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ハインソード・サーガ  作者: 威風
第3章 ~王都炎上、決意のハインリヒ編~
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029 試練の女神・ククゥリエ

今週分です。



「はぁ……ッ! はぁ……ッ!!」



夜。同級生が寝静まった暗い室内で、俺は荒い呼気を吐き出しながらベッドから身体を起こす。


肌に浮き出た汗を手で拭い、早鐘を打つ心臓を抑えながら、俺は今しがた見た夢の内容を振り返る。



突拍子もない悪夢。だが、余りにも鮮明過ぎた。

邪神トゥールスレイと戦った時の事が尾を引いているのか?


何にせよ、このまま再び眠る気分ではない。



「――少し、歩くか……」



呟きながら俺は、同室のクルスとルディンを起こさぬよう、静かにベッドから抜け出し、寝間着を着替えて部屋を後にする。



夜更けという事もあり、宿の中を歩く者は誰一人いない。


明かりが灯っている事から、受付は一応起きているのだろうが、呼び鈴をカウンターに置いて奥に引っ込んでいる。


学生の身分での夜の外出だ。

呼び止められる事も考えていたので、これは好都合。


そのままの足で俺は、施設の外へと出ていく。


向かう先は港であった。


係留してある多数の船を眺めつつ、俺は満天の星空の下、整地された波止場の地面にどっかりと座り込む。



星の光は、マナを多く含んでいる。


こうして夜に星光浴する事は、魔物の襲来によって消費したマナを回復するのに討手付けの行為であった。


エーテル液での回復は身体には不健康。

そもそも、マナというものは謎が深い粒子である。


この世界に生きる生命は、死を経過してから最終的にマナへと還元される。つまり、死体は残らない。跡形もなく消えるのだ。


マナとは魔術を使う事で消費されるエネルギーの素だ。


だが、それだけの範疇には収まらない、何か我々の……生命にとっての重要な粒子なのではと、学界では度々話題に上っている。



尤も、答えは出ないんだけどな。



世界に漂うマナ粒子。生命は等しくそれらを持っている。中にはマナを操れぬ人間もいるというが、そんな彼等の中にもマナは確実に存在する。これ以上の事が知りたければ、それこそ神にでも問うしかないのかも知れないな。



「――星を、見ているの?」


「……アルマナか」



俺は背後からやってきた少女。アルマナ=ディ=リアネスへと視線を一瞬やりながら、すぐに顔を空へと戻す。


コイツも俺と同じく、宿を抜けて出て来たのか。

悪夢の内容から、今は出来れば一人っきりになりたかったのだが。



……。


いや――これは……違う?


俺はその場から立ち上がり、アルマナへと向き直る。


長い黒い髪に釣り目がちな瞳。学院の制服に身を包んだその姿は、俺の良く知るアルマナ=ディ=リアネスのもの。


だが、気配が――違う。


視覚、触覚、聴覚、嗅覚、味覚。


その中でも取り分け重要だと言われている第六感【粒覚】により、俺は目の前の王女のマナを感じ取り――別人だと断定する。



「違う……アルマナじゃない――お前は、誰だ!?」



恐る恐るといった体で、俺は目の前の存在に問い掛ける。

アルマナの姿をした女は、俺の問いに満足した様な表情を浮かべた。


その所作は、見知った姿であるからこそ嫌悪感が付き纏う。



「……ククゥリエ」



その名を口にした瞬間、彼女の足元を中心に光源が広がった。


光は港全体へと広がると、天すら塗り潰し、その場の空間を別世界へと変えていく。



――夢の続きを、見ているのだろうか?



呆ける頭を振り、俺は今起こった現実について考察する。

恐らくは、転移の一種。


消え失せた水平線。


平べったく何もない空間は何処までも続き、この世の何処とも取れぬ異質な場所ではあったが、息が出来るという事は酸素があるという事。現実に存在する地上の何処かに他ならない。


浮足立つ気持ちを強引に抑えながら、俺は目の前の少女を睨む。


その姿は、アルマナ=ディ=リアネスのものではない。


藍紫色の髪は長く、踝まで伸びたソレはしかし、浮遊するかのように地には着かず形を保っている。白磁の様な血の気の通わぬ肌は、夢に見た邪神の身体とは対照的であった。


透明な絹の様な衣服から覗く首元には、四つの丸い金属が埋め込まれている。髪に飾った花飾りは無機質な少女の表情もあってか、何処か取って付けられた様にも感じてしまう。


腕輪に指輪にネックレス。絢爛豪華な宝石類は、彼女の異質な美しさに映える機会を失っている。身に纏う物は全てが神話級のアーティファクト。


当然だろう。


だって、彼女こそが――神なのだから。



「四女神の一人、試練の女神――ククゥリエ……」



言葉は確信を持って呟いた。

しかし、疑念が全くない訳ではない。


邪神に比類する圧倒的なマナの内包量。その陰に隠れながら、僅かばかりだがアルマナの存在も内部に感じる。


アルマナとククゥリエ。

両者の事を思い、想像出来る事もある。


恐らく――俺の考えはそう外れてはいないだろう。



「アルマナに、憑依していたのか?」


「――ええ」



俺の問い掛けに、思う以上に呆気なく返答をする女神。

おかしいとは思っていたんだ。


――予見の力?


