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ハインソード・サーガ  作者: 威風
第3章 ~王都炎上、決意のハインリヒ編~
95/185

040 終わりの始まり



「さぁ、勝利の立役者が戻ったぞ? 拍手喝采はどうした?」


『……』


「……おい。無視は傷付くぞ……?」



 当人なりの気取った言い回しをしながら、金章組の下へと戻っていくハインリヒ。しかし、出迎えた彼等の反応は薄い。


 クラスメイトの呆けた様子に、怪訝な表情を浮かべた頃。



「勝ったのか……? 教団組に、俺達が?」


「いけそうな気はしてたけど、まさか本当に……!?」


「四年間が、報われた……!」



『う、うおおお!!』っと、突然雄叫びを上げる金章組の生徒達。



「な、何なんだ、一体……?」



 周囲の生徒達とのテンションの違いに付いて行けず、思わず疑問を口にしてしまうハインリヒ。



「教団組が編入されて以降、金章組は奴等に煮え湯を飲まされ続けていたからな。喜ぶのも無理はない……」


「……負け続けていたって事か? レイドの奴がいた頃も?」


「レイド=レヴァノフは優秀だったが、個人の力では団体競技は勝ち残れん。実戦競技の優勝は教団組というのが例年までの流れだ」


「はぁ」



 クルスの説明に、気の抜けた返事をするハイン。


 ――まぁ、アイツが皆と力を合わせてって言うのはあまり想像は付かないか。となると、確かに過去の金章組では教団組を相手取るのは厳しいかも知れないな……。



「やった! ――やったな、ハインリヒ!!」


「うお!?」



 考え事をしていたハインリヒの手を取り、クロード=ディ=リアネスが喜びを口にする。彼の背後には、何やらそわそわした態度をする仲間達の姿があった。



「ちょっと、貴方――少しは空気を読みなさいよ」


「ふ。妹がご機嫌斜めだぞ? こうした場合はどうするんだ?」


「勝ちは勝ちという事だ。いい加減、シャッキリしろ!」


「だってさ……皆待ってるよ。ハインリヒ君」



「――はいはい」



 溜息を吐きながら、せっつく仲間達を一望するハインリヒ。


 どうあれ、締め括りは大事かと考えた彼は、弛んだ顔を少しばかり引き締めながら、背筋を伸ばす。


 僅か一年にも満たぬ学院生活であったが、不思議と愛着が湧くものだと、彼は内心で苦笑をしながら自身の言葉を待つ仲間達に向けて声を上げた。



「――勝ったぞ、お前ら」



 言葉は終わりの意味でもある。

 勉学に励み、友情を育み、過ごしてきた四年間。


 彼等の学院生活の――集大が此処なのだ。



「教団組を降し、実戦競技を制した。俺の――俺達の勝利だッ!!」



 ハインリヒの言葉を最後に、諸手を上げて歓声を上げる生徒達。

 彼等に揉みくちゃにされながら、ハインリヒは改めて強く思う。



 ――決して、コイツ等を消させたりはしない、と。







 聖女神杯、実戦競技は4-1の金章組が勝利を果たした。

 だが、それで全てが終わりではない。


 活躍には正当なる評価が齎される。


 良くも悪くも公平なソレは、全生徒が整列する会場の中、壇上へと立つ校長――フルセア=ディ=リアネスにより読み上げられた。



『それでは、発表させて頂きます』



 まず最初はクラス成績の発表だ。

 個人・団体の競技成績によって、クラス順位は決定される。


 団体競技で良い成績を残したとしても、個人の競技成績の平均が低ければ、そこで順位が逆転される恐れもあるので、実戦競技で教団組を降した金章組とはいえ、油断は出来ない。



『まず最初に、一位最優秀――4-1の金章組』


『――ッ!!』



 わっ。と上がる歓声は、生徒と観客の両方から。


 続く第二位の発表の為、声はすぐに収まりはしたものの、当人達の興奮は決して冷めない。


 第二位は4-Eの教団組であった。


 観客から湧き上がる歓声とは裏腹に、彼等の表情は悔しさで満ちていた。二位というのも決して悪い数字ではないのだが、今まで一位を守ってきた彼等にとって、この結果は満足のいくものではなかったのだろう。


