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ハインソード・サーガ  作者: 威風
第3章 ~王都炎上、決意のハインリヒ編~
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031 神装武装~大聖剣エルエナ~

今週分です。


カレル暦206年。――終月。



今年もまた、最後の月がやってきた。

冷える気温。地に張った霜を踏みしめながら、街路を行き交う人々。


例年よりも強い寒さ。

かじかんだ指先に息を吹きかけ、暖を取る子供。


母親に手を引かれ、何処かへと歩いていく親子の姿を見詰めながら、俺は一人、曇天を仰いだ。



遂に、この時が来てしまったか……。



正直、準備らしい準備などは出来なかった。

そもそも、邪神に対して行う準備などあるものなのか?


夢に見た暴虐の邪神。

その一挙手一投足を思い出し、脳内で仮想戦を繰り広げる。



結果は――全戦全敗。



かけ離れた身体スペックは当然だが、構えから推測する奴の武芸の技量は恐ろしく高い。唯一奴等からも優位が取れると思った空間転移すら対策されている。まさしく、打つ手なしの状態だった。


武器の調達も上手くいかない。


業物レベルならば幾らでも調達出来るのだが、俺が求めているのはその程度の物ではない。


神話級……とは言わないが、せめて伝説級は欲しい。

現実は、それすらも手に入れる事が出来ないという有様だ。


……途中、聖女神杯を中断させようという意見も出た。


結果的に死は逃れられないのかも知れない。けれど、それを少なくする努力はするべきだと、アルマナに言われた。


結果は――今分かる。



「よお、シケた面してるな」


「……レシィ」



通りにやってきた待ち人へと視線を上げながら、俺は無言で彼女の言葉の続きを待った。



「ま、流石に無理だよな……聖女神杯っつーのは、その成績で王位任命にも係わる一大行事だ。幾ら予見の王女様とはいえ、当事者のアルマナの言葉じゃ、誰も信じちゃくれねぇよ」



お手上げだとばかりに、手を広げながらレシィは溜息を吐く。

予想はしていたが、やはり無理だったか。



「戦力の当ては?」


「最低でも私とやり合えるレベルの実力者か。そんな奴がいたら、私も自身の呪いで苦労してねぇよ」


「……」


「ほら、取り合えず言われていた武器だ」



レシィから渡された長剣を受け取った俺は、ソレを鞘から引き抜き、刀身を露わにした。白昼堂々の抜剣に咎める様な声を上げるレシィだが、抗議に構う暇など俺には無かった。



「……これは、違うな」



剣の刃紋を見詰めながら、俺は呟く。

鉱石はアダマンタイト。打ち手は一級品。文句なしの大業物である。


だが――求めていたのはそれ以上。


巨額の金を出せば買える様な代物ではない。神話に語られる邪神というのは、それで斬れる程に安くはないのだ。



「今はそれが限界だ」


「……」


「求めるハードルが高過ぎんだよ。伝説級の武器なんて、そう手に入る物じゃねぇ。……今はそれで我慢してくれ」



レシィの言葉に、俺は黙ったまま受け取った剣を腰へと差す。

現状ではこれが最善……か。



「なぁ、ハイン」


「ん?」


「邪神っていうのは、そんなにヤバイ奴なのか? 聞いた話じゃ、お前は一柱を斬り殺したんだろう?」


「……トゥールスレイの事か。あぁ、やばいなんてもんじゃない。最悪だ。もう二度と相対したくない相手だね」


「……」


「今度来るアルバルヴァは、そのトゥールスレイよりも遥かに強いと来たもんだ。正直、どうしたら良いのか見当も付かんよ」



邪神の恐ろしさは、レシィだって学んでいる筈。

態々俺に聞く事でも無いと思うんだけどな。



「私はさ、分かんねぇんだけどよ……」


「?」


「それでもハインなら――お前なら勝てそうな気がするんだ……」


「――」


「何でか、知んねぇけどよ」



それは――でっかい買い被りだな。

キッチェじゃあるまいし、止めてくれよ。







「お。久しぶり! ハインリヒ君!」


「……プレア=トリィ!?」



レシィと別れた後の寮への帰り道で、俺は思わぬ再会をする。


プレア=トリィ神父。


城塞都市ポンペイにて知り合った男だ。

正確には神父見習い。行き倒れた住所不定無職の彼を、シスターテレサが拾い、衣食住を提供する代わりに教会にて下働きをさせているのだ。


それが――どうして王都に?



