007 魔剣
カレル暦204年。
ハインリヒが森の中で魔族の兄妹と出会ってから、もう一年が経過していた。
ハインリヒ=セイファート。彼の14才の誕生日は、家族のみで質素に行われた。
昔はそれこそ村の住民総出で祝っていた事なのだが、十才の頃、神童と呼ばれる事を嫌った彼が、そうした事を辞めるよう父に言ったのだ。
彼は決めていた。――15才を迎えたら、この村を出ることを。
だから、この村で過ごす日々は、あと一年で終わってしまう。
そこに寂しさはあるが、決めた事を覆すつもりはなかった。
ただ――やり残しはある。
誕生日を迎えた日の次の朝。
ハインリヒは自宅の玄関の前に小さな袋が置かれている事に気が付く。
袋の中身は、下手くそな手縫いのウサギと、紙切れが一枚入れてあった。
『たんじょうびおめでとう!』そう書かれた紙に、宛名は無かった。
「……キッチェ」
ぬいぐるみを腕に抱きながら、ハインリヒは呟く。
「いい加減、仲直りしないとなぁ……」
◆
「今日は何をするんだ、ハイン?」
「んー……」
目の前のライディ=アークスの言葉に耳を傾けながら、俺は全く別の事を考えていた。
14才となったライディは、日々の鍛錬の成果が出ているのか、虚弱そうな以前と違って身体付きもガッチリとしている。
「紅茶です。良かったらどうぞ」
「お、すまん」
差し出された紅茶を一口飲み、お盆を手に此方を見詰めるリィンへと目をやる。
リィン=アークス、13才。
釣りのコツを教えてやってから、食事に餓える事も減ったのだろう。女の子らしく、肉付きが良くなっている。今でも十分可愛らしい容姿をしているが、大人になったら周囲の男が放っとかない様な美人に育つだろう。
「美味いな」
「ハインがくれた茶葉だから」
「いや、これは淹れ方の美味さだ。いいお嫁さんになると思うぞ?」
「お、お嫁さん……」
カーっと、照れた顔を見せるリィン。
「リィンにお嫁さんはまだ早い」
目を瞑りながら、ふるふると首を横に振るライ。
言われたリィンは頬を膨らませる。
こいつは黙ってればイケメンなんだがな、超の付くシスコンなのが玉に瑕だ。
色々と、一年前とは変わっている――
小屋の様な彼等の住処は、ちゃんと家と呼べる様な物にまで改築した。
外には小さな菜園を作り、野菜等も収穫できる。
何より、教えたら何でも習得するからな、こいつら。
魔術・体術・生活術と、なるべくゆっくりと教えていったのだが、結局一年も経たずに俺が教えられるものを全て習得してしまった。
上には上がいる……そう知った俺の考えは間違いじゃなかった訳だ。
とはいえ――まだ俺はこいつらの憧れで居たいと思っている。
せめて後一年。俺がこの村を出るまでは。
だからこそ、悩む。
俺はあと、こいつらに何を教えれば良いんだ?
それにキッチェの事だって、そろそろ何とかしたいとも思っているし。
「むむむ……」
「何か、凄い悩んでますね」
「ハインの考える事は、高度過ぎて俺には分からん」
――よし、決めた。
「――剣術だ。今日からは剣術をやるぞ」
「剣術?」
二人は互いを見ながら、こう返す。
「何処に剣が?」
「……」
そうか。まぁ確かに剣なんてこの二人が持っている訳ないよな。
俺は昔、誕生日に父に買って貰った物があるのだが、一人だけ真剣というのも微妙だろう。
そこら辺に落ちてる木の棒でやるか?
基礎的な部分だけなら、それでも教えられる事は教えられるしな。
「あ」
ライが何かを思い出したかの様に、声を上げる。
「剣……あったかもしれない」
リィンと共に家の外で待つこと十分。
ライの奴が布に包まれた棒状の物を手に、此方へとやってきた。
「これなんだけど……どうだろう?」
「……貸してもらっていいか?」
ライから剣と思われるものを受け取ろうとして――ソレに触れる。
「――グゥッ!?」
瞬間、体内のマナが急速に消えていく感覚を味わった。
否、実際に消えた。
奪われたのだ。
――この、剣に。
剣を取り零し、地面へと落とした瞬間――その刀身が露わとなる。
漆黒の鍔に埋め込まれた魔晶石。その上の諸刃の刃は血の様な深紅の刀身をしていた。
アーティファクトという奴だろうか。
作られた年代は恐らく古い。だが、その性能は些かも衰えを見せぬだろう。
――それを今、身を以て知った。
「どうしたのハイン!? 大丈夫!?」
「……ああ、なんとか」
間違いなく、伝説級の剣。
使用者のマナを吸い取り、攻撃力に変換する特性を持つのだろうが……恐ろしいのは、その吸い上げ方だ。
人間では到底扱えないだろう。
ライが平気だったのは――魔族だからだろうな。
今まであまり感じた事はなかったが、魔族と人間ではマナの貯蔵量が違うのだ。
人間が1だとすれば、魔族は128だと――何かの本で読んだ事がある。
ちなみに、一番多いのはエルフだ。確か連中は512――
「大丈夫かハイン? 本当に、顔色が悪いぞ?」
「……ああ、気にするな。それより――何だこの剣? 何でこんなものを持ってる?」
「こんなもの?」
「とんでもない業物だ。それこそ神話にでも出てきそうな代物だぞ、これ」
「……」
「――あ、それと。落としてすまなかった」
「いや、それは良いんだが……」
何かを考える様にライの奴は声を出す。
「これは――父が使っていた剣なんだ」
「……父?」
「ああ……ロクでもない男だった」
「……」
何やら訳ありの様だな。詮索はよそう。
「これを使っての剣術は無理だ。打ち合える様な剣が無い」
「そうか。……何となく、そんな気はしていたよ」
「ライは、その剣を持って気分が悪くなったりはしないのか?」
「俺? いや、特には」
「あの、私も持ってみていい?」
言われ、ライはリィンに剣を持たせてみる。
実際に持ってみた彼女も、兄同様に平気の様だ。
常人なら一分握っているだけでも死にそうなものなんだが……種族が違えばこうも変わるものかと、俺は改めて実感した。