 次々に発表されていく順位。

 上位十位までを発表し、壇上でのクラス別成績発表は終了する。


 そこから下のクラスは、後で配られる順位表で各々が確認する形となる。下位のクラスを発表しても、晒上げにしかならないという判断だろう。



『続きまして、個人成績の発表に移ります』



 恐らく、会場の全員が強い関心を抱くのは此方だろう。

 クラスという枠を越え、真に自身の成績が評価される瞬間。

 

 そして何より、観客が注目するのは王位継承権を持つ三人の王族達の成績だろう。


 過去。リアネス王は、王立学院での成績上位者より選ばれている。


 言わばこの発表は、リアネスの戴冠式の様なもの。



『……』



 知らず、固唾を飲む観客達。



『それでは、まずは100位――』



 読み上げられる順位に、一喜一憂する生徒達。拳を固め、嬉し泣きをする者もいれば、肩を落とし愕然とする者もいる。


 反応は様々であったが、しかし、皆結果は受け入れている。


 皆が皆、この大会に懸けていた。


 全力を、尽くしたのだろう。



『7位――』



 読み上げられた名前を聞きながら、ハインリヒは目を伏せた。

 騒がしい歓声の中、彼は切磋した少女の事を想う。



 これにて、聖女神杯のプログラムは、全て終わりを迎えた。







「――これより、王位継承式を行う。我が子よ、前に」


「……はい」



 壇上に立つのは、式典用の剣を携えたリアネス王・シャルル。


 脇には槍を掲げた甲冑姿の騎士達が整列し、その横には聖歌隊が厳かな演奏を奏でていた。


 学院の全生徒が整列し、王都に住まう国民の殆どが収容された会場の中で、継承式は始まった。



 正式なる戴冠。王位交代という訳ではないが、次の王を決定させる重要な式典である。居並ぶ者達もリアネスの重臣が揃い踏みしている事から、周囲の者達も緊張を感じる。



 立ち上がったのは、クロード=ディ=リアネス。



 彼は国民が見守る中、シャルル王の御前へと出ると、再び膝を着いて頭を垂れた。



「我が子クロード。同じく我が子ガルシア、アルマナの両者を抑え、素晴らしき成績を残した其方を、我は次なる王と認めよう」


「……」


「リアネス建国を齎した大聖剣。それを象ったこの剣は代々次なる王に継承される。――これを、其方へと送ろう」


「はっ!」



 返事をしながら立ち上がり、差し出された式典用の聖剣を受けとろうとするクロード。


 その手が――直前で止まる。



「……」


「クロード……?」



 伸ばした手をそのままにしながら、硬直したクロードに怪訝な表情を浮かべるシャルル。それが一分。二分と続いた辺りで、周囲の者達もざわつきを見せた。



「何をしているのクロード!? 早く、早く受け取りなさいッ!」



 予想外の展開に真っ先に反応したのは、クロードの母であるレゾネア=ディ=リアネスである。成績発表の場でクロードが他の子らを抑え、上位を収めた時にはご満悦な表情を浮かべた王妃ではあったが、事この場の異常事態に口を挟まずにはいられなかった。



「……王妃、お静かに」


「クロードッ!」



 窘めるプライスマーの言葉にも耳を貸さず、喚くレゾネア。そんな様子の母を知ったか知らずか、クロードは伸ばした腕を引っ込め、代わりに目の前に立つ王。父の顔をじっくりと見詰めた。



「……クロ―ド?」


「……お皺が増えましたね、父様」



 曇りなき瞳で、クロードは王を見詰める。晴天の最中の息子の様子に、思わずたじろぐシャルル。内心の驚愕を押し殺しながら、王としての威厳を保って、彼は目の前の息子へと視線を注ぐ。



