030 仮初の日常
今週分です。
風邪により少々更新ペースが落ちます。申し訳ない……( ;∀;)
光が収縮し、気が付けば俺達は元居た波止場へと立っていた。
「っと……」
目の前でふらつく、アルマナの身体を腕に抱える。
アルマナ=ディ=リアネス。
その姿は俺の良く知る彼女のものへと戻っていた。
……先程までの光景は夢だったのでは?
頭の中に浮かぶ疑念はしかし、ただの逃避だ。
俺は頭を振って、自身の弱い部分を外へと弾き出す。
「ん……」
「気が付いたか……?」
腕の中でぼんやりとした表情で俺を見上げるアルマナ。未だ夢現。弛緩した顔は時間と共にみるみる変化していき――
「な、な、な……」
「……」
現状を理解した王女は、目を真ん丸に見開き、口を小鳥の様にパクパクと開閉させた。
弾かれた様に、慌てて俺へと距離を取るアルマナ。
「は、ハイン!? な、何で私、貴女に抱かれて……ッ! それに、此処何処……ッ!? どうして外に……ッ!?」
アルマナにとっては当然の疑問なのだろうが、先程までに展開した非現実的なやり取りのショックから立ち直れていない俺は、今一彼女に対して共感を得られない。
とりあえず――要点だけを告げるか。
「見たぞ、アルマナ。俺もお前の予見を、この目で見た」
「――え……?」
「よく狂わなかったな。あんなものガキの頃に見せられ続けたら、俺なら参っちまう……本当に、お前は頑張ったよ」
「……ッ」
ポンと。アルマナの頭を撫でながら、俺は素直に呟く。
混乱し、一瞬は怪訝に思った彼女だったが、俺の言葉に嘘偽りが無いと分かると、そのまま泣きそうな顔で震える肩を自ら抑えた。
「――どうして、ハインがソレを……?」
「そうだな……長くなるが、それでも良いか?」
「……」
俺の言葉に、静かに頷くアルマナ。
俺は、先程までに起こった出来事を彼女へと説明した。
夜に見た予見の悪夢。
女神との邂逅。
襲来する邪神アルバルヴァ。
突拍子もない出来事だったが、元々自身の力について懐疑的な見方をしていたアルマナは、その根源が女神のものと言われても差して疑いはせず、むしろ納得した様な表情を見せる。
問題は――これからだろう。
「破滅のヴィジョン。そのタイミングは何時だと思う?」
「ハインリヒの見た夢には、私達王族と一緒に七聖剣、そして金章組の生徒達もいたのよね? なら、少なくとも今年中……?」
「俺達が卒業する前に襲ってくると踏んで間違いはないだろう。場所は王都。死体が離れていなかった事から考えて、学院で何かの催しをしていたのかもしれない」
「もしかして……卒業式典?」
「それもあるが、近いうちに一つあるだろう。俺はそっちの方が怪しいと睨んでいる」
「――聖女神杯」
アルマナの言葉に、俺は頷く。言ってから彼女は、余りの時間の無さに絶望を隠せない様子だったが、それも無理は無いだろう。
「あと、四ヶ月……?」
「アルマナ。お前が王位を目指していたのは――」
「そうよ。コレに対抗する為だった……」
王位を継承し、可能な限り戦力を集め、最悪の未来を回避しようと思っていたのだろう。
「何よ……全然、間に合わないじゃない……」
「……」
力なく肩を落とす彼女へと、俺はゆっくりと歩み寄る。
その小さな手は、悔しさで震えていた。
この日を回避する為に、彼女がどれほどの努力を重ねて来たのか、俺には想像する事しか出来ないが――それでも、容易い事では無かったという事は理解出来る。
努力が実を結ばない事も、想定はしていたと思う。
実際に見て思ったが、予見というのは万能ではない。断片的な情報。ソレが起こる正確な日時すら分からないと来たものだ。
明日、自分が死んでいてもおかしくない。
そういった厳しい世界で――アルマナはずっと生きて来たのだ。
だが、想定と納得は違う。
初めから無駄だと思って努力出来る人間なんていない。
彼女は至極真っ当に努力への結果を期待し――裏切られたのだ。
だが、な……。
「勘違いするなよ、アルマナ」
「……?」
「お前は――お前の努力は、間に合ったぞ」
「……ハイン」
「お前は俺を此処に呼んだ。それだけで、充分な仕事をした」
後は全部、俺の仕事だ。
引き受けたくは無いが、仕方がない。
何せ、連中の目的は俺らしいからな。
俺が連中にとって『期待外れ』だったから、この世界が滅びる?
