022 哀願のプレア=トリィ
「あらら、外はすんごい事になってるねー……」
プレア=トリィは、教会の窓から外を覗き込みながら呟いた。
火の手の上がる繁華街。誰かの怒号と、誰かの足音。
一瞬の内に、街の様子は変わってしまっていた。
何処からともなく現れた【狼】が、街の至る所を破壊していく。
逃げ惑う人々の様子を窺いながら――プレア=トリィは、室内の子供達に目を向けた。
「怖いよぉ、お姉ちゃん……ッ」
「この声なにぃ?」
「誰かが怒った声出してる!」
「……怖い」
「――大丈夫。大丈夫だよ」
「……」
怯える子供達を抱きしめ、茶色い癖っ毛の少女は宥めていく。
キッチェ=ルヴィ。
外の【狼】達の所為でケーキ屋がお休みになった彼女は、この教会へと避難していた。
馴染みの店がどうなったのか、心配もあるだろう。
幼馴染のハインリヒは王都へと向かったまま、未だ戻っていない。
――心細さもあるだろうに……健気な。
「こんな時、シスターは何処行ってんだか……」
プレアは思わず愚痴を零す。
子供達に最も安心感を与えられるのは、やはり彼女なのだ。
テレサ=エンフィール。
孤児院を切り盛りする修道女にして、子供達の親代わり。
平穏の象徴である彼女はしかし、何処かへと飛び出してしまった。
『――プレア=トリィ……暫く此処を頼みます』
『え!?』
問い返す時間すらなかった。
急に何かへ勘付いたかの様に、彼女は教会を出て行ったのだ。
……本当、キッチェちゃんがいなければ、どうなってた事やら。
「……ん?」
手持ち無沙汰から外を覗き込んでいたプレアは、ガラの悪そうな亜人達が教会へと近付いてくる様子に気が付いた。
「うそぉ……」
ひくりと、頬が痙攣する。
「?」
キッチェや子供達は、外の様子には気が付いていない様だ。
「……待って待って、待ってよもうッ!」
暫しの躊躇の後、彼は大きく溜息を吐くと、ボサボサの灰色頭を掻きながら、教会の玄関へと歩を向ける。
疑問を感じる視線を背に浴びながら――呼び鈴なんて鳴らす訳ないよな。と、内心零しながら、向かう足を速める。
――結果。
「あぁ、遅かったッ!?」
ベギリ、と。木製の玄関扉が音を立て、目の前で破壊される。
頭を両手で抑えて絶叫するプレアに向けて、にたにたとした笑みを浮かべ、泥の付いた靴のまま亜人達は教会へと押し入っていく。
――視界の隅で、子供達が小さく悲鳴を上げたのが分かった。
「れ、礼拝ですかぁ?……光ものはちょっとぉ……」
「へッ!」
「――うひぃッ!?」
手に持った剣を、プレアの鼻先へと向ける亜人。
情けない声を上げたプレアに侮蔑の視線を送りながら、奥にいたリーダー格の【狼】が声を出す。
「四女神教か……生命の平等を謳い文句にした宗教だったよな?」
「は、はい!まぁ……」
「おかしかねぇか?」
「えーと……何が、でしょうか?」
「なぁんでそんなもんが、この――ポンペイにあるんだよ?」
「……」
「お前達は平等を謳いながら、隣で売られる亜人奴隷を見て、何とも思わなかったのかぁ?」
「そ、それは――」
「おかしいだろうッ!? ――なぁッ!!」
「!」
近くにあった長椅子へと剣を振り下ろし、激昂する【狼】の亜人。
それに同調する様に、周囲の手下も次々と教会を破壊していく。
割れるステンドグラス。
切り裂かれる壁紙。
破壊される――女神の像。
「ん!? おい、亜人のガキがいるぞッ!?」
「何ッ!? 売られてった仲間か!?」
子供達の姿を発見し、思わず破壊行動を中断しながら、彼等へと近付いていく亜人達。
「ひッ!」
「……ッ」
悲鳴を上げる子供達。
彼等を庇いながら、目の前の亜人を気丈に見詰めるキッチェ。
「――違う、皆【猫】のガキだ」
声のトーンを落としながら、リーダー格の亜人が言う。
それを知った手下は――
「そうか、こいつらも売られてたのか!」
「良い気味だぜ!【猫】の連中は俺達の仲間を何人も殺した!」
「それが今や、人間共のペットか」
「他の部族に媚びるしか能のない連中だ。お似合いだなッ!」
――思い思いに、子供達へと汚い言葉を投げかける。
「……どうします、隊長?」
にたりと笑みを浮かべ、近くの亜人がリーダー格の亜人へ問う。
