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秋:Cleverley

作者: 都槻 郁稀

 秋が来た。この狭い国に見て分かるような四季の彩は少ないけれど、それでも乾いた熱気が湿ってきたり、日の出る時間が短くなったりと、判断要素は豊富にある。秋が来たということは夏が終わる。すなわち、この学校の「夏学期」が終わる。つまりは授業が終わるわけで、初めて教師として過ごす秋は、期末テストの採点と成績評価に追われることになった。


 国の中心の南側、「2区」と呼ばれる場所に学校はある。広い敷地のほぼ中心に経つC棟の端、13番教室・研究室が私の城。一年半の研修の末に充てがわれた、学界の栄誉とも言われる椅子だ。

 その他は何の変哲も無い、普通の魔導師で、魔術・魔法学の研究者。それが私。


 その私は、煌々と照らされたローテーブルの上でテストの採点をしていた。力強くチェックマークを入れて数を数える。最後の解答用紙に赤で数字を書き込んで、名簿に同じ数字を記録した。


「終わったァ〜!」


ため息交じりに伸びをする。昨日よりも遅い朝日が中庭を照らし始める時刻だ。また私は徹夜したらしい。

 やっとですか、と、ドアを開けたのは助手のフィリップだった。蓋付きコーヒーマグを一つだけローテーブルに置くと、彼は私の対面に座った。そして、何食わぬ顔で爆弾を落とした。


「秋からクラス担任だそうです」


いや、学校に務めている以上、普通のことだ。新人としての半年間を終えてすぐ、ということを除けば。



 伝言通りに学校長室へ向かう。事務室や会議室が入るA棟だ。室番号の代わりに校長室とある扉を叩き、開ける。初老の男が窓を向いて立っていた。ローテーブルには数枚の紙が置かれている。読め、ということだろうか。


「六人いる」


たしかに六人。入試で測ったであろう各データや点数、二期教育、つまり初等・中等課程の成績が記録されている。どれも優秀者だ。


「早すぎると言ったが聞かなくてね。学校は君を椅子に似合う人間に仕立て上げたいらしい」

「そのことですが」


なぜ私のような新人が? と、聞くに聞けず放っておいた問に手を付ける。


「あの椅子は指名制だよ。能力主義じゃない。彼女は君を指名した。だから呼んだ」


なら、なぜシャロン・サンドフォードは私を……と聞こうとしても言葉は出なかった。彼女の後半生を一番近くで見てきたのは他ならぬ私だし、きっと知っていても学校長は教えてくれないだろう。



 二人が「秀」、四人が「優」。もっと他の道もあるだろうに、なぜ彼らは魔法学なんてマイナーな分野を選んだのだろう。


「研究に“知りたい”以上の理由なんてないでしょう?」

「心を読むな、フィリップ」

「勝手に流れ込んでくるんです。……基礎? 今度は必修ですか」


は?


 六枚の紙に挟み込まれるように、一回り小さい書類が挟まれている。そこには来期から、一回生の必修科目「基礎魔術理論」の開講を命じる旨が書かれていた。


「図られた! あのクソエルフめ!」


 あの男はよくわからない。突然いなくなるかと思えば、いつの間にか居たりする。生徒に紛れて授業に出席するし、普通に渡せばいい書類を、わざわざ隠したりする。神出鬼没。変幻自在。掴みどころがないというか、掴める実体さえ怪しい人物だ。ここ半年で判ったのは、関わるにはコツがいる、ということくらいだ。

 いや、そんなことを考えている場合ではない。事務部に届けなければならない書類がある。採点結果と出欠と各種評価だ。後は自動でまとめて送ってくれる。その前に少し寝よう。徹夜明けだし、何より今日は休日だ。あれ、提出期限って……いつ…………。


…………


「おはよう」


 甘い声だった。北方の菓子のように舌の上で蕩けて広がり、満たしていくような、甘い声だ。その声の主に気がつくまで数秒。声の主と眼の前の人物を同一と認識するまで更に数秒を要した。


「おはようございます」


半ば反射で返事する。いかにもこの、中性的で若々しい風貌から出そうな声なのがまたムカつく。サングラス取れよ。


「成績評価の提出が昼までなのだが……」

「はい、終わってます」

「ありがとう。……で、これが」


話題と一緒に声も変わった。今度はトーンの低い、渋めの声だ。これが地声らしい。これはこれでいい声だ。


「助手くんに頼まれてた六人の資料。二期の前学期までの成績と詳細、それから個人情報も含まれてる。取り扱いは注意して」


学校長は茶封筒と引き換えに別の茶封筒を押し付けて去っていった。入れ替わるように助手・フィリップが入ってくる。手には二つ折りのポストカードがある。私宛か?


