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ハインソード・サーガ  作者: 威風
第2章 ~傭兵団結成!城塞都市の攻防編~
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028 その日、世界は色を変えた


――闇の中に、ずっといたんだ。



男たちの荒い息遣いが、室内へと木霊する。

揺さぶられる身体。

飛び散る汗は汚く――不快だった。


闇の中に蠢く獣達は――僕にとっては蟲と同じいきものだった。


己の身体を這い回り、体液を吐き出す、嫌悪すべしもの。


だがそんなもの――もう、どうでも良かった。


泣き叫んだって、誰も助けてはくれない。


これが僕の日常だ。


所詮この世は弱肉強食。弱ければ、食われる。


捕食される。



だから、その日も僕は――諦観する。


擦り減っていく精神。早く――今すぐにでも消えて無くなりますようにと。

願う事はそれだけだった。



『――誰にも言うなよ?』



去っていく蟲達が、僕に残した言葉だ。


……言える訳、ないだろう。


ふと湧いた反抗心は、男達の強い視線に簡単に揺らぎ、


「――はい」


と。気持ちの悪いにやけ面を浮かべて、聞き慣れた媚びた声が僕の喉から発せられた。







男達が消えた後、僕は自身の身体を洗いに川辺へとやってきていた。

長い時間を掛けて洗っていたと思う。


ばしゃり、ばしゃり。


水で丹念に身体を洗っていく。


力強く擦る為、肌は赤く腫れていく。

でも、仕方がないだろう?

汚れが取れないのだから。――全然、全く。


水面に映る自身の顔は――まるで死人の様に生気が無い。


……いっそ、此処で死んでしまった方が良いのかも……。


僕がそう思考した時だった。



「ホ。――珍しい。白い毛のウルフディアンとは……」


「――ッ!?」



突然の背後からの声。

何者だと思う前に、僕は自身の肉体を腕で隠す。


咄嗟の事とは言え、未だ自分に羞恥心というものがあった事に、内心驚いていたりした。


「面白い、サンプルになるやもなぁ……クケッ!クケッ!」

「……」


声の主は、老いた魔族のものであった。


詳しい所は良く分からないが、不健康そうな緑色の肌に、目元へ浮いた魔抗線がそれを確信させる。


皺で歪んだ禿頭。罅割れた四角い眼鏡。口元から生やされた白い髭。短い手足など、とても濃い外見をしている。


一見して不審者ではあるが、その身に着けた黒いスーツは、見覚えがあった。



部落を出入りする――武器商人。

彼等の出で立ちと、老人の格好は似ていた。


……しかし、魔族の商人? 人間なら良く来るけれど……。


種族間で繰り返される戦争。それに終わりはない。

今は僕達【狼】と【虎】が争っていた。


人間達――商人達はそんな僕らに目を付け、武器を売り捌く。


正直、鬱陶しい連中だ。


だが、彼等の武器を買わなければ、同じく武器を買った【虎】へは対抗出来ないだろう。


無視する事は出来ない。


堂々巡りの地獄の誕生だ。


……尤も、貧弱な僕は戦争のお荷物。同年代の族長の息子が戦場に立っているというのに、僕は未だ初陣すら果たしていない。



いや、今はそんなこと――どうでも良いか――



「のうのう! 美しい狼よ!お前さん、儂の見る目が間違って無けりゃぁさ……お前、死にたがっていただろう?」


「――ッ」


図星を付かれたのが、顔に出たのだろう。

途端に、汚い声で笑い声をあげる老人。


……不愉快だ。

……何なんだ、この魔族は。


「良いなぁ、良いなあ! ――唆る! 大方同族にでも虐められたのだろう!? どんな泣き声を叫んだ!? なぁなぁ、儂にも教えておくれよ!? クケッ! クケケッ!!」


「……ふッ、ふざけるなッ!!」


老人のその、あまりの下卑た言い様に――僕はキレた。

川から上がり、一糸纏わぬ姿のまま老人の首を掴み、押し倒す。


押し倒してみて――分かった。


この魔族――恐ろしく弱い。


それは、老人なのだから、そうなのだろうと言われるかも知れないが――違うのだ。魔族とは本来、歳を重ねただけ強くなる種族なのだ。身体の構造上。マナの貯蔵の関係上、そうなっている。


