032 開催、聖女神杯
カレル暦206年。終月。聖祝の曜日。
快晴の空に空砲の音が響く。
街を行き交う人々は祭り気分でこの日を迎えた事だろう。
普段は施錠された王立学院の入口が一般解放される。
人々は隅を歩き、中央には豪華絢爛な馬車が通る。
乗り行くのは王国の重臣だ。馬車の中から白手袋の掌を振りながら、国民にアピールをしている。
道に待機するは王国聖歌隊の面々。
ずらりと並んだその様は圧巻で、一般の国民達は彼等の邪魔にならぬよう遠巻きにソレを眺めている。
この場にいるのはリアネス国王の入場を心待ちにしている者達だ。
脇を固めるのは王国騎士団。
彼等はいち早くに学院へと入り、その警備を担当していた。
――聖女神杯が、始まる。
一年の終わりと共に女神へと奉じるその行事は、王国内でも重要なものでもあった。
次期リアネス王を決める大きな要因ともなろう祭りに、人々は浮つき、心を躍らせる。
「――人員の配置は以上だ。何か、質問はあるか?」
外部の盛り上がりとは別に、静まり返った校舎の一室。
そんな中で、白銀の少年は集まった面々を見据えながら、事務的な説明を口にする。
「騎士団の方は何も」
「同じくだぜ」
髪を後ろに流した細めの壮年の騎士、ザンス=クリムゾン。
その娘、深紅の髪の少女、レシィ=クリムゾンは互いに頷く。
「お前らは――本当に良いのか?」
最後通告の様に語り、少年はこの日に駆け付けた己の仲間達へと視線を向ける。
「正直、邪神が襲ってくるって言われてもねぇ……」
「俺も……スケールが大きすぎて……」
黒い長髪にメイド服を着た女性、ルーシー=スカイバーンはそう愚痴り、同意する様に短髪の騎士風の青年、グエン=ドウェンが呟いた。
「だがよ、団長が嘘を言うとも思えねぇ」
「むしろ、先生なら有り得るというのが、私の見解ですかね?」
青いサングラスを掛け、顔の半分に火傷痕を残した青年、ファング=コードレスが溜息混じりに声を出し、眼鏡を掛けたハーフエルフの少年、レイド=レヴァノフは冷静に自身の思いを告げる。
「……お前も、来なくて良かったのに」
癖っ毛のある栗色の髪をした幼馴染の少女を見詰め、白銀の少年は困った様な顔をする。
彼の言葉は本心だ。
仲間である我神団。そして幼馴染の少女には事前に今回の件に関する手紙を送っていた。
『聖女神杯にて、邪神の襲来する恐れあり』
自らの力を信奉している気のある仲間達に、懇切丁寧に『今回はマジのガチでヤバイから死にたくなかったら絶対来るな!』と、珍しく迫真の内容を送った少年――ハインリヒであったが、彼の予想に反して、仲間達は王都へと集まってしまった。
――もしや、内容を信じてない?
彼がそう懸念してしまうのも仕方がないだろう。
だが。
「……だって、ハインが此処にいるんだもん」
「……」
「怖くても、一緒にいるよ」
返ってきた言葉は、決意の籠められたものであった。
キッチェ=ルヴィは狡知の邪神と相対している。その脅威は此処にいる誰よりも知っているだろう。
ハインリヒは、キッチェだけは逃がそうと思っていた。
居ても戦闘の役にも立たない幼馴染。邪魔になるだけだ。例え後で恨まれようとも、空間転移で無理矢理に遠ざけてしまおうと人知れず画策していた。
だが――返ってきた少女の言葉を聞き、その思いを翻す。
誰よりも。誰よりも恐れてる筈なのだ。この少女は。
一度殺された相手だ。二度会いたいだなんて思う訳が無い。
だというのに。
「俺が、此処にいるから……?」
髪をガシガシと掻き、下唇を噛み締めながら、ハインリヒはキッチェを見た。いや――彼女だけではない。己の仲間を見渡した。
「――馬鹿が。本当に馬鹿だ、お前は。――お前らは」
――熱い目で俺を見るな。
――同じ思いだと、聞かなくても分かっちまうだろうが。
「ふぇ!? ふぁ、ふぁいんっ!?」
キッチェの奴の頬を徐に引っ張りながら、俺は生暖かい目をしながら後ろで見学していた仲間達へと声を張り上げる。
「とちって死んでも、恨むなよなッ!! ――お前らッ!!」
『――応ッ!!!』
◆
「ハインリヒ!!」
「ああ、今戻った。……始まるな?」
「ええ」
「あれが、お前の親父さんか」
「……」
聖女神杯の開会式。そこで金章組へと合流した俺は、此方を見詰めるアルマナへと合流する。
