020 冷やし魔物、始めました
教師達の号令の元、王立学院の生徒達は宿泊施設へと順次戻ってきていた。
折角のバカンスに水を差された形の生徒達は不平不満を口にするが、しかし、教師に逆らってまで居残る者は一人もいない。
ただ、目前に迫った危機を今一つ認識できないままの彼等の足取りは遅く、それは避難を口にする教師とて同じ事であった。
「魔物って、本当に来るのかなぁ?」
「さぁ……」
他の生徒達と共に列を形成し、施設へと歩くユーリアとカルナ。
「ハイン君も、ルディン君も、クルス君もいないし……」
「ハッ……連中なら心配要らないだろう?」
何せ、成績上位の優等生様だ。と、カルナは続けた。
王立学院という王国中の才気が集まる中で、上位をキープしている者というのは、別格なのだ。
1位であるハインリヒは勿論。
10位内に入ったクルスも傑物だ。元々軍役経験もあるのだろうが、卒業すれば確実に将来の指揮官ポストが用意されるだろう。
そして23位のルディン=シュトラウス。
「アイツは、実力を隠している……」
「え?」
カルナの小さな呟きに、ユーリアが問い返す。
首を振り「いや」と言いながら、カルナは誤魔化す様に微笑を浮かべる。その仕草だけで、ユーリアは赤面して押し黙る。
――扱いやすい子だ。
――何故、こんな薄汚れた私の事を好いているのだろう?
カルナがそんな事を考えていると。
「おい! どうなってんだ!?」
目の前の列から、一人の男の叫び声が上がった。
嫌な連中を見付けてしまったとばかりに、目を細めるカルナ。
声のした列は――教団組が形成していた。
「ガフも、アーサーも、マチュアも、ゲインズも!! 全員居場所が分からねぇなんて、おかしいだろッ!?」
「しかし、誰も心当たりが……ッ!!」
「チッ!!」
生徒の胸倉を掴み、声を荒げていたのは七聖剣のディンハルト=シーザーであった。彼はこれ以上の問答が無駄と分かると、生徒を解放して列から一人出て行こうとする。
「何処へ行く気だ、ディンハルト」
彼を呼び止めたのは、七聖剣のリーダー格であるキルツだ。
「連中を探してくる。ついでに、辺りの様子も見てくるよ」
「……ディン」
「止めるなよキルツ。俺の勘だが、今回の一件は何かおかしい……七聖剣として調べておいた方が良いと俺は踏んでいる」
「……」
言って、その場を後にしようとするディンハルト。
「待て、俺も行こう」
「キルツ……」
「この島は意外と広い。少しでも人手はあった方が良いだろう」
「へッ! 俺とお前なら、こんな問題すぐ解決だ!」
盛り上がるディンハルトと、あくまでも冷静なキルツ。
二人の様子を見た一人の生徒が、意を決して彼等に声を掛ける。
「すまない、僕も一緒に行かせてくれないか?」
『!?』
そう言ったのは、クロード=ディ=リアネス。
この国の第一王子であった。
流石にこれには七聖剣も、その周囲も驚愕を隠せない。
「お、王子……!?」
「何を……」
「……」
騒ぐ周囲の中、決意を秘めた顔でキルツ達を見詰めるクロード。
「……理由を聞いても?」
キルツが問うと、クロードは苦い表情を浮かべた。
「ガルシアと……アルマナが戻っていない……ッ」
『――』
クロードの言葉に、呆気に取られる周囲の面々。
それもその筈だろう。
クロード・ガルシア・アルマナ。
この三者の王族は王位を競い合う立場にある。
故に、その仲も不仲であるというのが公然の認識であったからだ。
そんな中、クロードが二人を慮る言葉を発したのだ。
驚かない生徒はいないだろう。
「仮に二人に何かがあったとして――貴方に損はないのでは?」
「……ッ」
キルツ=レヴァノフは、周囲の人間が疑問に思った事を無遠慮に口にする。
慌てるディンハルトを尻目に、言葉に対し熟考するクロード。
『――お前、兄貴なんだろう?』
『――兄貴が、弟妹を敵なんて呼ぶなよ』
「……フッ」
脳裏に浮かんだ男の言葉に、クロードは思わず口元を緩める。
「損は無いと、そういったなキルツ」
「はい」
「……逆だ」
「は?」
「――損しかない。決まっているだろう? だから行くんだ」
「……」
それを聞いて、今度はキルツが押し黙る番となってしまう。
晴々とした表情をするクロードを見て、キルツは彼がいつの間にか変わってしまっていた事に気が付く。
それも恐らく――良い方向に。
「……気に入ったぜ、王子様」
「ディン……」
「良いじゃねぇか、キルツ。どっちにしろ教会から護衛しろって言われてたんだ。俺達と一緒に行動すりゃあその手間も省ける。それにこの王子、多分一人でも出ていこうとするぜ?」
「……」
ディンハルトの言葉に、キルツはもう一度王子の顔をよく見る。
「……決して、私達と逸れない様に」
「! ――ああ!!」
根負けした様に、同行を許すキルツ。
こうして、七聖剣の二人とクロ―ド=ディ=リアネスは避難する生徒とは別に、島内の探索へと出向くのであった。
◆
「ガフ!! ――ガフ=コフィン!!」
「あぁ……?」
鬱蒼とした森の中。茶髪の少年が、倒れた黒髪の少年へと必死に声を掛けている。
――何がどうしてこんな事になったんだ!?