ふざけるのも大概にしろと言ってやるさ。
俺の言葉に、少しは気持ちを切り替えられたのか、アルマナは顔を上げて俺を見た。
「……そう言えば、まだお礼を言えて無かったわね」
「ん?」
「魔物が襲ってきた時、貴方、遠くで私を助けてくれたでしょ?」
「……さぁ、どうだったかな」
嘯く俺に、くすりと笑うアルマナ。
「ありがとう、ハインリヒ……私の事を守ってくれて……」
「……別に」
礼なんて必要ない。
そもそも、守る事が当然なのだ。
俺と彼女には――そういった契約があるのだから。
「契約だからな」
「……うん」
「契約だから――それは邪神相手でも変わらない」
狡知の邪神・トゥールスレイをやれたんだ。
アルバルヴァだって、やれない訳はないだろう。
俺は自分を奮い立たせる様に、アルマナへと宣言する。
「――守ってやるよ。絶対にな」
◆
宿泊学習を終え、サンクトから船で王都へと帰ってきた俺達は、再び何時もの授業風景を取り戻していた。
教師の声を聞き流しながら、破滅の未来を回避する策を考えるも、順調とは言い難い。
脳裏に浮かぶアルバルヴァの幻影。
隙の無い奴の立ち姿に、殺されていく自身を想像し、頭を抱える。
刻一刻と、時間は過ぎていく一方だ。
ポンペイの我神団本部に聖女神杯への参加を見送る様、手紙を出そうかとも思ったのだが、すぐに無意味だと悟り、断念。
最後にアルバルヴァが放ったあの光――アレが原因でアズワルドは消滅するのだろう。ならば、何処にいても結果は同じ。
自己犠牲の精神で俺だけが何処か遠くへ行き、奴とサシで戦うという案も考えはしたのだが――意味が無いなと思った。
それならば戦力を拡充し、全員で邪神と相対した方が良いだろう。
問題は――邪神と戦える戦力だ。
「……チッ」
当然ながら現時点の我神団には、そんな戦力は無い。
七聖剣だって、同様。
王国内で考えるなら、俺が思うに一人だけ。
レシィ=クリムゾン。
唯一アイツだけが、俺と一緒に邪神と打ち合える戦力だと思う。
王国から離れた所で言うなら、ライディやリィンも候補に挙がる。
だが、二人とも近くにはいないし、リィンに至っては魔族領にいる事しか分かっていない。当てにする事は出来ないだろう。
俺とレシィで……倒せるのか? あの邪神を……?
「……」
絶望的なヴィジョンしか浮かばないな。
どちらにせよ、攻撃手段が欠如した現状ではどうにもならないか。
――魔剣。もしくはそれに代わる武器が絶対に必要だった。
「……リヒ、聞いてるのか、ハインリヒ!」
「……ん?」
そこまで考えて俺は、クルス=オーグメントに話し掛けられている事に気が付いた。
いかんな。少し集中し過ぎたか。
「すまん。何の話だったかな?」
「……例の七聖剣の陰謀の話だ。教師達に話しても証拠無しには動けまいと梨の礫だ。貴様なら、何か考えがあるんじゃないのか?」
クルスの言葉に、教室中の生徒が俺の返答を待っている様だった。
どうやら、彼等も打つ手なしとしているらしい。
七聖剣のマチュアが仕掛けたガルシアへの罠は、偶々盗み聞きをしてしまったルディンの証言により、金章組の全員へとその詳細は行き渡っていた。
周りの被害を考えぬ行動に憤る者や、生徒一人の死が関わっていると知り恐れる者。その反応は凡そ両端であった。
どちらにせよ、放っておく訳にはいかない。
クラス一丸となってこの事実を白昼に晒すべしと行動を開始していたのだが、それも最初の一歩で躓いてしまった様だ。
……まぁ、予想は出来ていたけどな。
「俺の考えか……特には無いな」
「な!? し、真剣に考えたのか!?」
「あぁ。真剣に考えて――意味が無いと思ったぞ」
「……ッ!」
「教団組が卑怯な事をしているのは分かったさ。だが、それを平気でやるって事は上手く誤魔化す方法があるという事だろう?」
妙な希望を抱かせても酷だしな。俺は椅子から立ち上がると、教室内を一望しながら言葉を続けた。
「お前らにも言っておく。七聖剣の悪行を暴く事は出来ない」
