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ハインソード・サーガ  作者: 威風
第3章 ~王都炎上、決意のハインリヒ編~
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023 郊外SIDE:王として

今週分です。


逃げていた。


私は、逃げていた。


縺れそうになる足に、上下する肩。靡いた黒髪は汗により顔へと張り付き、踏み起こした土埃で身体は汚れてしまっている。


荒げた呼吸は五人分。


内二人は魔物から受けた麻痺が回復しておらず、付いてくる二人の生徒は自身と同程度の重量を抱えて逃走していた。


洞窟を抜け――森を抜け――整地された郊外へと出る。


そうして安堵出来るというのが夢想だという事を、私はまざまざと現実に見せ付けられる。



「ああ――」



誰かが声を零した。


丘より見えた、遠く空に浮かぶ魔物の大群。

島を侵攻する魔蟲の群れに、私達は皆、絶望した。



「……ッ」



ガルシアは、その光景を見詰めながら何も言わなかった。


いえ、言えなかった――というのが、正しいのでしょう。


大きく見開いた目をそのままに、島の惨状に釘付けとなる視線。



「何で、こんな事に……」



「……」



嘆く声はこの場の誰もが思った言葉。

だからこそ、私は――私達は、何も答える事が出来ない。



「……宿泊施設へと戻りましょう。学院の教師と合流出来れば、少しは安全な筈よ」



学院の教師。

そう言いながら私は、白銀の彼の姿を思い浮かべてしまっている。


頭を振って、その幻想を追い出す。


……せめて、此処にレシィが居てくれれば――


竜の呪いが治まった彼女は、私以外の者でも監視が付けば自由に動く事が出来る様になった。


国から課された彼女の制限。


ソレが外れていくのは喜ばしい事だけれど、同時にこんな弊害も発生するのだと認識した。



「……おい、何か聞こえないか……?」

「え……?」



それは、蟲の羽音であった。

初めは小さな掠れ音であったソレが、徐々に複数に。大きくなっていく。


魔物の姿は未だ視認出来ない。

けれど、これは――



「……近付いて来ている?」



私がそう言うと、その場にいた全員の顔が恐懼に強張った。


何処から来るのか?

何匹?

何処へ逃げれば良い?


そんな思いが交錯した中――



「――俺を置いて行け」



『!?』



ガルシアが、そんな事を言い出した。



「……麻痺した口調は治ったのね。その様子じゃ、まだ体は動かせない様だけれど?」


「片腕は動く。問題ない」



問題ない――訳が無い。


例え万全な状態であったとしても、ガルシアの実力ではこの状況を単独で脱する事など不可能。


それこそ――規格外の人間。


七聖剣やレシィ、ハインリヒの様な実力を持った者でなければ生き残る事は出来ない。


――それが分からない兄では無いでしょうに。



「全て、お前の言う通りになったな」


「……何を」


「今回のこの魔物の襲来は全て俺の責任だ。周りが止めるのを振り切り勝手に行動し、こんな結果を産み出してしまった」


「……」


「頭の悪い俺でもな。責任の取り方くらいは分かっているさ」


「……死ぬ気なの?」



私の問いを、ガルシアは鼻で笑った。


それこそ私が気にする事ではないと。

己の立場を考えろと、言外に言われた様に感じた。




――羽音が、近付く。




「――行けッ!!!」



己を背負う生徒を突き飛ばし、ガルシアはその場に崩れながら叫ぶ。


兄の背後には、人間大の蜂型の魔物が数十匹と飛んでいた。


「あ……う、うわぁああああッ!!!」


恐慌し、叫び声を上げながらその場から駆け出す生徒達。


誰もが死にたくはないのだ。


王子であるガルシアに最後の後押しをされた彼等は、脇目も振らずに遁走した。


そんな中、私は――


私は……ッ!!



「アルマナッ!?」


「……ッ」


「馬鹿なッ!? ――何故逃げないッ!?」



唖然とした表情で此方を見詰め、必死の形相で叫ぶガルシア。


逃げる気だった。

私だって、逃げ出した彼等と一緒。


王位を狙う立場というのもある。


此処で死ぬ訳にはいかないし、例えガルシアが死んだとしても、私にとっては損などない。


思っていた。そう真剣に思っていた。


冷酷であろうとも酷薄であろうとも、目の前の人間を切り捨てる覚悟があった。私の後ろには王国がある。予言がある。私が王位に就かなければより多くの人間が死ぬという確信がある。だからこそ生きなければならない。生き抜かなければならない。例え腹違いの兄を見捨てたとしても、私はそういった厳しさの世界で生きている。だから仕方がない事なのだと割り切っていた。


