024 これが、最後の一押し
テレサ=エンフィールとファング=コードレスの戦いは、以前の夜の焼き直しの様相を見せていた。
「あのシスターも、アタシより強い……だが……ッ」
己が獲物を杖代わりにし、その場に座り込みながら、繰り広げられる戦闘を目で追うルーシー。
ファングの黒炎が、テレサの剣を吹き飛ばす。
「――ッ」
幾度となく攻撃のチャンスを掴んでいるにも関わらず、テレサの剣はあの炎に遮られ、ファングへと一撃も与える事が出来ていない。
相性が悪いのだろう。
自身を中心とした範囲型の技を持つファングに対し、テレサの獲物はその重量が軽すぎる。
よって――
「くッ!」
「ははは!どうした!? あの夜の――俺に手傷を負わせた技は見せねぇのかよッ!?」
反撃として振るわれた爪の一撃を、テレサは肩に受けてしまう。
その場所は――以前ファングが傷を付けた場所と一緒であった。
当然――偶然のものではない。
「出せよ、いい加減」
「――ッ」
――全力を。
彼はシスターに向けて、言外にそう言った。
テレサ=エンフィールがその実力を隠しているのは、以前の戦いから明白であった。
それが何なのか分からないが――しかし、ファングは癪であった。
己の実力を最大限発揮せぬまま、己と渡り合おうとしているのだ。
――舐められている。と、彼が感じても仕方がないだろう。
「く……ッ!」
テレサは一瞬、周囲へと視線を向け、歯噛みする。
彼女の予想を超え、目の前の人狼は強かった。
苦戦はするだろうと考えていた。
だが――負けるとまでは思っていなかったというのが本音である。
――慢心……ですね……。
無論、自身が全力を出せば――話は変わるだろう。
冷静に己と青年の戦力を見比べて……それでもテレサは、自身の勝利を疑わない。
ただ――全力を出せれば。だが――
「行きます……」
ソード・ウィップを手元に戻し、連結させ、長剣へと変形させる。
剣を横に。刀身に指を添えた構えを見せるテレサ。
その様を見たファング=コードレスは、息を吸い――
「――がっかりだぜ」
――そう、吐き捨てた。
◆
「はぁ……ッ! はぁ……ッ! はぁッ!!」
スネップ=アノンドロワは走っていた。
護衛のメイド。
ルーシー=スカイバーンに言われ、彼は館の裏口から外へと出て、続く路地を駆け出していた。
目的地は、分からない。
決めていなかった。
ただ――自分が領主の息子だと。
誰もが分からない場所へ行きたかった。
「壊せ!壊せ!」
「ポンペイはお終いだッ!!」
「亜人を解放せよ!! 自由を取り戻せッ!!」
「壊せ!!壊せ!!――壊せ!!!」
「ひぃ――ッ」
目を瞑り、耳を抑えながら、しゃがみ込むスネップ。
大通りの方から大量の亜人達が押し寄せるのを見て、彼は思わずその態勢を取った。
……まるで、呪いだ。
彼等の言葉――その全てがこの街の領主。及び、自分に向けられている様に感じてしまう。
いや、実際そうなのだろう。
ポンペイで最も大きな資産家はアノンドロワ家である。
父デネッブが音頭を取って、街の商人や貴族と結託し、亜人達の戦争に介入したのが、事件の原因だ。
――恨まれるのも、当然である。
「母さん……怖いよ、母さん……」
アノンドロワは終わりだ。
父さんは殺されても仕方が無い事をしている。
僕もきっと――同罪だ。
路地の中央にしゃがみながら、頭を抱え、嗚咽を漏らす。
何でこんな事に……夢なら覚めて欲しい……ッ!
そんな事を考えていた時。
ふいに――後ろから、背中を押された。
「――ッ!?」
地面へと、無様に転がるスネップ。
『はははッ!』
大通りの方から――誰かの笑い声が聞こえたが、それもすぐに何処かへ行ってしまう。
「う、つつ……ッ」
一体何だ? 誰かの悪戯……?
眉を顰めながら、擦り傷を負った肘を手で押さえ、立ち上がる。
するとそこには――
「……ベリー?」
――倒れ伏す、亜人の少女の姿があった。
「……いや……ちょっと、待ってよ……」
意味が分からない。
意味が分からなさ過ぎて、口元が思わず歪んでしまう。
奴隷の少女――ベリーの腹部には、一本の矢が刺さっていた。
小柄な身体だと、矢も大きく見えるんだなぁと。
スネップは他人事の様に感じていた。
現実感が、なかったからだ。
燃える街と【狼】に命を狙われる現状。
亜人の少女に庇われ、助けられたという現実。
それに――頭が追い付かなかった。
「ごほッ!……ごほッ!」
「!?」
咳き込み、血を吐き出す少女。
そこでようやくスネップは動き出し、彼女の元へと近寄った。
「……スネップ、無事……?」
「――」
気遣い、スネップを心配する様な表情を見せる少女。
彼女のその様子に――スネップは、キレた。
「……ぶ、無事って――何がだよぉッ!!」
それは、激しい怒りだった。
「――何なんだよ、その姿はッ!? 何で僕なんて庇ったッ!?」
胸を鷲掴みにされる様な、怒りだった。
「お前ら亜人にとっちゃ、アノンドロワは敵だろうがッ!? 憎めよッ!! 命を掛けて、何で助けるッ!!?」
「……」
「お前らは……お前はァ……ッ」
息を切らしながら、ベリーを見詰めるスネップ。
薄く、微笑んだ表情を見せる少女。
傷が痛むのだろう、頭から水を被ったかの様な汗を掻きながら、荒くなった呼吸を整えて、彼女はスネップへと声を出す。
「優しく、してくれたから――」
「――は?」
「……スネップ、ケーキ、くれた。……美味し、かった……ッ」
「――」
にこりと微笑み、ベリーはそんな事を言う。
――ケーキ?
――僕が、靴で踏みにじった、アレの事か?
――あんなもの、もはや食べ物ですらない。
――それなのに。
「うう!! うううううう――ッ!!!?」
両手で頭を押さえ、髪を無茶苦茶に掻き毟る。
理解できない!理解できない!理解できない!理解できない!!
「やめろよぉ……そう言うのさぁ……ッ」
「……」
少女はもう、何も答えなかった。
答える気力すら、もう無いのだ。
「釣り合いが取れないッ!! 命を代価にするなッ!! そんなもの貰っても、僕は全く嬉しくないッ!! 」
礼には礼を。
働きには、働きを。
それがアノンドロワの家訓。
いや――僕のポリシーだ。
だがこれは――明らかにやり過ぎだ。
「返せないだろう……ッ! こんなもの……ッ」
涙を流し、鼻水を流し、スネップは少女の身体を抱きしめた。
べったりと、流れる血がスネップの衣服を汚していく。
そうして――暫くして。
「――僕が、間違ってたよ……」
誰に聞かせる訳でもなく、スネップは呟いた。
――貴族なんて、クソくらえだ。
「ベリー……」
「……」
僅かに残る少女の体温を感じながら、スネップは少女を抱きかかえ、歩き出す。
スネップ=アノンドロワは、こうして道を引き返したのだった。




