008 幼馴染と暗雲と
キッチェ=ルヴィはハインリヒ=セイファートの幼馴染である。
どんぐりの様な丸い目に、茶色く癖の付いた髪。
穏やかで優しい性格をしており……少しマイペース過ぎるのが玉に瑕な少女である。
少女といっても、幼馴染のハインリヒには異性と思われた事は無い。
男の子の様な短い髪が原因だろうかと思った事もある様だが、気軽に接してくれるハインと一緒にいたら、それも気にならなくなった様だ。
ハインリヒは気にした事はないが、キッチェ=ルヴィは彼の2才年上である。
つまり――カレル歴204年の現在は16才。
キッチェの家は農耕をして日々の生活を送っているが、彼女自身、それを引き継ぐつもりはなかった。
大人しい性格の彼女だが――しっかりとした夢があった。
都会で暮らしてみたいという――まぁ思春期の若者にはありがちな、普通の夢が。
本来であれば、一年前……15才の誕生日を迎えた頃には家を出ている予定だったのだ。
予定が狂ったのは――間違いなく、ハインリヒの所為だった。
四年前――テランにアルマナ姫が来た日。
レシィという少女と、ハインリヒが決闘をした日。
ハインリヒは、自分を神童と呼ばないでくれと。そうキッチェに告げた。
キッチェ=ルヴィは自分でも良く分からないが、それを酷く『嫌だ』と感じた。
ずっと一緒にいたから。
見てきたから分かるのだ。
ハインリヒの凄さが。
きっと、彼よりも。
だから初めてその日――キッチェはハインと喧嘩した。
お互い初めての事だったから、仲直りの仕方が分からない。
後悔はある。
今日こそは話そうと毎日家を出てはハインを追いかける。
けれど、話し掛ける勇気が持てず、四年経った今も彼とは喧嘩をしたままだ。
ハインリヒと喧嘩をしたまま、この村を去りたくはなかった。
だからキッチェは、今もこの村に残っている。
最近は別の子達と仲良くなったみたいで、もしかしたら自分の事なんて忘れてしまったかもしれないけれど――
それでも、キッチェ=ルヴィはハインリヒ=セイファートが好きなのだ。
◆
カレル歴204年。山羊の月、黒土の曜日。
その日――ハインリヒ=セイファートは夢を見ていた。
四年前の夢だ。
決闘を終えた俺に、騎士団長のザンスという人が王都に来ないかと誘ってきたのだ。
何を言っていたのか……細かい所は覚えていない。
何を言われても、俺の返事は決まっていたからだ。
最後に――姫様がやってきた。
アルマナ=ディ=リアネス。
予見の力を持つお姫様。――勿論、一対一で話すのは初めてだ。
緊張はしなかった。
レシィ=クリムゾンとの敗北が頭に残っていたからだ。
失礼な話、上の空だったと思う。
その時の俺は、姫様の話を真剣には聞いていなかった。
もっとよく――よく聞いていれば――あんな事は防げたかもしれないのに……。
『――気を付けて』
そう言って去っていく姫様を見送りながら、一人になった室内で、俺は呟いた。
「邪神――ねぇ?」