017 クラゲの毒にはご用心
先を行くガルシア達の後ろを付いて行くと、目の前に洞窟の入り口が見えてくる。
鍾乳洞……?
こんな場所に、何の用があるのかしら?
訝しみながらも、彼等に見付からぬ様に後を付ける私。
途中何度も取り巻きの生徒がガルシアに引き返す様に進言するも、彼はそれを聞き入れない。
頑固な所は相変わらずね……。
『予見の力? 馬鹿な! そんなもの俺は信じない!!』
『でも、確かに見たんです……兄様が落馬して怪我する所を』
『くどいぞ、アルマナ! 妹が兄を心配するなぞ、十年早い!!』
『……』
――その夜、ガルシアが騎士団との乗馬の訓練中、落馬した事を従者により知らされる。
私の予見は、正しかったのだ。
だが――
『馬には落ちた。だが、怪我などしなかった』
『……』
ボロボロの姿のまま、開口一番、彼は私にそう言った。
『アルマナ。お前の予見は――間違っている!』
『……』
態々心配して訪ねてきた妹に対し、兄が最初に言う事かしら?
聞けば、足が折れていたというのに、ガルシアは頑固に手当てすら拒否していたようね?
本当に――本当に度し難い程、兄は頑固者だった。
それを今――少しだけ思い出した。
「が、ガルシア様ッ!!」
「むぅ!?」
「!」
私が考え事をしている間に、兄達は一匹の魔物と対峙していた。
ソレは、透明な皮膚を持つ丸い物体であった。
直径は五メイル程の巨大な大きさ。
一見すればスライムの様にも見えるソレは、ずるずると数十以上の細い触手を引き摺って動いていた。
まるでクラゲの亜種の様な姿。
「こいつ……膨らんで……ッ!?」
「!?」
ぶくぶくと気泡を発生させながら、透明な身体が膨らんでいく。
不味い。――思った時には、もう遅かった。
膨らんだ身体が一気に萎み、その瞬間――透明な棘の様なモノが魔物から発射される。
「――チィッ!!」
長剣を抜刀すると同時に、ガルシアは飛んできた棘を剣で切り払う。
「ぃぎゃぁああああッ!?」
「――ッ!?」
打ち漏らした棘が取り巻きの一人の肩に突き刺さる。
洞窟内を劈く様な悲鳴に、思わず後ろを振り返るガルシア。
あの棘――見た目以上に、痛みを伴うのかしら?
そういった攻撃を行う海の魔物……。
そういえば以前、ハインリヒとの勉強会で教わった事があったかも知れない。
『――神経毒だ』
『神経毒?』
『そう。バルーンフィッシュと呼ばれる魔物は刺胞に神経毒があってな。一度食らえば電気ショックの様な激痛が走り、身体が痺れて動かなくなってしまう。この魔物はそうして動かなくなった獲物を体内で溶かしながら捕食する生物なんだよ』
『……恐ろしいわね』
『だが、人にとっては割と利点がある奴だ』
『?』
『動きが鈍重で知能も低く、近付かなければ害が無い。その上コイツは、他の魔物にとっても脅威らしく、コイツ一匹がいるだけで、近くに魔物が全く近寄って来ない』
『つまり――魔物避けになると?』
『ま、そういうこと』
『……』
『ボスクラスの魔物は多かれ少なかれそういった性質があるが、それ以上に迷惑な奴等が多い。こういう害よりも無害が勝った――社会に役立つ魔物ってのは、貴重なんだぜ?』
『へえ? ――ちなみに、この知識は今度のテストに役立つのかしら?』
『……まぁ、知識を蓄えておくのは……大事だしぃ?』
ジト目を送る私と、そっぽを向いて冷や汗を流すハイン。
……そんな事も、確かにあったわね。
だとしたら、此処であの魔物を倒してしまうのは悪手でしかない。
「――! ガルシア兄さんッ!!」
岩陰から身体を晒し、兄へと叫ぶ。
「!?」
驚いた表情を浮かべながら、此方を見るガルシア。
よし、これで――ッ!?
動きが止まったのは一瞬だった。
私の姿を見た瞬間、兄は奥歯を噛み締めると、魔物へと向き直り特攻を開始する。
「兄さん!?」
疑問を抱く私だが、長年の付き合いから分かってしまった。
今の私の叫びが、兄を頑固者にさせてしまったのだと。
「ぬおおおおおおおッ!!」
バルーンフィッシュへと飛び掛かり、その頭上と思しき部分へと乾坤一擲の一撃を見舞うガルシア。
剣に切り裂かれながらも、魔物はその触手を動かし、刺胞から毒針を射出する。
「ッ!! おああああああああッ!!!」
叫び声を上げ、針に刺されながらも剣を振るい続けるガルシア。
毒により動けなくなるのが先か。
魔物が死ぬのが先か。
そんな泥試合をやるつもりなのでしょう。
少なくとも、王族がやる戦いではないわね……。
――数分後。
そこには、ズタボロになって事切れた魔物の姿があった。
「く、ははは……やった……倒したぞ……ッ!」
「お、王子……ッ!」
「……」
神経毒が回って来たのでしょうね。
身体を膠着させたまま地面に倒れ、勝ち誇るガルシア。
「見たかアルマナ!? これが俺の実力だ!! 俺こそが次期――」
「――黙って!!」
「!?」
私は、能天気なガルシアの口を黙らせる。
ハインリヒの言葉が正しければ……この後、とんでもない事が、この島に起こるかもしれない。
私だって、教えて貰わなければ分からなかった。
けれど、それでも思ってしまう。
「何で、こんな馬鹿な事をしたの……?」
「ばか……だと……?」
呂律の周らなくなった口で、私に問い返すガルシア。
「もうすぐ、この島に大量の魔物が押し寄せてくる」
「……」
「貴方の所為よ」
「……なんだ、そのでたらめは……」
「……」
「……あるまな?」
ガルシアとの問答を中止し、私は洞窟の奥へと目を凝らす。
僅かに感じる振動。
これは――魔物の侵攻音?
「くッ! ――急いで二人を担いで!!」
「は、はい!」
取り巻きの中の無事な二人に命令し、毒を食らったガルシア達を担がせる。
「時間が無い……早く此処を出るわよ!!」
有無を言わせずに洞窟から脱出した私達は、周囲の異常な状況に戦慄する。
空には鳥の大群が飛び去り、遠くからは不快な魔物の鳴き声が島全体を覆う様に聞こえてくる。
魔物避けとなっていた魔物の主が倒された場合、それまで抑えられていた反動で、魔物達はその場所へと大群で押し寄せる習性があるという。
ハインから教わった通りじゃない……ッ!!
信じてない訳ではなかったけれど、こんな時くらいは外れて欲しかった。
「まさか……!」
「ほ、本当に……ッ!?」
「――」
怯える取り巻き達と、言葉を失うガルシア。
此処に来てようやく、自分達が仕出かした事の大きさを自覚したみたいね。
全て――もう遅いのだけれど。