だと言うのに、この老人は貧弱な僕でもその身体を押し込められた。


初めての感覚だ。

この時僕は、不思議な昂揚感を抱いていた。


それは、誰かを支配する喜び。


あいつらが――僕に対して抱いていた感情。



「――ぐッ!」



そう考えた瞬間、僕の腕は力を無くした。

酷い、嫌悪感に襲われたからだ。


老人は、そんな僕を見上げながら――



「――何故、止める?」



心底信じられないと言った表情で、僕に問いかけた。


「何故って、そんなの……」


言って、僕は言葉が続かない。

自分でも自分の感情が分からなかったからだ。



「ふむ? 力の解放、その快感に恐れを抱いているのか……?」

「……?」

「……良いだろう。これも研究の一つだ」


言いながら老人は、己の懐から小さな小瓶を取り出した。

小瓶の中には、紫色の液体が入っている。


それを僕に手渡しながら、老人は言った。



「白き狼よ。美しき君に力を与えよう――欲するままに奪い、求めるままに破壊せよ……さすれば世界は、色を変える」


「……力を?」


手に持った小瓶に視線を落とし、呟く。


「!」


気が付けば、老人の姿は何処にもなかった。


取り残された僕が、小瓶の中身を飲み干す決心をするのに、大した時間は掛からなかった。



老人の正体が、悪名高き万魔八殲将――創殲ゲルマだと知るのは、それから少し経っての事だった。






求むるままに……。


欲するままに……。



「――あぁ……」



燃え盛る部落の光景を目にしながら、僕は恍惚とする。



――世界は変わったのだ。



簡単に、劇的に。


もう、僕を害せるものなんて何もない。


倒れた近くの亡骸へと視線をやりながら、僕は笑う。



蟲に――炎はお似合いだ。



自身を汚した汚物へと侮蔑の表情を浮かべながら、しかし、巻き添えにしてしまった妻の方には悪い事をしたと僕は思う。


尤も――この女がちゃんした甲斐性を見せていれば、僕が汚される事もなかったのかも知れない。そう思うと、やっぱり殺して正解だったのかもなぁ……。


口元を歪めながら、そんな事をつらつらと考えていた時、



「――そんなッ、そんなッ!!?」



幼馴染の少年が、顔を歪めながら、此方へと駆けてくる。


正確には――亡骸となった両親の元へ、だけど。



「親父ッ!? お袋ッ!? う、うぁあああ――ッ!!」


「……」



悲しみに暮れ、涙を流す少年。

思わず溜息が出そうな、定番の反応だ。つまらない……。


……どうせもう、此処には用はない。

……早々に退散して、部落を去ろう。


――僕が、そう思っていた時だ。



「……奴等が、やったのか?」

「……え?」

「俺の両親を【虎】の、奴等が――ッ!!!」

「――」


幼馴染の少年――ファング=コードレスは激怒していた。

沸々と湧き上がる怒り。――負の感情。


初めて見せる少年のその姿に――僕は、激しい共感を覚えた。


そうか……そうか。そうか!そうか!!


君も僕と一緒かッ!!


いや、まだ早い。

結論を出すには、もう少し様子を見なければ!


内心で歓喜に打ち震えながら、僕は彼へと返答する。



「そうだよ、ファング。君の両親は――無残に殺された」



情けなく、命乞いをしていた。



「丸腰の相手を甚振る様に、連中は執拗に攻撃を仕掛けたんだ」



謝罪の声も、上げていたとも。



「君のお母さんは、途中でそれに気付き、止めに入った」



夫の所業を暴露した時、その表情は傑作だったなぁ。



「けれど――御覧の有様だ」



「……ッ!!」



ファングは黙って僕の言葉を聞いていた。

歯を強く噛み締め、固く握った拳からは血が滴っていた。



「すまない。――僕は、怖くて動けなかった……」



凶行を――振り上げた手を、止める事などしなかった。



「……ファング」

「あぁ」



「――絶対に、こんな事をする奴を……許しちゃ駄目だよ?」



「――」



少年は、強く頷いた。



彼が戦場に立ち、指揮をし【虎】の部族を滅ぼしたのは、そのすぐ後の事だった。






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