そんな力が、一個人の人間に備わっているものなのかと。


恐らく、アレは神の権能。


この場にククゥリエが姿を見せた理由。

夜に見た悪夢の内容を鑑みれば、自ずと答えは出てくるだろう。



「――未来は視えた?」


「……未来? あの光景が未来の出来事だとでも言うのか?」



理解はしていたが、納得はしていない。

だから俺は、確認の為に女神へと敢えてそう問う。



「セントラル・アドロックに演算させた未来予知の光景。貴方に転写したソレは新たに更新した世界の破滅要因。このまま行けば、間違いなく貴方は死に、アズワルドは崩壊する」



「……何故、そんな事に」


「それは――貴方が、トゥールスレイを討ったから」


「!?」


「停滞した神の世界に変化を齎した。この世界に絶望した彼等が貴方を見定めようとするのは当然のこと。その上で――」



女神ククゥリエは、言葉を止めて俺を――視る。

その存在を、根源を。

在り方を丸裸にして見抜くように、彼女は俺を、見て、観て、視た。



「ハインリヒ=セイファート――貴方は、期待外れだった……」



「――」



心臓が、ドクリと痛む。


儚げな表情。


伏せた瞳。一瞬見せた悲しむ様なその顔は、無機質な女神の印象からは程遠く――何故だか俺は、罪悪感を覚えてしまう。



「貴方達が邪神と呼ぶ存在の中でも、アルバルヴァは純真無垢。最後の期待を裏切られた彼は――確実にこの世界を消し去るでしょう。そして、その選択は私にとって許し難い……」


「……助けてくれるって、事か?」



アルバルヴァ。その存在の名を口の中で転がしながら、俺はククゥリエへと縋る様に問い掛ける。しかし、その返答は俺の思っていたものではなく――



「いいえ――私は貴方を助けない。助けられない、と言った方が正しいでしょうね」


「何……?」


「上位権限を持つカレルから地上へのアクセスを禁止された私は、手足となるアヴァターを持たない。アルバルヴァに対抗するのは他でもない、貴方自身がやらなければいけないこと……」


「……創造の女神か。カレル様はこの事を知らないのか? 世界が消えるというのなら、他の女神も協力してくれるのでは?」



俺の言葉に、ククゥリエは静かに首を横に振る。



「彼女達と私では思考ルーチンが違う。その役割も。在り方も。滅びるならば新たに再生させれば良い。愛は対象を選ばない。二柱がそう選んだならば、裁定者はそれを支持する。決して、この世界を救う事はないでしょう」


「……!」



何だ、ソレは?

始まりの四女神。神の名を冠するものがする事か?


……いや、神だから――簡単に今ある世界を見捨てられるのか?


どっちにしろ、俺からの好感度は大いに下がったな。



「……アンタは、違うんだな」


「……」



試練の女神ククゥリエ。

正直、神の中では教科書でも一番興味が無かった存在だ。


元々怠惰な性格のこの俺だ。

試練と言われて、パッと見で好感を持つ訳がない。


だが――



「アンタは、アルマナに干渉して破滅の未来を見せていた……」



当人にとっては、迷惑以外の何物でも無かっただろう。


人格も歪んだかもしれない。


予見の力が無ければ、アルマナはもっと普通の女の子として生きて行けたのかも……王位継承に今みたいに躍起になる事も無かったかもしれない。


全てはifだ。


有り得たかもしれない、可能性。

過ぎ去った事を憂う意味は無いのかも。


だが――だが、だ。


アイツはずっと、戦っていた。


目の前の絶望を生まれた時から背負い込み、誰にも相談出来ず、誰にも頼れずに明日かも知れない破滅と戦っていたのだ。


俺はその事に対し、敬意を覚える。


同時に特級の試練を少女に背負わせた、残酷な女神に対してもな。



「二人が諦めなかったからこそ、この情報は俺へと渡った」


「勝算が――あるのですか?」


「……いや。だが、知らぬ間に終わる事は無くなった」



夢の中で相対した邪神。アイツはやばい。トゥールスレイが霞む程の圧倒的な力を感じた。それこそ、マナの内包量で言えば目の前の女神に倍するだろう。


暴虐の邪神・アルバルヴァ。


知っているぞ。教科書に載っていたからな。

知らない奴の方がおかしいレベルの有名人じゃないか。


暴力の化身。純粋な戦闘力で彼の神に並ぶ柱はいない。

神話の中では四女神を同時に相手取り、完封してみせた力神。



創世史最強――その名はアルバルヴァの為にある。



ぶるりと、思わず身体が震えてしまう。

そんな相手に自身が狙われているという非現実。

見せられた予見の悪夢のリアリティに、頭が付いて行けない。



「……アルバルヴァ、か」



だがな――


胸の中に、小さな灯火が宿る。


去来するのは夢の中で自身が伸ばした手の先――幼馴染の少女の変わり果てた姿である。



「……」



覚えたぞ、あの顔。あの姿。


アルバルヴァ……あの野郎。夢の中だろうと許す訳にはいかない。




「――絶対に、殺す」




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