041 王都炎上~侵攻、エイムス帝国~
何が起こったのか――。
その瞬間に、正しく理解出来た者はいなかった。
リアネス王・シャルル=ディ=リアネスの胸の内から噴き出した赤き染みは、そのまま腹部を伝い、彼がうつ伏せに倒れた後も敷かれた絨毯を浸食する様に汚していく。
「――固まれッ!!」
血液より混じった鉄の臭いが鼻腔を擽るよりも早く、ハインリヒは無詠唱魔術による無属性の防御結界を背部へと展開する。
それは、殆ど反射の様なものであった。
魔術の展開より間を置かず、火薬の炸裂音の様なものが辺りから響き、円柱状の鉛が結界へと飛び込んでくる。
「な、なん……ッ!?」
それは誰の声だっただろうか?
結界より狙いが逸れた鉛弾が、地面を抉り砂塵を散らす。
断続的に続く砲撃音に近くにいたプライスマーは恐慌し、脇目も振らずに結界の外へと出た瞬間――
「あひゅ」
パン、っと。
乾いた音を一つ立て、教皇の頭部が弾け飛んだ。
『――ッ! う、うあああああああ!!!?』
観客席から悲鳴が上がる。
ハインリヒは口内で舌打ちをしながら、無詠唱多重奏。土の第一魔法『アース・ウォール』を四方へと高く生やし、自身を含めた周囲の者達を土の壁へと閉じ込めた。
「ハイン!」
「そこで待っていろ!」
悲鳴の様に自身の名を呼ぶアルマナへと言い捨てながら、ハインリヒは内心の苛立ちを抑え込みつつ、靴先に風の魔法陣を展開し、空へと舞った。
――いた。……1、2、3……多いな、クソッ!
無詠唱の風属性で宙を舞いつつ、同時に自身を狙った鉛弾を風で逸らし、ハインリヒは下手人を目視で確認していく。
観客席に、敵影は八つ。
ご丁寧にそれぞれ別の箇所へと配置された彼等を、ハインリヒは最速の攻撃呪文。無詠唱多重奏・雷の第四魔法『ライトニング・スピア』でもって迎撃する。
――紫電七閃。
「――ッ!?」
残した最後の一人目掛けて自由落下したハインリヒは、そのまま敵を羽交い絞めにして制圧。苦悶の声を上げる男の首に引き抜いた剣の刀身を押し当てる。
「貴様、何者だ? 自分が何をしたのか分かっているのか!?」
「……」
「……黙秘か? 無理矢理喋らせてやっても――ッ!?」
ハインリヒの言葉は中断される。
男が押し当てた刀身へと、自分から首を突き出したからだ。
驚愕に飛び退いたハインリヒであったが、男の首はぱっくりと裂け、傷口からは夥しい血が流れ出ている。
「な、にを――」
「アー」
見慣れない鉄の筒を手に持った男は、それをハインリヒに向けた後、向ける先を自身の頭部へと移すと、虚ろな表情を浮かべたまま引き金を指で引いた。
「……」
乾いた音と共に破裂した頭部を目にしながら、ハインリヒは例え様も無い不快感に歯を噛み締めた。
――精神操作か? 対象に自死を選択させる程の強力な洗脳なんて、どんな非人道的な扱いをして可能にしたのやら……考えるだけで吐き気がしてくる……。
「それに、この武器……」
――見た事もない武器だった。王国には無い技術。大砲を掌サイズに小さくした様な兵器か?
