は俺が代金持つんで、コレ・・・一緒に飲み明かしましょうよ」


 「兄ちん・・・くゥうううありがとうよ!つまみは任せなァ!」

 マイハートOasisの店長とのパーリィの幕開けだ。ついてこれるか?


 四万十川の流れのように広く長く穏やかに、時に激しい自然の厳しさを見せる、その言動は正に激流、川。漢。マイハートOasisの店長・・・!最高だぜ。友に年齢の壁などないのだと俺は感じた。マイハートOasis店長・・・!心の友よ!ありがとう、永久に。永久に続いて欲しいと思うほどの充実した時間の流れを感じながら俺は眠りについてしまった。


 しばらくすると朝日が俺の顔を照らしていた。酔いつぶれて寝てしまっていたらしい。店長の姿はない。あるのは書置きと俺にかけられた毛布。

 メモに目線をやる。

 「ウナギ探してくらァ」

 それだけ書かれていた。


 「店長・・・!」

 「・・・・・・帰ろ」

 朝日が染みる。頭が痛い。飲みすぎたらしい。3件先の我が家が遠く感じるほどに足取りは重く疲れていた。やはり、ウナギパワーが必要だ。別の店舗をさがすか・・・。

 「・・・帰ろう」

 ゲコ吉が待っている。ゲコ吉は昔、飲みすぎた俺に優しく蛙の調べを届けてくれた。今では唯一の家族だ。

 ほぼ丸一日も家を空ける予定はなかったので、気になる。衰弱なんて、しないだろうが気がかりだ。そう思うと自然と足取りは軽やかになった。急げ。


 辿り着く。ドアを開る。水槽に目をやる。


 「いない!」

 石の裏などにもいない。落ち着いて観察すると、その水槽には明らかな異変が見て取れた。


 周囲に散乱する砂利。

 「ゲコ吉が脱走した時に散らばったにしては量が多い」

 水槽内のえぐれた底砂。

 「ゲコ吉は手の平に乗っても手が余るサイズだ。それにこんなに掘っているところは見たことがない」

 開けっ放しだった水槽のふた。

 「プラスチックだが、ゲコ吉に開けられるだろうか?」


 思考を巡らせている時、部屋から物音が聞こえた。

 「誰かいる・・・」

 緊張が走る。玄関ドアは鍵が閉まっていた。窓からか?集合住宅の3階だぞ?登れるワケがない。だが、物音が物語る。「ここにいるぞ」と、言わんばかりの大胆な犯行だ。


 いいだろう。拝んでやろうじゃねぇか。待ってろゲコ吉。

 勢い勇んで劈く音を立てながら、勢いよく1K管理費共済日込み7.5万円の部屋のドアを開ける。


 「お帰りなさいご主人様。ご飯にする?お風呂?そ・れ・と・も・・・」

 言い切る前に遮った。

 「お前!?なんでここに!!」

 そこにいたのはウナギの神様だった。夢じゃなかった。


 ウナガミ様は不思議そうに首をかしげながら答えた。

 「先に帰るって言ったじゃないですかーやだなーもー。こう見えても私、鼻が利くんですよ!」

 自慢げに語る。

 「だから、教えて貰わなくてもお家に辿り着いたってわけです!」

 自慢げに語った。


 知らんけども。

 「鍵閉まってただろうが!どうやって侵入した!?」


 「鍵?窓が開いてたのでそちらから・・・にゅるっと!行かせてもらいました!はい」


 はい。じゃないが?

 「いやもういい・・・、そんなことより、ゲコ吉見なかったか?ちっさいかわいいカエルなんだ」


 「ごちそうさまでした」

 ウナガミサマはニッコリ笑顔で手を合わせる。


 「は?」


 「え?」


 「食べた!?」

 信じられない。昨日まであんなに元気だったのに!走馬灯On-Air。流れ出すゲコ吉のソロライブ。

 想いは止められない都田川の流れのように浜名湖へ流れ出でる~FeelMyHeartBeat!~


 「返せよ・・・」


 「返せよ!!ゲコ吉!!俺の家族なんだ!!」


 「はい」

 澄んだ表情でウナガミサマはそう答える。


 「はいってお前、食べちまったモンは・・・」

 「・・・ッ!!!」


 耳に届く、ゲコ吉の歌が・・・!一体どこから??

 「・・・」

 ウナガミから聞こえる・・・。


 「モァ・・・ァ」

 ウナガミが胃から口内へゲコ吉を戻し、口を大きく広げてこちらに見せてきた。


 「ゲコッ!」


 「ゲコ吉!!生きてたのか!!」

 よかった。ホントによかった。俺はまた家族を失うところだった。安心すると自然と涙が流れてきた。

KeyToMyHeart・・・仁淀川のように俺の心は澄んでいた。


 「ありがとうよ。相棒、そんなにオレっちのこと思ってくれてたなんてよぉ。貰い涙が来ちまうじゃあねぇか!」


 「・・・」

 ウナガミから聞こえる・・・。おっさんの声が聞こえる。というか、ゲコ吉から聞こえる。


 「オレっちは元気だから心配すんな!たまにこっちにも顔だすからよ!いままで御飯ありがとうな。そのういた金で上手いもんでも食ってくれや」

 ゲコ吉が語りだした。なんだか会社の上司みたいだった。


 「ごくん・・・どうします?」

 ゲコ吉はウナガミに帰っていった。自然とは、そういうものなのっだろう。やがて俺も母なる大地へと還るのだ。

 「オレっちは時が来ただけよ。お前さんはしっかり生きな」

 ありがとうゲコ吉。俺、強く生きるよ。


 「俺、疲れたから寝るわ」


 「お休みですね、どうぞこちらへ!」

 ウナガミはそう言うと布団の上に正座して、ぽんぽんっ!と太ももを叩いてみせる。


 「いや、帰れよ」

 俺はそっけなくあしらった。


 「帰れと言われましても、ここがワタシのお家ですけど」


 あまりにも態度がデカイのでそんな気はしていた。

 「なんで?」

 一応聞いておくのが筋だろう、こういう意味のわからない手合いには特に。実のところ初めての体験ではないので慣れている。よくある話だ、霊とか神とかに憑かれたなんて。


 「はい。昨日買われたので、私はご主人のものです。つまり・・・」

 つまりは、俺のものなので家を同じくするのは当たり前とのことらしい。村越正海ですら釣ったことなはないだろうなこんな獲物は。というか、釣りたくなかった。



 俺は丁寧に帰ってもらう方法を探る。神様とは、川のように二面性を持つものだと俺は記憶しているからだ。時に優しく、時に厳しく。ウナギの神様なるものが何かはよく存じないけれども傍に置くのは怖い。置くべきではない。良くないものだと身体が感じる気がする。

 「お帰り頂けませんか?」


 「そんなぁ!」

 ウナガミは悲しそうに目を潤ませていた。

 「ウナギは寂しいと死んじゃうんですよ!」 

 ウサギか!いや、ウサギも違うんだっけ・・・。それでも放り出しますか?と言わんばかりに訴える表情で詰め寄ってくるウナガミに俺はNOを突き付けることが出来なかった。それに、とても疲れていたから今は静かに早く眠りたかった。



 かくして、俺と鰻の神様との奇妙な生活は始まったのだった。

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