005 ハインリヒ VS ガルシア
俺――ハインリヒ=セイファートは、最近毎日が楽しい。
初めは面倒だと嫌がっていた学院生活だったが、慣れてみるとこれがまた新鮮で面白い。
教わる勉強自体は大した事は無いのだが、一つの所に集まって皆で勉学に励むというのは、殊の外楽しいという事が分かった。
教室の中には――面白そうな奴も何人かいる。
卒業までの一年間、ダメもとで傭兵団に誘うのもありかも知れない。
「ふぅ……」
俺は書いていた手紙を封筒に入れ、椅子に座りながら伸びをする。
俺が学院へとやってきて、三か月。
一応、現状報告はしとかないとな。
テラン村の両親へと一通。
ポンペイの傭兵団へと一通。
キッチェの奴へと一通。
そして――最後のもう一通を手提げ袋に入れながら、俺は部屋を出て、便箋係の元へと向かうのだった。
◆
今日の授業は、実技形式であった。
校舎の外の練兵場へと集められた俺達は、木剣を手渡され、二人一組を作らされる。
「一緒にやらない? ハイン君」
「ルディンか。別に構わないが――」
アルマナ――あのぼっちは大丈夫だろうか?
最初の頃に比べて大分マシにはなったが、それでもこういった授業だとあぶれてしまうのではないか?
そう言った俺の危惧を察してか、ルディン=シュトラウスという柔和な少年は俺に対してこう言った。
「大丈夫。ユーリアさんが見てくれるよ。……ハイン君は、本当にアルマナさんの事を気に掛けているんだね?」
「まぁな」
一応雇い主だし。
俺が此処にいる時点で、毎月安くはない金額が傭兵団へと振り込まれているのだ。報酬分の仕事はしないといけないだろう。
「そ、そのう……好きだったり……とか?」
「……」
照れた顔をしながら、俺に向かってそう聞いてくるルディン。
……何か、妙な勘違いをされてるなぁ。
バッサリ本音を言っても良いのだが、此処は誤魔化した方が面白い。
「ルディンはユーリアが好きなのか?」
「えぇ!? な、何でッ!?」
「さぁ、何でだろうな?」
「うぅ……」
顔を赤らめ、俯くルディン。
……少し意地悪だったかな?
「ピエールには内緒にしててやるよ。それと、恋愛ってのは駆け引きだ。それは剣とも似ている」
「……」
「今日はまぁ、そこら辺の両方を教えてやるよ」
「――なら俺は、ただ教えられるだけじゃないって所を、君に見せなきゃね?」
……ほぉ?
……言うなぁ、ルディン=シュトラウス。
面白いじゃないか。
お互いに木剣を構え、間合いを取る。
一枚の花弁が目の前へと舞うのを合図に、先手を取るルディン。
「おおう!?」
元より最初は見に徹するつもりであったが、思ったよりも鋭い突きを放ってきたので、思わず驚愕した声を漏らしてしまう。
「シッ――!!」
顔への突きを回避されたと見るや、俺の持つ木剣の内側を叩き払い、連続して胴を狙うルディン。
動きが洗練されている。
打ち、払い、薙ぎ。流れる様な三つの動作により、相手の反撃の機会を奪おうとしているのだ。
――上手いじゃないか!