「いやーまさか、こんな所で君に会えるだなんてねぇ」


「それはこっちの台詞だ! どうしてお前が王都にいる!?」


「あれ? 皆から聞いてない?」


「んん?」


「僕――教会から出たんだよ」


「え……?」


「流石に何時までも世話に成りっぱなしじゃ不味いからね。思い切ってシスターに相談して、ポンペイから王都に移ったんだ♪」


「それはまた……随分と思い切ったな」



言いながら俺は、彼の運の無さに心底同情する。

何もこのタイミングで王都に来なくとも良いのに……。


十中八九、これから起こる騒動に巻き込まれるだろう。



「一応聞いておくが……ポンペイに戻る気は?」


「へ? 何で?」


「……これから、王都が大変な事になるから。とか?」


「またまたぁ。冗談が巧いなぁ、ハインリヒ君は」



はっはっは。と笑いながら、俺の言葉を聞き流すプレア。

冗談だったら、どれだけ良かった事か。



「――ま。例えそうだったとしても、僕の答えは変わらないよ」


「それは……何故?」


「僕もさ……気になる子を見付けたんだよ」


「はぁ」


「ずっと。ずーっと、探していた人に面影が似ていてね。とても気になるんだ……だから、僕は此処を動かない。決してね」


「……」



色恋沙汰という奴か。俺には理解出来ないな。

ただ、コイツを説得するのは難しいという事は分かったよ。


俺が何かを口にする前に、プレア=トリィは「それじゃ、また」と言って、何処かへと小走りに去って行ってしまう。


若干、後ろ髪が引かれる気分ではあるが、仕方がない。

人の心配をする余裕も、今の俺にはないのだから。







何処まで歩いただろうか。


手に持った提燈で足元を照らしながら、青年――クルス=オーグメントは内心で零す。


騎士団の詰所を経由して入った王城の地下。

普段立ち入る事の無いその先へと、人目を気にしながら入った彼は、長く続く螺旋階段に不気味さを覚えていた。


光源の無い道は完全なる闇。

長く続く階段は自身の平衡感覚すら失いそうになる。



永遠とも思われる長い道程にも、やがて終わりは来る。

行き止まりとなった場所には古びた扉があった。


普段は施錠されているのだろう。


扉よりも堅牢そうな鉄の錠前が、しかし、この時は解錠されたままで引っ掛かっていた。


ごくりと。思わず、唾を飲み込む。



「……よし」



意を決し、目の前の扉を開くクルス。

その先に広がるのは、想像よりも開けた室内であった。



「来たか……」


「ロア=ハーレス……」


「先生と呼べと言っているだろうに。全く君は……」



室内の中央に立つのは、ロア=ハーレスである。

何時もと変わらないその返答に、クルスは緊張を緩和させる。



「此処は一体……?」


「聖王竜の居室だ。尤も、既に死んでるがね」


「……」


「呆けている所悪いが、目的の場所は此処ではない」


「あ、おい!?」



スタスタと、先に行くロアを、慌てて追いかけるクルス。

天井に吊るされた巨大な鎖の数々。

罅の入った壁面を見ながら、彼は奥へと入っていく。



「これは――」



入った室内は、明らかにそれまでの場所とは違った。

敷かれた赤い絨毯。四方の壁へと彫られた細やかな彫刻の数々。豪華ではあるが、何処か静謐な空気を感じる。


部屋の中央には台座があった。地面より伸びた植物の根が台座に絡む様を見て、年季の入ったものである事が分かる。


台座の上には円形の結界が張られており、その中心にはどういった原理かは分からぬが、一本の剣が浮遊していた。



「大聖剣エルエナ」


「大……?」


「……それの、コピーだと言われている」



聖剣から目を離さずに言うロアの横顔を、クルスは黙って見詰める。


言いたい事は沢山あったが、目の前に浮かぶ聖剣の神気に圧倒され、彼はその口を閉ざしてしまう。



「コピーと言ったか? これが……本物ではないと?」


「ああ。言い伝えだと、そうらしい。これは初代聖王が女神カレルより賜った神剣。別世界の創造主――エルエナという創造神が振るったと言われる超越剣の贋作らしい」