なのに――



「あ、足が……ッ」


「――」



思いとは別に――凍り付いた様に、私の足は動かなかった。


泣き笑いの様な表情が己の顔に張り付いているのが分かる。

それを見たガルシアが、息を吞んだのも。


ああ、何たる無様。

何たる醜態。


とどのつまり――私は覚悟など出来ていなかった。


王位を狙うと口では言っても、目の前で見知った男――己が兄が蟲に食われる様を見捨てる事が出来ないでいた。


立ち向かう術があるのならば、まだ救いはあったのかも知れない。


施設へと置いた自身の細剣を思いながら、しかしこの状況では何の意味も齎さない事に、無駄な思考に時を割いた我が身を心中で嘲笑する。


尾っぽに付いた蜂の針が私達へと向かってくる。


毒があろうがなかろうが、その針の太さ大きさは胴体部に刺されれば人間にとっては致命的。激痛を伴って死に至るのは想像に難しくない。


麻痺した男に手ぶらの女。

魔蟲にとっては垂涎ものの獲物であろう。


恐怖によって、覚束ぬ挙措を取る私。

四方を囲む魔物は耳を覆いたくなる程の唸りを響かせ、


その一匹から、胸に銀の刃が突き生える。



『――ッ!?』



それは一本の長剣であった。

投擲された刃は蜂を串刺しにしたまま、近くの地面へと突き刺さる。


思わぬ襲撃に、やおら警戒を見せる魔物達。


「こっちだ! 早く逃げろッ!!」


投擲手は、クロード=ディ=リアネス。

リアネス王国第一王子であった。


何故、彼が此処に?

何故、私達を助けたのか?


浮かぶ疑問は数あれど、私はそれらを一旦置き、ガルシアを尻目に彼へと叫ぶ。



「駄目、ガルシアが麻痺している!! 貴方は逃げてッ!!」


「何ッ!?」



驚愕するクロード。止まった足はしかし、一瞬の躊躇を経て此方へと踏み出される。


――聞こえていないの!?


「クロード!? 私は、逃げてと――!?」


「――承知している!!」


両腕で頭を守りながら、魔蟲囲む此方側へと押し入り、倒れたガルシアの手を取るクロード。



「な、何故……ッ?」



己の生死が絡んだ行動に、私は勿論、ガルシアも驚愕が隠せない。

何を考えているのだ、この兄は。

政争相手に対し、何故手を差し伸べる?


そんな私達の疑問が届いたのだろう。


クロードはガルシアに肩を貸し、その場から立ち上がりながら苦渋の表情で声を荒げた。


「僕は、お前達の事が嫌いだ! やたらと腕っぷしを誇る弟。妙に大人びた事を言う可愛げの無い妹。正直、今でもずっと苦手だよ!!」


「何を……」


「お前らの所為で、無意味な王位継承戦をする羽目になったんだッ! 第一王子は僕なのに! 既に王位は決まっているというのにな! 本当に、目の上のたん瘤というのはこういう事を言うのだろうと思ったよッ!!」


「……」


「でもな……それでもやはり、僕達は兄妹なんだ……」



すうっと、息を吸い込み、吐き出す様にしてクロードは叫ぶ。




「死んで欲しいだなんて、一度だって思った事はないッ!!!」




『――』



激昂したクロードの叫びを、私とガルシアはどう感じただろうか。


王位を狙う者としては、これ以上なく甘く。

陳腐だとでも思っただろうか?


これは予知ではなく、予想だけれど――


私とガルシアは、今、同じ事を思ったのだろう――



納得と、理解と、共感。



私達は、王として何かが欠けていた。

その、欠けていた何かが――今、埋まった様に感じたのだ。



「ぬ、おおおおおおおッ!!!」


「!!」



飛んできた蜂を空いた腕で剣を振るい、切り落とすガルシア。



「……もう、置いて行けとは言わん。手の届く範囲ならば守り、俺が道を切り開く!!」


「ガルシア……」


「ふんッ!!」



飛び交う蟲達をガルシアが薙ぎ払い、クロードが支えて前へと進む。


だが、片腕一本では剣の可動も高が知れる。

カバー出来ずにいたクロードの側面を狙い、蟲が襲い掛かる。


「駄目ッ!!」


気が付けば、私は飛び出していた。


己の身体を盾に、兄であるクロードを守ろうと言うのだろうか。


自身の心変わりに、心中で驚く。


変えたのは兄だ。そして、その兄を変えたのは――ハインリヒ。


――本当に、やってくれた……。


凶刃が目の前に迫る状況でありながら、私の心は穏やかであった。


死ぬつもりはない。

だって、そうでしょう?


此処までお膳立てをした彼だもの。



私を――守れない筈がない。



魔物の突進は透明な壁にぶち当たった様に、その身体を跳ねらせ、上空より飛来した剣に頭部を刈り取られる。



「ハッハァ――!! ディンハルト、見参ッ!!」



私の顔を見るなり、女たらしの様な軽い微笑を浮かべ、聖剣を振るうディンハルト=シーザー。



「無茶をしましたね、王子……だが、間に合った様だ」



遅れてやってきたのは、何時もよりも、何処か悄然とした様子を見せるキルツ=レヴァノフであった。



七聖剣が――二人。

この時点で、この場での安全は保障されたも同然となる。


ディンハルトに続き、キルツが戦闘に参加してから十分程で、この場の魔物は全て駆逐されるのであった。



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