033 追う者と追われる者
「ああああッ!!――あッ!?」
振り被った爪は空を切り、絶叫は困惑へと変わる。
肩で息をしながら――僕、ジェミナ=シンジケートは変わってしまった周囲の風景を見ながら、唖然とした。
「……何だ此処は? ハインリヒ!! 奴は何処へッ!?」
身体に負ったダメージは大きい。
腕を少し動かすだけでも、激痛が走る。
今現在の僕の身体を支えていたのは――怒りであった。
触れられた胸元を抑えながら、僕は歯噛みする。
女だと言ったのか……ッ!
この僕を、女だと……ッ!!
狼にすら成れぬ奇形の人狼と、蔑まれた。
男であり女でもあるこの身体を、幾度呪ったかは分からない。
「……ッ!!」
脳裏に蘇るは、汚され、尊厳を踏み躙られた――過去。
あれ以来、僕は自分自身を男だと思って生きてきた。
周囲の連中だって、一緒だ。
僕を女だと言う者なんて、誰一人存在しない。
存在しなかったのだ……今まではッ!
「ハインリヒ=セイファート……ッ!!」
僕を女と呼んだ。
僕の身体の秘密を知ったアイツだけは――絶対に許さない。
どんな魔法を使ったのかは知らないが、この場所には見覚えがあった。城塞都市郊外、南東に広がるハシュバル草原。
此処ならば、僕の足なら一日で元の場所へと戻れる。
「待っていろ、今すぐ――」
「何を、待つんだにゃ?」
「――ッ!?」
駆けだそうとした僕の背後から、胡散臭い語尾を付けた女の声が掛けられる。
ハシュバル草原。
そうか、此処はこいつ等の勢力圏でもあったな……。
「ニッキィ=ルー……」
忌々しく思いながら、僕は自身に声を掛けた亜人へと振り返る。
ニッキィ=ルー。
茶色い猫耳を頭に生やした、亜人の【猫】の女。
露出の多い部族装束に身を包み、凹凸の少ない身体を惜しげもなく披露する女は、一見すると年端もいかない少女の様である。
こいつが、亜人の中でも大部族である【猫】の族長だというのだから、驚きだ。
実際、戦闘力も大した事は無いだろうに……。
よほど周囲に媚びて来たのだろう。
正直、僕とは相容れないと思う。
「驚いたにゃ! いきなり現れたにゃ! どういう原理かにゃ?」
「……」
「なぁジェミにゃ」
「――ジェミナ、だッ」
「……細かい事は気にするにゃ。お前が此処にいるって事は、人間に負けたって事で良いのかにゃ?」
「誰がッ!? まだ僕は負けていないッ!!」
「そんなボロボロの姿で凄んでも、説得力無いにゃー」
「……ッ!」
「戦いは数だにゃ。幾ら人間が弱っちくても、アイツらは一杯にゃ。潰しても潰しても増えていく……数の少ないこっちはジリ貧にゃ。一部族の戦力で勝てる訳が無いんだにゃ」
……言われるまでもない。そんな事は、分かっている。
ポンペイへと攻めると決まった瞬間、僕は【狼】の敗北を確信した。
逃げるのにも、捨てるのにも躊躇は無かった。
なのに――
「ジェミにゃは分かっていたのに、何で態々戻ったのかにゃ~?」
「……」
「ウチの停戦交渉を聞いて、戦闘を止めたのもそう……ジェミにゃは強かったにゃ。たった一人でウチらを相手にして、こっちは殆どボロボロ。交渉に応じる必要なんて無かったにゃ?」
「……」
「何であんなに急いで、ポンペイへと戻ったんにゃ? 同族が嫌いと言っていたけど……矛盾するんじゃないかにゃ?」
「……黙れ」
「――結局のところ、君は中途半端ニャ。全てに置いて――」
言って、ニッキィは右手を挙げた。
瞬間――己の身体を、矢が貫いた。
「ぐ――ッ!?」
四方八方から降り注ぐ矢。
万全な状態であるなら躱せるソレも、今は対処が難しい。
両手両足に突き刺さった矢をそのままに、僕は駆け出す。
目の前の【猫】を、縊り殺す。
殺意を持って駆け出した足は――ニッキィから浮かぶ笑みを目撃し、進路を変更する。
「チッ――」
彼女を追い越すように跳躍し、そのまま草原を駆け抜ける僕。
ニッキィから一瞬感じた、死のヴィジョン。
ソレに舌打ちをしながら、僕は追い掛けてくる【猫】の兵士達を撒く様に走るのだった。
◆
「惜しかったにゃ~」
言いながら、ウチは己の背後に潜む戦士へと視線をやる。
「……」
フィリル=シェラザード。
長身痩躯の黒猫は、普段通りの陰気な空気を醸しつつ、行っていた隠形を解除した。
一体全体、この身体で……どうやって隠れてんだにゃ?
自身の身長と倍する高さを持つ彼女を見上げながら、首を捻る。
まぁ、毎度の事だから別に良いけどにゃ!
「……行かせて……良かったの……?」
「部族のみんにゃには追撃を任せてるし、まぁ大丈夫にゃ!」
ジェミナ=シンジケート。
あの怪我であれだけ動けるとは……恐るべし戦闘能力だにゃ。
ポンペイに攻め込んだ【狼】共は、どう考えても終わりだにゃ。期せずして、これで殆どの亜人統一は果たされた。
見逃してやっても良いのかも知れないにゃけど――
「憂いは取り除くのが一番にゃ!」
「……じゃあ、追うね……?」
「任せたにゃ!!」
徹底的な追撃をしよう。
バイバイにゃ、ジェミにゃ。
次生まれてくる時は――【猫】だと良いにゃ!
音もなく、フッと、目の前から消えるフィリル。
相変わらず幽霊みたいにゃ女にゃ。
けど、その強さは一品。
今のジェミにゃでは、逆立ちしても勝てないにゃ。
「それにしても――にゃ」
城塞都市ポンペイ。
思った以上の魔境だったみたいにゃ。
王国騎士団が参戦したという話は無いから、都市の自警団が独力で解決したという事なんにゃが……それには違和感があるにゃ。
何より――遠目で見えた、あの竜巻。
ジェミにゃは「ハインリヒ」とか叫んでいたにゃー。
「天災でも、いるのかにゃー?」
「怖い怖い」と呟きながら、ウチは笑みを浮かべる。
周辺最大の部族は【猫】に決まったにゃ。
人間なんて、どうでも良い。
これでもう、おっかない事も終わりだにゃ。
「後は精々、勝手に戦い続けてくれだにゃ――人間共」
これにて第二章は終了しました!
続きは幕間。各勢力の視点から数話続き、三章へと続いていく形です。
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