仮にやれたとしても、その時はガルシアも道連れだ。
唆されたとはいえ、行動に移したのは奴だからな。
最悪、国から放逐されるかも知れない。
その覚悟を持って七聖剣の悪行を暴くのなら良いが……正直、クラスのメリットにはならないだろう。
「……僕が、プライスマー教皇に話を通そう。それなら、七聖剣に対しても何らかの罰が下る筈だ」
話を聞いていたクロードが、横から声を出す。
良い案だと湧き立つ周囲だが、俺はそれに冷水を浴びせる。
「無駄だからやめろ。どう見てもその教皇もグルだ。七聖剣にガルシアを陥れる理由があると思うか? むしろそいつが黒幕だよ」
「……」
言われたクロードは、反論も出来ずに押し黙る。
彼女だって気付いてはいたんだろう。
ただそれを、見ない振りをしていただけだ。
自身が関わる権力闘争によって、関係のない生徒や住民を傷付けたなんて、分かっていても否定したくなる現実だからな。
「本当に……打つ手無しって事なのかな……?」
ルディンの呟きは、生徒達の内心を代弁していた。
静まり返る教室内を見据えながら、どうしたもんかと考える。
すると――
「どうでも良いじゃない、そんな事」
良く通る声で、周囲を見渡しながらアルマナが声を出した。
「訴えて勝つ事が出来ないなら、正攻法でやるしかないでしょう? 元々、私達はそうするつもりだったんじゃないかしら?」
「……」
「教団組がガルシアを――私達を陥れようとしたのは事実。ねぇ? 私達は舐められているのよ? この場は俯く時かしら?」
「……そうだな。確かに、そうだ」
くっく。と笑みながら、渦中の存在であるガルシアが口を開いた。
「元は俺に売られた喧嘩だ。不正を追及して七聖剣を退学にさせるなど、生温い話だったな……」
「実力で、連中に勝つって事ですか……?」
ガルシアの言葉に、近くにいた取り巻きが口を出す。
サンクトでの中間発表では、上位を七聖剣に抑えられていた。
純粋な成績で勝てるのか、不安なのだろう。
「逆に聞きたいんだが、お前達は負けるつもりなのか?」
「ハインリヒ……」
「此処まで舐められていて、仲間に唾を吐き掛ける様な真似をされて……お前達は、相手が強そうだからと臆するのか?」
「……ッ」
「――違うだろう。此処は立ち向かう場面だ。本気を出せよ。お前達は王都の精鋭だ。教団組が何するものぞと、力を振り絞る場面だろうが?」
「――」
「それとも何か、俺の見込み違いだったか?」
煽る様に俺がそう言ってやると、生徒達の顔には戦意が滾っていく。
一人が「やるぞ!」と叫ぶと、それに呼応する様に他の生徒達も声を張り上げた。
……全く、操縦しやすい連中だ。
◆
「――これで良かったのか?」
「……? 何のこと?」
夜。アルマナの部屋へと招かれた俺は、開口一番に昼間の教室での事を彼女に問う。
「高確率で、聖女神杯がやるタイミングで邪神は襲来する。生徒達をやる気にさせる意味なんてあるのか?」
「ああ……」
今回、俺は生徒達を煽るつもりは無かった。
七聖剣がどうとか、正直もう微塵も興味はない。
邪神という天災が来ると分かった以上、彼等の努力も何処まで実を結ぶのかは分からない。そういった不必要な事をさせる為に態々彼等を煽る気は毛頭無かったのだ。
そう、アルマナが声を上げるまでは。
「これは生き方の問題よ」
「ん?」
「予見については私の方が先輩だから、教えてあげる」
「……」
「ねぇ、ハインリヒ。未来の所為で今を疎かにするのは、愚かな事よ。それが見えてる結果だとしても、藻掻く事は決して止めてはいけない……」
「それが、お前の信念か?」
「いいえ――生命の、信念よ」
「……」
無駄だと分かっていても。
それが決定するまでは無駄ではない。
成程。これは生と死の哲学にも似ている。この思いがあったからこそ、アルマナは今までもやってこれたのだろう。
「これも全部、母からの受け売りなんだけどね……」
軽く肩を竦めて言った声は、何処か誇らしげにも感じた。