「べ、別世界? 創造神? ……待て、理解が追い付かんぞ!?」


「それで良い。君は無理に咀嚼する必要はない。見たまま、聞いたままをそのまま鵜呑みにして真っ直ぐに知識にすればいいさ」



何か、酷く馬鹿にされている様な気もしたが、クルスはロアの言い付け通りに横からの疑問は一先ず置いておく事にした。


大聖剣エルエナ。それが途轍も無い剣だという事は分かったが、自身にコレを見せた理由が分からない。


あの日――サンクトの戦闘後に、ロア=ハーレスは己に『王城の地下を探れ』と耳打ちをした。


彼女が聖剣を持っていた理由。それについての説明がされるのかと思い、こうして地下へと忍び入ったクルスだが――コレらが何か関係があるのだろうか? 目にした光景のスケールの大きさに、圧倒されているのを感じてしまう。



「かつて――カレル暦などという暦が無い程の昔は、人間は家畜以下の存在だった事は知っているかい?」


「……あぁ」


「国という国は存在しない。あるのは小さな集落のみ。魔物やそれに連なる起源を持つ魔族。環境に適応した獣人やエルフ。半霊体である妖精や竜族が闊歩するこの世界で――人間というのは細くか弱い種族だった。それにね、当時は特に邪神の動きが活発だったらしい。何が気に入らないのか、神は地上に降りては気まぐれに破壊活動をし、多くの生命を奪っていった」


「……」


「人間は絶滅寸前だったんだよ」



それは――教科書にも記載されている出来事であった。


混沌暦と呼ばれる時代の出来事。


増殖する魔物は人を食い、力を持った魔族は統治者として君臨する。


後に魔王と呼ばれた彼等は人間を無理に繁殖させ、奴隷として使い潰し、それから逃げた者達は戯れにエルフや獣人達に狩られる。妖精は嘲笑い、竜族は気紛れに彼等を焼いた。血が流れ、死が蔓延した時に――邪神は降臨し、それら総てを無に帰す。



「正直、今では想像すら出来ない時代だな……」


「だが、実際にそれはあった」


「……」


「転機となったのは、女神の介入。磨り潰されていく人間という種族を哀れんだ神は、彼等に力を与えた」


「それこそが、あの――」


「そう――神装武装だ。初代聖王もソレを賜った一人だった。歴史では彼の王がソレを振るったのはただ一度。天を裂き、地を割る一撃。王の生命を代償としたその剣閃はリアネス領土となるこの地に絶対不可侵の領域を形成。人に安息の地を齎したんだ」



それが、リアネス建国の歴史。


神剣を目の前にして聞くソレは、紙になぞられた文字を読むよりも遥かに説得力のあるものであった。



「代々王家に伝わる大聖剣だが……最近まではコイツに近付く事は出来なかった」


「それは……どうして?」


「ポロキス。古より生きる古竜との契約だ。竜族は人間族が持つ神装武装に警戒を強めていてな。その使用を制限する為にポロキスが竜王国より送られてきた。この国を彼の竜が守護する代わり、大聖剣を封印するという盟約でな」


「王家はソレを呑んだという事か?」


「仕方あるまい。如何な女神の剣とはいえ、使用する代償が重すぎる。竜族と余計な確執も作りたくは無かっただろうしな。現に100年はこの国を守ってくれたんじゃないのか? あの聖王竜は」


「100年……」


「我々にとっては途方もない数字だが、彼等にとっては短い物さ」



息を呑むクルスに、ロアは話を続けた。



「だが近年、大きな出来事があってね」


「聖王竜の――死か」


「その通り。君の父は王国軍の重臣だったね? なら、その手足となる王国騎士団がやらかした事も知っていたか」


「ザンス卿の娘……【竜神】レシィ=クリムゾンが聖王竜を屠ったという噂は騎士団では周知の事実だ」


「流石に市井までは噂は入ってない様だけれど、人の口には戸は建てられないからね。そこは結構。問題はレシィ=クリムゾンが聖王竜を殺してしまったという部分だけさ」


「やはり、不味いのか?」


「そりゃそうさ」



聖王竜と言われても、具体的にどんな恩恵を受けていたのかを知る者は少ない。だから騎士団の間でも、レシィの実力を称える者、恐れる者は居ても、その所業に怒れる者などは誰もいなかった。