混乱する頭を抑えながら、茶髪の少年――ルディン=シュトラウスは目の前で突然吐血し、倒れ伏した黒髪の少年――ガフ=コフィンへと声を掛け続ける。
「そうか……薬が……」
「薬!? ガフ、君は――」
言い掛けたルディンだが、その続きを言葉にする前に、魔物の羽音が近くまで迫ってくる。
「逃げぃ……ルディン……」
「な!?」
――何を言ってるんだ!?
――逃げる? 俺が? ……君を置いてッ!?
「教団の闇じゃな……俺様の様な孤児は使い捨て……聖剣に適合する為に随分身体を弄られた……もう、寿命も近いじゃろう……気にするな……」
「――ッ!」
突然聞かされた身の上話に、ルディンは頭が追い付かない。
ガフの話は突飛過ぎたのだ。
寿命が近い。
そう聞かされたとして、ソレを信じる気も彼には無かった。
――無論、見捨てる気も。
ガチガチと言った蟲の牙が鳴る。
周囲を包囲する魔物の数は、一匹や二匹どころではない。
額から冷たい汗が零れ、地面へと落ちる。
カラカラの喉から絞り出した唾を飲み込み、ルディンは倒れたガフに向けてゆっくりと語りかける。
「聞いてくれガフ……俺は今まで、手を抜いて生きてきた」
「……?」
「俺は……俺は、人の努力が好きだ! 頑張っている人は全て報われるべきだと思っている……だからこそ、こんな夢も目的もなく、ただ適当に生きている俺みたいな人間が――勝利してはいけないと! 常に! ――強く思っていたんだ!!」
「ルディン……?」
朦朧とした意識の中、ガフはルディンの言葉の意味が分からない。
何故そんな事を今言うのか。
手遅れになる前に、早く逃げて欲しい。
だが、壮絶な顔をして笑うルディンを見ていると、そんな言葉は口に出せなかった。
「いつ死んでも構わないと思っていた。それなのに、いざその時が来たら怖かった……ッ! あの時君に助けられて……俺は、本当に嬉しかったんだッ!!」
――だから。
言いながら、ルディンはガフの持つ聖剣へと手を伸ばした。
「――俺にも、友人を守らせてくれよォッ!!」
「!!」
七聖剣・第二位【蒼輝】エグリゴリが――ルディンと励起する。
手に触れた柄からルディンの身体へと、光り輝く情報体が行き来し、ソード・ユーザーの書き換えが行われる。
「ぐうッ……!?」
経験した事のない痛みに、思わず膝を着くルディン。
「ルディン!!」
「ッ! ――負けるかよぉォオオッ!!!」
「――ッ!!」
ルディンとエグリゴリの相性は良い。
時間さえあれば、書き換えも無事終わるだろう。
しかし――
「――駄目だ、間に合わんッ!! ――逃げろッ!!」
「ッ!!」
迫りくる魔物は、準備を待ってはくれない。
蜂型の魔物の棘が、ルディンへと突き刺さる瞬間――
――突如展開された円形の防御壁に、その攻撃は阻まれる。
「……え?」
驚愕に目を見開くルディン。
見れば防御壁は、ガフの方にも発生していた。
「な、なんじゃ……?」
二人が驚く中、魔物の群れの中心で空間の歪みが発生する。
歪みから出てきたのは、小さな小さな――蒼い結晶。
ふよふよと浮遊するソレが、地面へと触れた時――周囲の大気が凍り付いた。
『――ッ!!?』
それはまるで白い爆発。
真夏の光景が一転して雪景色へと変わる。
木々は勿論、大地すら凍り付かせたその魔術は、ルディン達の周囲に浮いていた大量の魔物達を全て停止させてしまう。
動きだけではない。その――命も。
≪――聞こえるか、ルディン≫
「この声は……ハイン君!?」
「!?」
頭の中に響く友人の声に、ルディンは再度の驚愕の声を出した。
≪周囲の魔物は殲滅出来ただろう? そこから南西に身を隠せる建造物がある。とりあえずはそこまで移動しろ。尚、この会話は一方通行なので反論は認めない。以上≫
「……はは」
言うだけ言って交信を切るハインリヒに、ルディンは思わず身体を脱力させる。
「……お前のクラスメイト、本当にやばい奴なんじゃな」
呆れるガフに、ルディンは何も言い返せなかった。