学院敷地内の会場。その観覧席には王国の重臣達が接待を受けていた。中でも目立つ席に座っているのは、リアネス王だろう。思ったよりも子に似ていないというのが第一の印象だ。
その隣には第一婦人、第二婦人と順番に横へと座っている。
舞踏会の様な豪華なドレス。付き人の数がそのまま権力の順を示している様だ。
「父上……」
呟いた声はクロードのものだった。誰に聞かせるものでも無かっただろう。近くにいたから聞こえてしまった。
「リアネス王は此方を見ないな。だが……それも仕方があるまい」
「ガルシア。お前は割り切っているんだな?」
「父は幼い頃からあんな感じだ。それは、どの子も一緒だ」
「今更な話だ」と語るガルシア。それはクロードへの遠回しのフォローだったのだろう。弟の言葉を受け、観覧席を仰いでいた視線は、真っ直ぐに俺へと向けられる。
「……ごめん。もう、大丈夫だ」
「強がらなくても良いんだぞ?」
「それは――君が慰めてくれるからかい?」
「え……」
「ふふ、冗談だよ。――頑張ろう。ハインリヒ」
「む……おう!」
揶揄われたのか? まぁいいか。
気が付けば、アルマナの奴がジト目で此方を見詰めている。
「何だ? またヘソを曲げてるのか?」
「別に。仲が良いんだなって思っただけよ」
「……一応言っておくが、俺はお前の事も大切に思ってるからな」
「――ッ!? な、なによそれッ!? ば、馬鹿……」
言って顔を赤くしてそっぽを向くアルマナ。
お互いが無言となり、次の瞬間には笑いだす。
「全く、こんな状況でも……」
「変わらないわね。でも、それで良いのかも……」
「――最善は尽くす」
「あら? 以前は絶対に守るって言ってくれなかった?」
「む……」
「もしかして、弱気?」
それは、分かり易い挑発であった。
知らず知らずの内に弱気となっていた自分に対し、長年予見に苦しめられていたアルマナ本人が、俺を鼓舞する。
「ね、ハイン。約束をしましょうか?」
「約束?」
「貴方が予言を翻してくれたなら、私、貴方のものになってあげる」
「……随分と上からだな?」
「気に入らない?」
「……」
首を傾げ、大きな瞳で此方を見詰めるアルマナ。
こうして見ると猫の様な可愛いらしさがあるよな、コイツ。
言ってみれば恋愛の、ごっこ遊びの様なものなのだろう。
あと少しで、自身の死が確定するかもしれない。
そんな不安の中、何か支えの様なものが欲しいのかも。
そう推察した俺は、彼女へと返事を続けようとして――
「――気に入らないに決まっているだろう!」
「うおッ!?」
傍で聞いていたクロードに阻まれる。
「な、なによ、貴方には関係ないじゃないッ!?」
「大アリだ! 僕はお前の兄だぞ!? 何を勝手にハインリヒに言い寄っているんだ! 誘惑しているのが見え見えだ、はしたない!」
「ゆ、誘惑だなんて……っ! 私は……っ!」
カーッと頬を赤らめながらクロードと言い合いを始めるアルマナ。
俺はというと、置いてけぼりだ。
成り行きを見守っていたガルシアが、近くへと寄ってくる。
「なんというか……愛されているな、ハインリヒ」
「愛、なのかこれは……?」
「――責任は取れよ」
「何ぃッ!?」
◆
「何をやっているのかしら、あの子は……ッ!」
観覧席にて毒づくのは、第一婦人のレゾネア=ディ=リアネス。
王を決めると言っても過言ではない今回のこの行事において、当人以上に気を入れた夫人は、階下にてじゃれる己の娘――否、息子を見て苛立ちを隠せない様子である。
「変わったな……」
呟きは間を空けて隣に座る王のもの。
驚きは何もレゾネアだけのものではない。ガルシアの母。カルカサ第二婦人も同様である。此方はレゾネア程に息子に王位を求めてはいないのか、ただ純粋に子の成長を生暖かく見て、隣に立つ白銀の少年は何者かと、付き人に聞いていた。
風に乗って聞こえた名は、ハインリヒ=セイファート。
「ハインリヒ……?」
王は聞き覚えの無い名を心中で反芻しながら、眉間に皺を寄せ、壇上へと上がる第三婦人――王立学院校長の肩書を持つ、フルセアへと視線を移す。
「驚きは、無しか」
淡々と場を進行させるフルセアを眺めながら、再度、己の子供達へと視線をやる。
争いを続け、互いを憎み合っていたと記憶する子供達。
「まさか、こんなものが見れるとはな……」
言葉は誰の耳にも届かない。
口髭を指先で弄りながら、リアネス王・シャルルは階下の催しへと視線を向けるのだった。




