006 教えてやるよ~しかし相手は天才だった~
新たに知り合った魔族の少年の名は――ライディ=アークスというらしい。
ちなみに、妹の方はリィン=アークス。
両者共に金色の髪をした色白の美形だ。
あまり食えていないのか、貧相な体付きをしている。
彼等と話をしている内に妹の方の腹の虫が鳴ったから、俺は釣り上げた魚を彼らに振舞ってやる事にした。
ただの焼魚なのに、嬉しそうに食べる連中の姿を見ていると、こっちまでほっこりしてしまう。
その日から――俺は魚を釣ったら彼等に振舞うという生活を開始した。
何度も会う内に、俺達は互いに打ち解け合い、今では彼等も俺の事を愛称の『ハイン』と呼んでくれている。
正直、毎日が楽しい。
青春しているなぁと、しみじみと感じてしまう。
そんなある日のことだ。
俺は彼等の住処へと、初めて招かれる事となる。
「意外としっかりとしているじゃないか……」
俺は目の前に見える木造の小さな小屋を見ながら、呟く。
道もない様な森の奥に、その小屋はあった。
「二人で作ったのか?」
俺の問いにライディは「まさか」と返す。
「最初からあったものを使わせて貰ってるんだ。それまではずっと野宿さ」
「そうか。リィンちゃんも大変だっただろう?」
「お兄ちゃんがいたから、平気です!」
明るく言い放つリィンの頭を撫でるライディ。
えへへと笑いながら目を細めるリィン。……うむ、可愛いな。
俺は二人に案内されるまま、小屋の中へと入っていく。
室内は掃除の手が入っており、小奇麗な様子だった。二人で使い、二人で片付けているのだろう。真面目な性分が窺える。
「中々良いな」
小さなテーブルを囲んだ椅子に座り、俺はライディへと声をやる。
リィンは俺の向かい側に座り、椅子が二つしかないので、ライディは入口前で立っている。
「いつから此処に住んでるんだ?」
「連れて来られたのは二年前からだったかな? それまでは色んな場所を転々としてたよ」
「へぇ」
色んな場所か。興味はあるが、それよりも――
「連れて来られたっていうのは、誰に?」
「知らない人です」
俺の問いにリィンが答える。
「知らない魔族の人。此処は危ないって言って、いつも私達を別の場所に案内する……」
「いつも……? その人は今何処に?」
「分かりません。ただ、こういった事は何度もあったんです。その度に別の魔族の人が現れて、此処
は危ないからって私達を別の場所に連れて行くんです」
「……」
危ないと言いながら、魔族への迫害が続く人間領に何故連れてくるんだ?
魔族領の方が危ない……? あっちのことは流石に分からないが……。
だが、連れてくるだけ連れてきて、そのまま放置というのはどうなのだろう?
何か別の思惑があるような気もしてくる……。
「ハインは、さ」
「ん?」
意を決した様に、ライディが声を上げる。
「俺達の両親の事とか、気にならないの?」
「お前達の? んー、特には」
「……」
「ただ、話したいなら聞くぞ。話したくないなら聞かない」
「当たり前だろ?」と、俺は頬杖を突きながら笑って言ってやる。
「……強いよね、ハインは。どうしてそんなに強いんだろう……」
「……」
神童だから。とは、もう言わない。
「何だよ。悩んでるのか、ライ」
「そりゃ悩むよ。俺は、リィンを守りたい」
「お兄ちゃん……」
「けれど、子供の俺にはそんな力……」
「……」
暗くなるライディの顔を見ながら、俺は仕方がないなぁと、立ち上がる。
面倒見は良い方なんだ。俺は。
「なら教えてやるよ」
「え?」
「強くなる方法、俺が伝授してやる。泊まり込みで特訓だ!」
「えええ!?」
「ハイン、泊まってってくれるの!?」
驚くライディと、喜ぶリィン。彼らに向けて、俺は「勿論!」と力強く頷く。
「強化合宿という奴だ! 面白くなってきたな!」
高笑いする俺と、不安そうな顔を見せるライディ。
こうして、ハインリヒ=セイファートのライディ兄妹改造計画が幕を開けた。
◆
さて。まずは身体作りだ。
俺はライディに身体の中に流れる【マナ】を意識させた。
【マナ】とはエネルギーの素となるもの。
生命には必ずマナが宿っており、これを意識する事で今度は【気】というものを分別する事が出来る様になる。
【マナ】が神霊魔素に属する力だとすれば、【気】とは肉体に属する力の塊だ。
簡単に言えば、【マナ】は魔術的役割、【気】は肉体的役割を果たす力だと覚えれば良い。
ライディ=アークスは、教えてから五分程でその二つの力を認識した。
傍で見ていたリィンも、真似する様にすぐに会得した様だ。
そんな彼等の様子を見たハインリヒは「へぇ」とか言ったとか言わないとか。
……まぁ、教えてる方の上手さというのもあるからな。
……そういえば、俺もこの位の速度で三才の頃には会得してたし。
内心引っ掛かりを覚えながらも、俺は次のステップへと移行する。
「マナが使えるなら話は早い。次は魔術を覚えていくぞ」
「魔術か……自信はないなぁ」
「頑張ってね、お兄ちゃん」
「……うん」
不安な兄に声援を送る妹。
よーし、ここらで俺の凄さを見せてやるか。
「魔術が使える様になれば……こんな事も出来まーす!!」
「じゃーん!」と言って、中空に赤・青・緑・茶の小さな玉を顕現する。
「うわ!」
「綺麗ー!」
ふふふ、驚いている、驚いている。
「基本となる四属性……火・水・風・土の魔法陣消去無詠唱同時展開だ」
「これが、出来る様になるのか……?」
ライの奴は難しい顔をしながらそう言った。
少し驚かせすぎたかな?
まぁでも何れはこのレベル出来てもらうつもりだし、良いだろう。
「上級テクニックだからな。まぁすぐには出来ないだろう。まずは基本の詠唱を――」
「――あ、出来た」
ライディの目の前には、俺と全く同じ四属性の玉が浮かんでいた。
「あ、私も出来ました!」
リィンの目の前にも、俺と全く同じ以下略。
喜ぶ二人。
はしゃぎながら「見て見て!」と、俺に向かってソレを近づけてくる二人。
その時――俺は。
俺は――
「――ま。初心者向けだから!」
そう――辛うじて返す事しか出来なかった。