――だが、何よりも疑問なのは、連中が俺のマナ探知に引っ掛からなかった事だ。
「……警戒はしていた。それこそ誰よりも……」
だが、結果はこの様だ。
頭を打ちぬかれたプライスマーは元より、心臓を貫かれたリアネス王は助からないだろう。
「とんだ親の死に目だな……」
階下のクラスメイトの事を考えると、気が沈んでしまう。
どうやって声を掛けてやれば良いのやら――
「……ん?」
影が動いている。地に落ちた影。
それは鳥ではなく――魔物でもなく――。
空を見上げたハインリヒの目に、黒い気球船の姿が映る。
編隊を組むように空へと浮かんだ船は、六隻。
船体に描かれた紋様は、王国国旗と対を成す赤い逆十字であった。
「――は?」
「ハインリヒ君!!」
唖然とした顔でソレを見上げるハインリヒへと、息を切らしたザンス=クリムゾンが駆け寄る。
ザンスの振り乱れた白髪。切らした息の様子を見るに、自身の想像通りの最悪な事態が起こっている事をハインリヒは確信する。
「国境を抜かれた! エイムス帝国がやってきたぞ!!」
「――」
いつだって、現実は想像を超えてくる。
変わらずに訪れる明日は、もう来ないのだろう。
気球船の船底より空いた穴。
そこから落とされる黒い粒の様なものを見上げながら、ハインリヒは朝に聴いた聖歌を耳に思い出す。
反射的に伸ばした腕は、何も掴めず。
次の瞬間――リアネス王都は炎に包まれた。
◆
『――再誕の焔は上がった。王都の民達よ。これこそは我等が歩んできた道のり! 生まれ堕ちるは人の定めだが、目線を下げてより見える景色というのを諸君らには経験して欲しかった。その身をくべる事により、我等は更に飛躍する。エイムス帝国が第三皇帝・グラム=ヴァン=エイムスが貴公らに礼を言おう。ありがとう王国。ありがとうリアネス。ありがとう――ありがとう――』
気球船から拡声器により、王都中に響く声は――呪いだ。
爆薬の投下は今も続いている。
刻一刻と過ぎる度に、街は破壊されていく。
「これは、夢だ……」
誰かが言った。呟いた。掠れた声で誰に聞かせる訳もなく、自身に言い聞かせる様にそう言った。
「だよね! ――うんうん。俺もそう思う!」
だと言うのに。それに耳敏く反応した男は、大袈裟な素振りでその言葉に同意する。
皺枯れた老人の様な声に、若者の様な喋り口調。
黒い軍服を纏った顔中ピアスの坊主頭の青年は、膝を着いた男に人懐っこく歩み寄りながら、瞳孔の開いた瞳で夢見心地で会話を続けた。
「何せ空気が美味い! スモッグがなくて空が明るい気分ってこういう事なんだ!? 泥や糞尿の落ちてない地面って鼻の中がスースーして風邪引きそうな感じがしないかい? 水だって腐ってないんだろう!? 凄い……此処はパラダイスかな!?」
男の肩を叩きながら、屈託なく笑う坊主頭の青年。
「……笑おうよ」
「――あッ!?」
青年は持っていた鉄筒の引き金を引いて、反応が薄くなっていた男の腿へと鉛弾を撃ち込んだ。
「ひッ、ぎィイイイイ――ッ!? 痛いッ! 痛いィィイッ!?」
「おお~良い反応~♪」
穴の開いた腿から血を流し、苦痛を叫ぶ男を見ながら、坊主頭の青年は悪戯が成功したとばかりに喜色めいた声を上げる。
「面白いからもう一発……いや、二発いくか」
「や、やめ――ッ!!」
パンパン、と。嬲り弄ぶように男の腕や足を狙い、引き金を引いていく青年。その指に躊躇いは無く、二発と言った弾が止まらず、鉄筒が弾切れを起こした頃――彼の元へと、同じく黒い軍服。軍帽を被った長い紫髪の女性が近付く。
「遊び過ぎよ。ザジィ=ポーン」
「あ!」
女はザジィと呼ばれた青年が止める間もなく、倒れ伏した瀕死の男の頭部へと鉛弾を撃ち込んだ。
「あー殺しちゃったよ。何すんだよ、ヴェル=クイーン」
「仕事は真面目にね。貴方、次降格したら【蟻】になるの分かってる? 私達は【チェス】と呼ばれているから、自我を持つ事を許されてるのよ? その自我が作戦の邪魔をするというのなら――」