「すいません。ソレ――僕には受け取れません」



『な――ッ』



 クロードの言葉に、全国民が驚愕する。



「おいおい……」



 苦笑しながら、王位を断ったクロードの背中を見詰めるハインリヒ。金章組の面々も、彼の発言には度肝を抜かれている。


 クロード=ディ=リアネスという少年が、どれだけ王位に固執してきたのか。ソレを彼等は今までずっと近くで見て来たのだ。


 ソレが叶うという場面で、突然反故にする様な発言が本人から飛び出したのだ。驚かない訳がない。



「な、にを――ッ」



 白目を剥き、倒れそうになるレゾネア王妃。

 

 彼女の身体を慌てて支えるプライスマーであったが、皺の浮いた中年の額には大量の冷や汗が浮かんでいる。


 誤算だったのだ。権謀術数を得意とする教皇であったが、人の心を正しく読み解く事など出来ない。――否、利益のみを追求する彼だからこそ、今のクロードの心境が理解出来ないのかもしれない。



 ――あの男の、影響か?



 辛うじて感じて見せたのは、それだけだ。

 若干ドキドキしながら事の成り行きを見守る白銀の少年。


 その無責任な様子に苛立ちを覚えながらも、石舞台で見せたあの戦闘力。自身を狙った一撃にプライスマ―は身震いをする。



「王位を辞退するという事か……?」



 信じられないといった体で、シャルルはクロードへと問う。



「僕よりも、王位に相応しい者は存在します」



 ザワリ。と、クロードの言葉に騒ぐ観衆。


 こうなってしまうと王としては面白くは無いのかもしれないが、それでも訊ねずにはいられまい。



「その……者、とは?」



 クロードは一拍置きながら、堂々と王の前で宣言する。



「弟――ガルシア=ディ=リアネスです!」




「はわぁッ!?」




 整列した生徒の中から、クロードに名を呼ばれたガルシアが、素っ頓狂な声を上げる。



「が、ガルシア様……」「ガルシア?」「第二王子か……?」ザワザワと騒ぐ周囲に、取り巻きの生徒達も喜んで良いのか困惑する。


 何より、ガルシア当人が浅黒い肌に冷や汗を浮かべ、クロードの背を凝視しており、とても現状を喜んでいるとは思えなかった。



「あらら。ウチの子?」



 ガルシアの母、カルカサ=ディ=リアネスは癖の付いた黒い髪の毛を指で弄りながら、思わぬ展開に表情を崩す。


 自身の地位に頓着をしない彼女は、突然降って湧いた息子の出世の可能性にも余り気を留めていない。むしろ、この混乱にこそ楽しさを見出している様だった。



「何故ガルシアを推す? 理由を述べよ」


「僕には王としての資格が無いからです。国民に嘘をつき続けてきた僕には――」


「――お、お待ち下さいッ!!」



 息を切らしながら、ガルシアが列の中から割って出る。王を前にしてのこの行動は無礼にも程があったが、なし崩し的に王位へと就かされる事を思えば、彼も動かざるを得なかった。



「ガルシア……」


「クロード、貴様ふざけた事を……ッ!」



 色々と言いたい事はあったが、今は王の御前。

 ガルシアは不満を飲み込み、すべき事を主張する。



「……シャルル王。私に王位は合いませぬ。選ぶならば妹――アルマナを選んでください」




「ゲホッ!! ゴホッ!!?」



 まさか自分は関係ないだろうと、成り行きを見守っていたアルマナは、突然自身の名が出た事に咽返してしまう。



「ア、アルマナ……」「予見の王女?」「第一王女か……?」ザワザワと騒ぐ周囲に、気遣う様な視線を投げる金章組の生徒達。



「ええっと……」



 何を言ったら良いのやら。二転三転する話に、校長でありアルマナの母でもあるフルセアは沈黙する。今彼女が願うのは、この場の収拾がキチンと付く事であった。



「何故、アルマナを……?」


「理由は明白。妹は私よりも成績が上位でした。王族でトップのクロードが辞退した以上、次の王位は妹のアルマナが――」



「――ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」



 はしたない。と言うのは理解していたが、それでも彼女は地を出して口を挟まざるを得なかった。列から飛び出したアルマナ=ディ=リアネスは、話をややこしくした兄へと向き直る。