その場で態勢を下げ、胴狙いの剣を回避。続く下段の打ち上げを飛んで回避。ルディンの背後へと回り込む俺。
着地までの間に木剣を背負い、続く衝撃を振り返らずに打ち払う。
「なッ!?」
「見え見えなんだよッ!」
振り返るとそこには、剣を弾かれた形のルディンの姿がある。
その態勢で放てるのは――上段からの打ち下ろしのみ。
「くう!」
「――終い!!」
来ると分かっている攻撃ならば、対処も容易い。
下段からルディンの柄頭を狙い、俺は剣を打ち上げた。
宙を舞う木剣。
「――あ」
手ぶらとなった彼の首元へと、剣を寸止めする俺。
ルディン=シュトラウスは、一拍遅れてそれに気付き――
「……参ったよ」
――言って、降参するのだった。
◆
ルディンとの組み手を一段落させた頃、一人の男子生徒が此方へと近付いてきた。
「やるな、ハインリヒ」
「……ガルシア王子」
やってきたのは、ガルシア=ディ=リアネスだ。
短髪の黒い髪。浅黒い肌に筋骨隆々の肉体。
王子と言うよりも、何処かの傭兵と言われた方が納得する風体。
こいつが――第二位の王位継承者。
アルマナの敵か。
「王子はいらん、敬称もな。それよりも素晴らしい腕前だ。ルディンを相手に剣で勝利するなど、並大抵ではない」
「褒め言葉は受け取るが、生憎比べられるほど周囲を知らない」
「実感が湧かないから、喜びようも無い……か」
口元を歪ませ、笑みを浮かべるガルシア。
「不遜だな。そういう所はアルマナに似ている……」
「……」
「この時期の不自然な転入に加え、アルマナを立てる様な立ち回り……お前は、妹が雇った協力者なのだろう?」
「さぁ、どうだか?」
はぐらかす俺に、詰め寄るガルシア。
「妹は王位が欲しいと言ったか?」
「……」
「やらんよ。アレは――俺の椅子だ」
随分と、熱が籠もっているな。
「――意気込むのは結構だが、やり過ぎると不安なのかと勘ぐってしまうぞ?」
「不安?俺が?」
「アンタ、アルマナが怖いんだろう?」
「……」
「だからこうやって、本人でもない俺に釘を刺す」
「違うか?」と問う俺に、ガルシアは笑い――
「――剣を取れ、ハインリヒ」
――表情を消し、俺へとそう言った。
「ガルシア様!? 貴方が直々にやる事では――!?」
「控えろ、クルス」
「……ッ!」
クルス=オーグメント。
高い身長にガタイの良い体格。鋭い眉が特徴の青年は、ガルシアに窘められ、その動きを制止する。
「上には上がいるという事を、貴様には教えてやろう」
「そいつは少し、遅い話だな……」
言いながら、俺は手に持った木剣を軽く振るう。
周囲で組手をしていた者は、皆その手を止め、俺達に注目していた。
「ハインリヒ=セイファート……」
「ん?」
苦々しい表情で此方を見る男、クルスに振り返る。
「俺は、貴様の様な軟派者は好かん!」
「……はぁ」
「本当なら俺が貴様を倒してやりたい所だが、王子が言うのならば仕方がない。――負けてしまえ!」
「……随分な言い様だな? 軟派者だとして、腰巾着よりはマシだと思うがな?」
俺の言葉に、クルスはカッと頬を上気させる。
「誰が腰巾着だ!! 俺は軍人だ!!」
暴れるクルスを周囲の生徒が宥めながら、遠くへと連れていく。
軍人、ねぇ……。
学院の生徒の中にも、実戦を経験している奴はいるのか。
親が軍人だという家系なら、あり得なくは無いか。
「ハインリヒ……」
「お」
今度はアルマナか。
近付いてくる彼女は、俺の顔を見ながら小さく呟く。
「……やりすぎないでね」
「――ハッ」
アルマナの言葉に、俺は思わず笑ってしまう。
何だよ。
俺の事、分かってきたじゃないか。
「ガルシア君は強いよ、ハイン君」
ルディン=シュトラウスが俺の肩に手をやりながら、そう呟く。
「それは――本気のお前よりもか? ルディン……」
「!」
俺の言葉に、目を見開くルディン。
その手をやんわりと解きながら、俺はガルシアへと足を向ける。
「ハイン!」
背中に掛けられるルディンの声。
「――君が勝つ! 今、俺はそう確信した!!」
振り返らずに手を振りながら、俺は目の前の王子へと相対する。
「準備は出来たか?」
問い掛けるガルシアに、俺は何て事のない様に答える。
「常在戦場って言葉、知ってるか?」
「口が減らぬな……」
「随分注目されているが、本当に良いのか、俺と戦って?」
「負けた時が心配か?」
「そりゃ少しはな。お前の兄貴も見ているんだぞ?」
言って、俺は周囲の輪の中から、此方を見詰める金髪の青年の姿を指差した。
クロード=ディ=リアネス。
第一位継承権の王子様だ。此方はガルシアと比べて線が細い……女と言われても信じてしまいそうだ。
そんな彼が、取り巻きを連れて此方を見ている。
結果によっては、立場も無くなるだろう? そりゃ心配さ。
「……一つ訂正しておこうか」
「ん?」
「俺は、クロードを兄だと思った事は、一度たりとて無い」
「……そうか」
言いながら、互いに構えを取る。
問答無用。
緊張する空気に、静まり返る周囲。
先に動いたのは――ガルシアだった。
「――チェストォッ!!」
「……ッ!」
砂を蹴り、一瞬で間合いを詰めたガルシアは気合一閃。恵まれた体躯より上段斬りを振り下ろす。
凄まじい圧迫感を持って俺へと飛んできた一撃を、横にズレて回避。
直後――
「な!?」
肩からのぶちかましを敢行するガルシア。
無茶な動きだ!
