001 魔族・ターン~アストラッド、行動開始~
魔族領――ナイトホルン。その西部都市カンタレラへと、魔族の軍勢が行進を開始した。
その数、十万。
都市攻略を目的として放たれた尖兵であるのは理解できる。
しかし、問題は彼等の掲げる旗にあった。
「ディバイン・レイ――ッ!!」
軍勢の一部を、赤い閃光が焼いていく。
一瞬で、千はくだらない数の魔族が溶けていく。
力を行使したのは――【魔王】リィン=アークスである。
侵攻開始の報を受けた彼女は、すぐさまナイトホルン城を飛び出し、現地の兵の五千を伴い、防衛線を構築した。
空を舞い、固有魔術を唱え終わった彼女は、己が眼下に広がる軍勢を見据えながら、歯噛みする。
「こいつら、アストラッドの軍勢!?」
地理的に、隣接するジフトールの軍。
イシュラ=シュタムの軍勢ならば話は分かる。
何故――離れた場所のメメリアが、ナイトホルンを襲うのか?
「アストラッドの軍は、ジフトールの国境を越えて、ナイトホルンへとやって来たっていうの……?」
それはつまり、アストラッドとイシュラが同盟を組んだという意味では無いのか?
リィンがその事に思考を寄せた瞬間――
「――ッ!」
「躱されたか、流石は魔王殿……」
比喩ではなく、飛んできた斬撃を躱しながら、リィンは背の高い木の天辺へと立つ男へと目を向ける。
ボサボサとした黒髪は目元を隠し、擦り切れた麻色のマフラーは口元を覆う。ガシュウ真国の伝統衣服。着物へと身を通した男は、一見すれば人間の様であった。
風が吹き、隠れた目元が露わとなる。
額に開く――第三の目。
ぐちゃぐちゃに広がる魔坑線を見詰め、リィン=アークスは気を引き締める。
彼の手に握られるは、二本の刀剣。
腰に差したままのソレが、一瞬、ぶれる。
「!?」
迫りくる数十の銀閃を空中で回避しながら、リィンは男との間合いを取る。
――速い!
内心呟きながら、リィンは無詠唱、闇の第二魔法『ダーク・ニードル』を行使する。
漆黒の針が男へと飛び、その肉へと突き刺さる瞬間、彼はその魔術を切り払う。
「――魔法を、斬った……?」
驚きながら、リィンは、目の前の男を見詰める。
二刀を扱う三つ目の魔族……その風体には聞き覚えがあった。
「万魔八殲将――刃殲コクト―……」
「如何にも。そして貴公が新しき魔王リィン=アークスか……」
「!」
喋りながらも、木々を飛びながら斬撃を飛ばすコクト―。
当然、それに当たるリィンではない。
「……皮すら断てぬとは、聞きしに勝る実力。……これは、勝てぬかも知れぬなぁ……」
「――分かっているならッ!!」
叫び、リィンはコクトーに向けて突進する。
数十、数百の斬撃の幕を張りながら、それを阻止しようとするコクト―だが、リィンは悉くそれを掻い潜る。
「ぬうッ!?」
目を見開くコクト―。
「貰ったッ!」
叫ぶリィンは、爪を振り下ろす。
――鍔迫り合いなどはさせない。
――仮に刀で受け止めようとも、刀ごとその身を絶つ!
刃殲コクトーの身体を、切り裂く瞬間。
「神気――零閃」
「ッ!?」
十字傷が、リィンの身体へと付けられる。
痛みにより、減退した力で振るった爪の一撃は――それでもコクト―の胸元を裂き、彼を地面に叩き落とす程ではあったが――致命のものではなかった。
「よくもッ!!」
傷付けられた痛みから、リィンは怒りの声を上げ、落下したコクトーの姿を探す。
しかし、その姿は何処にもない。
――逃げられた?