国の天然記念物を破壊してしまった。彼女の行動に対する大部分の認識というのは、その程度のものであった。


だが――それは、違う。



「聖王竜の殺害というのは、竜王国との盟約の破棄と同義。彼等とは時間の感覚が違うから、今はまだ知られてはいないだろうけれど、100年・200年となれば話は別だ。リアネス王国は竜王国と敵対する事となるだろう。連中の強さは、言わなくても分かるね?」


「……」


「リアネスは滅亡するだろう。レシィ=クリムゾンを処刑して、現竜王へと許しを請うか? 議会は荒れに荒れたらしい」


「……それで、どうなったんだ?」


「君も知っての通りさ。処刑などしないよ。それよりも国は彼女の【力】に目を付けた。幼い少女の身分で聖王竜を屠る程の実力……それに大聖剣の力が合わされば、竜王国を牽制する事が出来るのではと考えたのだ」


「牽制? だが、大聖剣を使えば……!?」


「当然レシィ=クリムゾンは消滅するだろう。だが、それの何が問題かな? 元を正せば彼女が聖王竜を殺さなければ、こんな問題は起きなかったんだ。責任を取るという意味では、これ以上は無いと思うがね」


「……ッ!」


「――そう、議会の連中は思ったのさ」



私の考えでは無いと、ロアは肩を竦めて見せる。



「大聖剣はそんな簡単な代物ではない。アレは生きている。所有者を選ぶんだ。適合する者でなければ触れた瞬間に消滅するだろう。私はソレを――知っていた」


「ロア……?」


訝しむクルスに向けて、微笑みを浮かべつつ、ロアは続きを語る。



「私の先祖は、初代聖王と関わりがあってな。嘘か本当か、彼の王が消滅する現場に居合わせていたらしい。そうして、そこからあの聖剣を研究する様になった」


「聖剣の、研究……」


「聖王竜が現れてからは止まっていた研究だ。このまま私の代で潰えるものかと思ったが……人生とは分からないものだ」


大聖剣を研究するロア=ハーレス。

そんな彼女が持つ七聖剣の一本。



「まさか……」


「気付いたか? そう。七聖剣とは大聖剣エルエナの劣化コピー。厳しすぎる所有者の選定を力を削ぐ事で緩くし、一般人でも扱えるように複製した物――そうして、それを作成したのはこの私だ」


「……」


「現状では弱すぎるし、万人が扱えるとは決して言えない……中には人体を改造する処置を施し聖剣を扱える様になった者もいるが、それでは汎用性に欠けるだろう。遅々としてだが、それでも成果は出ていると自認している。私の代が駄目だったとしても、これを次の次へと継承していければ、何れは大聖剣へと近付ける筈」


「待て……待ってくれ……」



クルスは顔を抑えながら、ロアへと制止をかける。


大聖剣本体を振るう事が出来ないから、劣化した複製品を作り、ソレを扱える様にした。そこまでは良い。そこまでは。


人体を改造?


聖王竜に代わる戦力を確保する為、大聖剣の解析は急務だと言うのは分かる。だが、その為にそこまでの事をするのか?


それに――そう。



「何故、そんな事を俺に明かす?」



本当であれば国家の秘部。


幾ら軍属の父を持つと言え、何の変哲もない生徒である自分が聞く事ではないと、クルスは至極真っ当に考えた。


知りたいと願ったのは自分だ。だが、それを正直に話すロアの魂胆とは何なのか、彼は計りかねていた。



「それは簡単さ」



戸惑うクルスに向けて、ロアは腰に差していた物を差し出す。



「――」



七聖剣・第七位【異端】エーティー。差し出されたソレを恐る恐る受け取りながら、クルスはロアの顔を見た。




「最後の適合者――最後の七聖剣は私ではない。クルス=オーグメント。これは、君にこそ相応しい剣だ」




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