だが、振り下ろしや体捌きの速度が思った以上に素早く、気が付けばその身体は俺の目の前へ迫り――
「ぐう!?」
衝突する瞬間。俺は身体を回転させる事で体当たりを捌く。
しかし、その衝撃は思ったよりも大きく、身体は重心がズレ、横に大きく飛ばされてしまう。
やば!足が止まった!
不利な態勢のまま、追い縋るガルシアの姿を視認した俺は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「セイヤ――ッ!!」
「――」
裂帛の気合を籠め、俺へと打ち込むガルシア。
その剣の振りに合わせ――俺は片手で木剣を振るう。
剣の軌跡をなぞる様に振るったソレは、俺の肩へと落とされる筈だった剣先を、地面へと導く。
「ぬう――ッ!?」
驚愕しながらも、続けざまに剣を振るっていくガルシア。
俺はそれを一撃、二撃、三撃と――悉く捌いていく。
一瞬焦ったが、もう終わりだ。
ガルシア=ディ=リアネス。
お前の動きは――もう見切った。
◆
当たらない、当たらない、当たらない――!!
例え得物が木剣であろうと、鉄ですら粉砕する一撃を、ハインリヒ=セイファートは柳の様な剣で捌いていく。
何だコレは?
どんな妖術だ!?
全力で打ち込む俺に対し、奴の動きは最小限。
必然的に、息が上がるのは俺の方が先である。
しかし、だからと言って攻撃の手を止める訳にはいかない。
この猛攻があってこそ、奴は俺に対して反撃が打てぬのだ。
もし、この状況で俺が動きを止めてしまえば――その時は――
「ぐッ!?」
脳裏に浮かんだ敗北のイメージ。
俺はそれを振り払う様に、打って、打って、打ちまくるのだった。
……戦いが始まって、どのくらい経っただろう。
汗水を全身に垂らしながら、剣を振るう俺。
その姿は、周囲にどのように映っているだろうか?
クロードは、俺を嗤っているか?
アルマナは、俺を軽蔑するか?
ハインリヒは――こいつは、何故俺に打ち込まない?
反撃の隙なんて、疾うの昔に出来ているだろう?
業腹だが、コイツの力量ならすぐに終わらせる事だって出来た筈。
無様な俺を晒し者にして、喜んでいるのか?
だとしたら何と最悪な……。
「……じゃない……だろ」
「……?」
小さく何かを呟くハインリヒ。
俺がソレを意識した瞬間――ハインリヒは俺の肩に剣を叩き込む。
「ぐぅッ!」
受けも、回避も出来なかった。
急にやる気を出した!?
いや、終わらせられるなら、それで――
――構わない。そう俺が思った時、ハインリヒは鍔迫り合いを敢えてしてみせ、身体を密着させる。
一体、何を?
疑問に思う俺に、彼は周囲に漏れぬよう小さく呟いた。
「重心を落とせ、身体の芯がズレている」
「――」
「恵まれた体躯があるのなら、それを生かさない手は無いだろう。最初の体当たりはどうした? 手打ちの剣にいなされるなら、身体ごとぶつかれ! 持ち味を殺すな!!」
「……」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
意味が分かってからも、意味が分からない。
ハインリヒ=セイファートは、真剣な表情で、真剣な声色で、俺に対して改善策を提示しているのだ。
勝負をしている最中に、だぞ?
「――ふ、はは」
思わず笑ってしまった私を、誰が責められる?
その顔からは侮りや嘲りは微塵も見えない。
ただ――もっと来い。
もっとやれるだろう? やってこい、と。
言外に彼は――俺に対してそう言っているだけなのだ。
ガルシア=ディ=リアネス王子としてではない。
ただの一個のガルシアとして――彼は俺を見ていた。
「ハインリヒ、お前……ッ」
「ん?」
「いや――」
言いかけた言葉を、直前で止める。
代わりと言っては何だが――
「――全力でやろう」
俺の言葉に「おう!」と返すハインリヒ。
残る時間を全て注ぎ込み、俺達は剣舞を舞ったのだった。
むさ苦しくてすいません……。