呆気に取られながら、頭を掻き、戦闘する敵軍へと目を向ける。
「……あー、もうッ!!!」
怒りのまま、ディバイン・レイを数十発敵軍へと叩き込むリィン。
完全な八つ当たりである。
気が付けば、アストラッドの軍は全滅していた。
戦果の殆どは【魔王】リィン=アークスによるものだ。
「勝った気がしない……」
不貞腐れた様に呟くリィンへと、見知った翼持ちの魔族――天殲ケレスが慌てた様子で近付いてくる。
「魔王様ッ、大変です!! 東部都市のヌエが!!」
「――え?」
ナイトホルン領、東部都市ヌエがイシュラの軍勢によって陥落させられたのは、そのすぐ後の事であった。
◆
リィン=アークスとアストラッド軍が開戦した、その夜。
最果てのメメリア。
万魔殿の玉座にて、魔王アストラッドは静かにグラスを傾けた。
「シャクティ」
「ハッ」
呼ばれたのはシャクティ=アビスという女性である。
魔族領に置いて、ただ一人の人間。
ただ一人の魔王の副官。
長い金色の髪を後ろで一本に纏めた髪をした彼女は、己が主人が飲み干したグラスを受け取った。
「リィン=アークスは、強いな!」
にっこりと。
少年の様な笑みを浮かべながら、アストラッドはそう言った。
「相変わらず……強い方がお好きですね? 相手は新たなる魔王、アストラッド様の敵なのですよ?」
「うーん……まぁ、それは分かってるんだけどさ」
言いながら、アストラッドは柱の影へと目をやる。
「実際、戦ってみてどうだった? ――コクト―?」
「……」
「コクトー様……ッ」
いつの間に、という言葉をシャクティは飲み込んだ。
現れた万魔八殲将――刃殲コクトーは静かに頷き、玉座へと近寄る。
その姿がハッキリと視認できる位置にまで来ると、その足を止め、重々しい口をゆっくりと開いた。
「――滅茶苦茶、強い……」
彼の風体からは想像出来ぬ程の、頭の悪そうな回答を聞き、アストラッドは膝を打ちながら笑い転げる。
「お前、ボッコボコにやられてたもんなッ!」
「……正直、もう戦いたくありません。そんなレベルの相手です」
「刃殲がそこまで言うかッ!」
「はっはっは!」と笑うアストラッドだが、シャクティからして見れば、理解出来ない。
――喜ぶ報告ではないでしょう? 断じて!
彼女は内心思いつつも、平静を取り繕いながら、彼等のやり取りを見守った。
「十万の兵を全滅させるのに、魔王リィンが所要した時間は十分です。十分であの魔王は我が軍を壊滅させた」
「だが――その内の五分を稼いだのはお前だ」
「……」
「戦争は数だと誰かが言っていたが、魔王リィンはその道理の範疇にない存在という訳だ」
「面白い」と呟くアストラッドの背後で――数人の影が蠢いた。
「お前達も、そう思うだろう? なぁ――?」
呼び掛ける声に反応し、姿を現す者達。
万魔八殲将――
魔殲エイリアは、興味無さげに呟いた。
「強さの大小など、どうでも良い。ボクの読書を邪魔するなら、魔王だろうが容赦はしない……」
鎧殲ミクロは、無機質な声を発する。
「面白サ、無イ……興味アル。耐久テスト……新タナ魔王……何処マデ耐エル? 興味、深イ」
創殲ゲルマは、先の二人と違って、共感を示す。
「面白いですなぁ、アークスの新たな血。それも人間と交配したものがアレほどの力を持つとはッ! 是非解剖……いや、実験してみたいものですなぁ……クケッ! クケケッ!!」
個性的な三者の反応に、アストラッドは笑みながら――シャクティなどは引いていたが――最後の一人、玉座の間の入り口へと入ってきた者へと視線を向ける。
「お前はどう思う、ダーク?」
「……リィンの事か」
「お前とも、多少は関係のある相手だ。気になってはいないか?」
「どうでも良い。レノの馬鹿がしくじったのは、笑ったがな」
言って、暗く笑う少年。
アストラッド陣営、その幹部がこの場に勢揃いしているという事実に、シャクティは思わず唾を飲み込んだ。
刃殲コクト―=ザン。
魔殲エイリア=セメントリア。
鎧殲ミクロ=カッツォ。
創殲ゲルマ=ゲマ。
そして――虚殲ダーク=アークス。
八殲将の内、五殲将までも、アストラッド=メディスンは味方に付けていた。
イシュラ=シュタム?
リィン=アークス?
――この戦力で、何を恐れるのか?
「まぁ良いさ。先は長いんだ……ゆっくりと、楽しんでいこう?」
アストラッドの声に、思い思いの返事を返す彼等。
こうして、万魔殿の夜は更けていくのだった。
今日は17時頃にも投稿。
ハイン視点が早く来る様、加速していきます⊂((・x・))⊃