「……【蟻】にするぅ? それは勘弁だな~……先生! 改造人間にも自由意志は尊重されるべきです! ひゃはっ!」
「なら――ちゃんと指揮しなさい。緑の彼等が待ってるわよ?」
「……はぁい」
不満タラタラと言った体で、ザジィはヴェル=クイーンと別れ、彼女の指した持ち場へと戻っていく。
緑色の軍服は【蟻】のもの。自意識を消された彼等は命令には忠実だが、指揮されなければ動く事が出来ない。
王都攻略戦における【チェス】の役割は、彼等を指揮する将となる事に他ならない。奔放な気質を持つザジィには、それが面倒だと思えてならなかった。
「七聖剣に【竜神】――誰でも良いからこっち来ないかなぁ……」
王都攻略において、最も厄介だと教えられた敵側の特記戦力。
その名を口にしながら、ザジィは【蟻】達の元へと戻り――
「――よう。来たかゴミ野郎?」
数千の【蟻】の亡骸を足蹴にし、褐色の肌を鮮血で染めた、紅い髪の少女に出迎えられる。
「……あれ? ……何だこれ?」
きょろきょろと辺りを見回し、自身が指揮する筈であった兵士達の変わり果てた姿を観察するザジィ。
「皆死んでる……? え、全滅……?」
状況の把握が遅いのは、彼のその性格故か。
それとも弄られているから、その様になってしまったのか。
「良いよな? お前らにはコレを使っても――」
紅い髪の少女――レシィ=クリムゾンはそう言って、己が背負った折れた大剣【ソードオフ・イグニス】を掲げて見せる。
その威力故――人間に対しては使用を禁じた代物。
自らに課したその封印を、彼女は解く。
「え、え? 良く分かんない良く分かんない。――え、え?」
混乱というには感情が薄い。
――人間であって、人間じゃないのだろう。
嫌悪感が付き纏うザジィのその様子に、レシィ=クリムゾンは取り合わず――
イグニスを肩口に担ぎ――彼女は駆けた。
「!」
足元を蹴り足で爆発させ、次の瞬間にはザジィの眼前へと迫った彼女は、切れ味の欠片もない無骨な大剣を横に薙ぐ。
骨を砕き肉をねじ斬る暴風の様な一撃は、ザジィが上体を大きく後ろに反らす事により、彼の軍服の端を擦過するに止まった。
――見えている。
――動けている。
その事実に眼を見開いて驚くレシィ。
回避反応の速度を見るに、恐らくは服を掠めさせたのは彼なりの余裕の表われだったのだろう。
己の戦力に相当な自信を持っているのだろうと。レシィは攻防の一瞬でザジィの性質を見抜いていく。
「甘めぇよ」
同時に――その浅はかさも。
「えッ!?」
ザジィがその身体に感じたのは、風である。レシィ=クリムゾンが起こした剣風は彼の身体を傾かせ、足を縺れさせた。
常識離れしたレシィの膂力を――ザジィは侮った。
その速度だけを見て――自身が対処できるレベルだと、彼は思い違いをしてしまったのだ。
ザジィ・ポーンの最適解は、脇目も振らずの遁走。
レシィ=クリムゾンと相対した直後から――彼は選択肢を間違っていたのだ。
「う、おおおおお――ッ!!?」
無理な態勢のまま、鉄の筒をレシィへと向けようとするザジィ。
だが――もう、遅い。
鉄塊が彼の脳天へと直撃し、地面を割り、正中線から真っ直ぐに両断された肉体が、逃げるように四方へと飛び散った。
圧倒的な剣速により、血は彼だったモノの背後に放射状に遠く広がり、割れた地面の上には潰れた臓物しか残らなかった。
刀身に付着した血液を振って飛ばし、イグニスを背負うレシィ。
「……チッ」
圧勝した彼女であったが、その顔は一向に優れない。
――思った以上に強かった。相手が舐めて掛からなければ、もう少し苦戦したかも知れねえ。
「私だからこの結果だった……じゃあ、他の奴等は……?」
小さく呟いたその言葉は、遠く響く轟音により掻き消される。
エイムス帝国――思った以上に厄介だと、彼女は内心で独り言ちながら、次なる戦場へと駆けるのであった。