「ガルシア兄様……よくも……ッ」


「俺は正論を言ったまでだ」


「ぐぅッ……!」



 頑ななガルシアの様子に、苛立つアルマナ。

 

 次から次へと乱入してくる子供達に、王もその傍の重臣達も何も言えなくなってしまっていた。



「……王位はクロード兄様が継ぎます。でなければ、私達のこの学院生活が嘘になってしまう。王位とは、最も優れた者が継ぐものです」



 巡り巡って、最初に戻ってきたな。というのが、周囲の者達の率直な感想であった。



「そ、そうよ! 王位はクロードが継ぐものよ!!」



 アルマナの言葉により息を吹き返したレゾネアは、自身を支えていたプライスマーを押し退け、クロードへと叫ぶ。



「……駄目だ。次の王はガルシアだ」


「む。……だとするなら、アルマナが優先だ!」


「何でそこで私に回すのよ!? クロードで良いじゃないッ!?」



 王をそっちのけで、やいのやいのと騒ぐ三人。

 

 これは――収拾が付くのか?

 

 誰もが操縦不能のこの場に冷や汗を流した頃、王であるシャルルが声を上げ――



「皆、聞け――」


「――聞いてくれ、皆ッ!!」



 ――ようとした所で、クロードの声に搔き消される。

 

 彼のただならぬ様子に、言い合いを続けていたアルマナ・ガルシアの両名もピタリと口を閉ざす。果たして今度は何を言うのか? 不安半分。期待半分の聴衆の中、彼は一瞬の躊躇の後に決意の声を張り上げる。



「僕は――女なんだッ!!」



『……』



 一瞬の静寂。

 

 生き返ったレゾネアは子供の発言に再び意識が遠ざかり、プライスマーが慌てふためく。



「それは――」


「どういう意味で――?」



言いながら、二人の兄妹は列の中にいるであろう白銀の少年へと視線を送り「おいやめろ! こっち見るな!」と、当の本人からは苦情の声が上げられた。



「いや、本当なんだ! 嘘じゃない!! 女なんだって!?」


「ううむ、流石にそれは……」


「無理があるような……」


「う、ううう……ッ!」



 疑惑の視線を送る兄妹に、頬を赤らめて地団駄を踏むクロード。



「――分かった。そうまで疑うなら今この場で服を抜いで――!」


「わっ、馬鹿ッ!!」


「誰か止めて止めて――ッ!!」



 国民の前でストリップを披露しようとする兄(姉)を、必死になって止める兄妹。

 重臣達はもはや頭を抑えて顔を俯かせている。



「――ふ、ふふふ」



「何で俺が……」と、ぼやき。列の中から白銀の少年が駆り出され、クロードを抑えた辺りで、王の中で抑えていた感情が噴出する。



「しゃ、シャルル王……?」


「ふは、ふははは、はーはっはっはっ、は!!」



 盛大に笑う王の姿に、周囲の者達。特に王の人となりを良く知る者は驚きを隠せない。


 普段、笑うという事を滅多にしない厳格な王。

 

 それが此処に来ての爆笑である。

 

 目尻に涙を浮かべながら、数年ぶりに発声器官を大きく使用したシャルルは、腹を抑えながら浮かべた涙を指で拭い、戸惑いを見せる子供達に笑みを浮かべた。



「もはや、憂いは無し」


「父……様?」


「誰が王でも構わん。お前達が好きに決めよ」


『そんな――ッ!?』



 王のその無責任な言葉に、重臣達からは悲鳴の様な声が上がる。

 それを手で制しながら、シャルルは言葉を続けた。



「物事は全て単純だ。単純であるべきなのだ」


「……」


「仲良くなったな。我が子らよ。私はそれが一番――」



 ――嬉しい。



 顎をそう動かしながら、シャルル=ディ=リアネスは、笑み。




 そうして――その場から倒れるのであった。



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