010 またこの展開かよ
今週分です。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」
息を切らしながら、走り続けるクロード。
王立学院に入学してまで、何故この様な原始的な授業を受けなければいけないのか、彼は思い付いた教師に脳内で罵詈雑言を浴びせながら、目の前を走る妹に視線をやった。
「随分と頑張りますね、クロード兄様」
アルマナ=ディ=リアネス。
青く長い髪をリボンで結び、体操着姿で走るその姿は、傍目には王女に見えぬであろう。
「運動はお得意ではないと聞いていましたが?」
「……フッ、年下の妹に負ける程ではない!」
言い返すクロードだが、それはどうみても虚勢であった。元々白い肌は青白く。額には大量の汗を流し、乱れた呼吸を整える事すら出来なくなっている。
「取り巻きに邪魔されず、こうして話せる機会というのも中々無いでしょう? 良い機会だから言っておきます」
「……」
「――貴方が王では、国が滅びます。国民の事を思うのなら、王位継承を辞退するべきです」
「……な、に……ッ?」
アルマナから放たれる率直な辞退勧告に、クロードは遅れながら怒りの表情を浮かべた。
「それも、予見の力だとほざくのか?」
「……ええ」
当然の様に頷くアルマナに、クロードはその場で笑った。
笑う。笑う。笑うしか――ない。
「――盗人猛々しいとは、この事か」
「……」
「子は親に似るものだな? あの妾の母親によく似ている……」
「……」
「どうした? 不機嫌そうだな? ――怒ったか?」
「いいえ、特には」
「そうか――僕は、怒っているぞ」
言ってクロードは、その表情を変えた。
浮かべていた笑みは静まり、アルマナを射殺さんとばかりに睨む。
「正室である母は、父である王に愛されていなかった。政略結婚だからな? それも仕方が無いだろう。妾であるフルセアを愛するのも構わない。だが――それを王位継承にまで持ち込むのは違うだろう?」
「兄様は、シャルル王が私的な理由で継承者を選んでいると?」
じっと。クロードの目を見詰めながら、アルマナは問い返す。
「……ッ」
内心では「当然だ!」と、叫びたいクロードであったが、アルマナの瞳に射抜かれると、途端にその言葉も出て来なくなる。
――苦手だ。
――昔からずっと、この妹だけは苦手だった。
――僕自身の事を、ずっと見透かされている様で……。
――あの、星の様な蒼い瞳が――怖かった。
「あー……何だ、こっちでもお邪魔虫か……」
「! ハインリヒ……」
走る二人に追い付いてきたのは、白銀の髪のハインリヒ。
彼は王女と王子の姿を見るに、げんなりとした表情を浮かべる。
「丁度良いわ。ペースを上げるわよ、ハイン」
「ん? もうやり取りは良いのか?」
「ええ、必要な事はもう話したから」
「ふーん……」
言って、アルマナは走る速度を上げていく。
「ぐ……ッ、ま、待てッ……! ――ッ!?」
慌てて追い掛けようとするクロードだが、そこで突然、足を抑え、その場に倒れ込んでしまう。
「おい!」
思わず、クロードに声を掛けるハインリヒ。
そんな二人の様子を見ながらも、アルマナは冷静だ。
「無理をするからよ……放っておきなさい、ハイン」
「いやいや。放っておくって、お前……」
流石にソレはないだろうと。
ハインリヒはアルマナに向かって首を振る。
「どうせ取り巻き達が何とかするでしょう? 優しくする理由なんてないわ。私達、敵同士なのよ?」
「……お前」
「……フッ、アルマナの言う通りだな。お前達に助けられるなんて、死んでも御免だよ。……分かったのなら先に行け。束の間の勝利に気を良くしていればいいさ」
「……」
言われたハインリヒは、しかし――躊躇すら見せずにクロードの傍に寄り、その身体を腕に抱えた。
「うぐッ!」
「……ちょっとは我慢しとけ」
持ち上げた時の痛みで顔を顰めるクロード。
本当は腕の中でも暴れたい気分なのだろうが、痛みにより、大人しくしているしかない。
「ハイン……ッ」
「らしくないぞ、アルマナ……今のお前には焦りが見える」
「――ッ!」
「此処はもう良い。お前は先に行け」
「そう……ッ! 随分と仲良くなったのね、貴方達!?」
「……」
「その調子で弱みでも握ってくれたら良いのにッ!」
「アルマナ……」
「気安く呼ばないでッ!!」
ヒステリックに叫ぶアルマナは、そのまま走り去ってしまう。
「……はぁ」
――案の定、面倒臭い展開になってきたな。
思いながら、ハインリヒはその場で重い溜息を零した。
◆
「よっと、保健室は……此処だな?」
クロードの奴を俗に言うお姫様抱っこしながら、俺は保健室へと入っていく。
「……ッ!」
「まだ痛むのかー?」
言いながら、俺はクロードの抑える足へと視線をやる。
「筋肉が波打ってるな。という事は、切れた訳ではないのか。いっその事、肉離れなら回復魔術で一発だったんだがな? こいつはそうもいかない。ま、暫くしたら痛みも治まるだろう」
「……他人事のようにッ」
「そりゃ、他人事だし」
保健室の中は誰もいない様だ。
なら、ありがたく空いたベッドを使わせて貰おう。
「てか、お前結構汚いな?」
「な、何だとッ!?」
「汗と泥で汚ねーよ。このままじゃ流石に不味いだろう」
「……おい、何をする気だ?」
「何をって……」
俺は一旦その場にクロードを下ろすと、奴の来ている汚れた体操着へと手を掛ける。
「脱がす」
「――おいィッ!?」
何だか突然愉快な声を叫びだすクロード。
「てか、男同士なんだから恥ずかしがるなよ。ホモかお前?」
「――お、お前がソレを言うかッ!?」
「む。……その言い様は何か引っ掛かるが――まぁ良い」
問答無用だ。
「や、やめ――ッ」
「てい!」
嫌がるクロードを無理やり脱がすハインリヒ。
何か語弊がある説明だが、事実だから仕方がない。
問題は、そう――
「くう……ッ!」
「……」
クロードの胸に、白いサラシが巻いてあったという事。
泣きそうな顔で此方を見詰め、必死に己の胸元を抑える王子。
……王子?
何か、以前にも似た様な事があった気がするが――敢えて言わせて貰おう。
「……お前、女だったのか」