「ギルベルト准教授から闘いのお誘いです。今日の昼、第2闘技場で」

「わかった」

「あの」


「双剣、使わないでくださいよ」

「うん。アロンにする」

「僕を喚んでもダメです」


彼の本来の姿は「杖」だ。太古に神によって作られた「神器」の一つで、超強力。けれど、その本質は特異な体を持った普通の「人間」らしい。契約者は私。使いようによっては瞬間的に世界を滅ぼせる力を握っているが、実感は全く湧かない。


「わかってるよ。というか、使うのは訓練用って約束だから」


半年前、行き過ぎた遊戯の果てに第2闘技場をボロボロにした事件から、ノア・リーンハルト・エリス=ギルベルト准教授とは奇妙な関係が続いている。といっても、隔週に一度ほど、こうして戦っているだけだ。なぜか観客付きで。慣れた道具や使役術の類いを使わないのは、単純に「やりすぎる」から。結界を破った上に7箇所も壁を崩したのは良い思い出だ。もちろん始末書は書かされた。フィリップに土下座もした。



 昼。私達は互いに背を向けて闘技場の中心に立っていた。観客多数。深く呼吸をしながら、白手袋を両手に填める。


「どうした。今更、緊張か?」

「そうですね。今日は人が多いですから」

「そうだな。そりゃあ――」


開始のベルが響く。同時に逆へ駆け出した。


「負けられません」

「負けられねぇな」


3歩目で大きく飛び、体を返して正面を狙う。挨拶代わりに魔術を組み立て、放った。


“ 爆裂術・Ⅰ型 ”


土煙が上がる。ただ地面を吹き飛ばすだけだ。魔術起因の負傷はしないだろう。反動でさらに私の身体は押され、フィールドの端に着地した。


「ケホッ……ちょっとは気ぃ使え!」

「すいません。ギャラリー多いから派手に行こうと」

「……いいよ。派手にやっちゃおう」


身体強化。脚力を上げ、走った。あっという間に距離は縮まる。右足を上げ、勢い任せて蹴り込んだ。……当然のように受けられる。相当量の魔力を注いだはずなのに。いや、いつも通りか。間髪入れずに2発殴る。……避けられた。と、同時に右フック。これは受けて……引っ張る! 部分的に身体強化を重ね掛けし、背負い投げた。勿論決まらない。純粋な近接戦闘で彼に勝てるのは、学内には居ないだろう。

 負けなければ勝てる。考えろ。感じろ。彼はどう出る? どうすれば防げる?



「で、負けたと」

「いやぁ、一発入れたんだけど、耐えられちゃって」

「一発?」

「……“ 焔槍術・Ⅱ型 ”を、基底陣の耐圧限界スレスレで」


医務室のベッドの横で、フィリップが溜息を吐いて呟く。


「何がしたいんですか?」

「……勝ちたい」

「勝てるさ」


隣のベッドにはノア・ギルベルトが寝ていた。


「どういう意味ですか?」

「君はまだ、自分の全力を知らないままでいる。もっと強くなれるはずだ。自分を知り尽くした上で鍛えれば、多分……俺の全力でも勝てなくなる」


「ノアさんはどうして強いんですか?」

「……嬢ちゃんは“亜人”って知ってるか?」

「突然変異した人間、ですよね」


「俺、ドラゴニックなんだ。それもかなり強く出てる」


つまり、頑丈さや体力などは先天的なもの、らしい。どうだろう。どちらかというと技に負けた気がする。


 治癒魔術が効くのには数時間を要した。かすり傷をいくつか作った程度の准教授は、さっさと処置を済ませて仕事に戻ってしまった。抽象的な議論の後に運ばれてきたのもまた、仕事だった。


「何それ」

「基礎です。それと関連書籍。寝ながらでも授業の準備はできますから」


 せっかく半日休めると思ったら! 担当するのは魔術学部に在籍する全員、128人。その中には先述の6人も含まれている。もちろん何人かの補助をつけてくれるらしい。というかそもそも、


「これ、実技だよね」

「そろそろ仕事を楽か否かで測るのやめませんか?」

「う゛」


「ドレッセル教授から伝言です。好きにやってくれ、と」


好きにやれ。つまり、手出しはしない。


「試されてる?」

「……まぁね」


教科書に目を通し、情報の補填をするために本を読む。学生当時とさほど内容は変わっていないので、教科書通りに進めていくことにする。半年間の流れを専用の紙に書き出し、提出させた。好きにして良いのなら好きにさせて貰おう。


 夜になった。治癒魔術が与える違和感も薄れ、怪我の殆どは跡なく消えていた。代わりに魔力と体力がかなり奪われているが、これはあくまで自己治癒を促すためのもの。エネルギーを使うのは当然のことだ。


「ガッツリ食べられそうですね」


と、フィリップは冷蔵庫から肉塊を取り出す。いやいや、それは無理があるだろ。


「人間って、そう簡単に折れないんですよ」


料理しながら、彼は呟くように語りだす。髪が顔にかかってよく見えないが、どんな表情なのかは、よくわかる。


「けど、あることをきっかけに簡単に崩れてしまうんです。それは別に構いません。そういうものですから。問題は、どう立ち直るか、です」


「アリス・シルヴィア・クレヴァリーという人間はとても強い。けれど、精神は常に不安定な状況にある。その理由が何なのか、それについては聞きません」


「でも、頼ってください。僕はあなたの杖です。いつでも、いくらでも支えます。だから、もう二度と……自分を傷つけようとしないでください」


私の前には分厚いステーキと自家製のソース、白パン、サラダ、他二品の肉料理が置かれ、彼はそのまま部屋に引きこもってしまった。シャットアウトしているせいで心も読めない。半ばやけ食いのように目の前の肉塊を貪った。クソッ! うまいッ! だからいつまでも痩せられないんだよ!

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