「殺すしかねぇだろう。ガキとは言え【猫】だ。生かす理由がねぇ」
「――ッ!」
思わず、息を呑むキッチェ。
子供達の中には、恐ろしさに涙を流す子だっていた。
「――ちょっぉっと待って下さいよぉッ!!!」
剣呑な雰囲気を醸し出す亜人達の前へと、――神父見習い、プレア=トリィは飛び出した。
「……おめぇが先か?」
「――ッ」
「プレアさん!?」
ひたひたと。頬を剣の刀身で叩かれるプレア。その様子にキッチェは悲痛な叫びを上げた。
「だ、大丈~夫。大丈夫だから、心配しないで、キッチェちゃん」
「……ほう?」
手を震わせ、足をガタガタと揺らし、汗を掻きながら言うプレア。
どう見ても痩せ我慢であったが、目の前の亜人は気に入らない。
長身ではあるが、頼りなく細身なプレアを、戦場で鍛えた肉体を誇る亜人達が囲んでいく。
「もう一度言ってみな? 何がダイジョブなんだよ?」
「――」
威圧する様に、プレアの胸元を軽く叩きながら言う亜人。
心配するキッチェをよそに、プレアの眼鏡がきらり、光を見せる。
「これで勘弁してくださーいッ!!!」
叫び、プレアは両手を地面へと揃え、床に額を擦り付けた。
――その姿。紛れもない――土下座であった。
一同、唖然とする周囲。
「お願いします! お願いします! 靴でも何でも舐めますので、どうかどうか気を静めて下さい矛を収めて下さいお願いします!踏みたいのであればこのプレア=トリィの後頭部をば!踏みやすくしておりますのでおみ足をお載せください!! さぁさぁ――さぁ!!」
「――」
その、あまりの剣幕に亜人達はもとより、キッチェや子供達ですらドン引きさせるプレア。
それとは知らずにヒートアップする彼に縋りつかられ――
「気色悪いんだよ、変態がッ!!」
「あぁッ!」
――思わず、殴り付けてしまう【狼】のリーダー。
倒れて転がる神父に目を向けず、子供の方へと【狼】は歩く。
「――駄目ッ!」
「――邪魔だぁッ!!」
亜人を子供達に近付けさせまいと前に出るキッチェであったが、亜人はそれに構わず彼女を乱暴に突き飛ばした。
「いやいや、駄目ですって、駄目駄目駄目」
「――」
子供に手を伸ばそうとした瞬間、いつの間にか立ち上がっていたプレアに、亜人はその手を掴まれる。
「――どうか、お願いします。――怒りを、静めて」
「くどいッ!!」
頬に思いきり亜人の裏拳を食らい、3メイル程吹き飛び、壁に激突するプレア。
「お姉ちゃ――んんッ!?」
「……」
突き飛ばされたキッチェへと駆け寄ろうとした亜人の少女――シュチャ=パルマの首元を掴み、己の方へと引き寄せる亜人。
「【猫】は殺す。子供だろうと何だろうと関係ねぇ、お前達は――」
感情的に言って、シュチャの首を絞める【狼】の亜人。
「だからぁ――駄目ですってばぁ……」
「――ッ!?」
背中を掴まれ、驚愕した表情で立ち上がってきたプレアへと顔を向ける亜人。
殴られ、吹き飛ばされ、それでもお構いなしに立ち上がる神父。
――いつ近付いてきたんだ、コイツ?
そんな疑問を頭に浮かべながら、得体の知れない気味の悪さを払拭するため、再度彼は神父を殴った。
顔を殴り、鼻血を出させ。
腹を殴り、苦悶の声を上げさせる。
だが――
「――あはぁ……」
神父は意に返さない。
どころか、恍惚した様な表情を浮かべる始末。
おかしい。
おかしいおかしい。
何だ――この人間。
「痛いなぁ、痛い……こんなにも――しているのにぃ」
「駄目なんですかぁ?」と、神父は呟いた。
その様子のおかしさに、静観していた周囲の手下達ですら、どよめきを発してしまう。
攻撃がまるで効いていない。
届いていないんじゃないかと言った、焦燥感。
リーダー格の【狼】が非力な訳ではない。亜人と人間とでは身体的に大きな隔たりがある。人間の成人男性など、撫でる様な一撃で彼は首の骨を折る事が出来る。
だと言うのに――ついに彼は、目の前の細身の神父へと、その剣を向けるに至っていた。
「……あぁ」
「……ッ……ッ!」
無手の人間。
それも明らかな格下相手に、剣を向ける亜人。
本来であれば追い詰められるのは神父の方である筈なのに、彼のその表情からは、それが逆である事は明白であった。
「――駄目なんですね?」
「――ッ!」
無機質な神父の声が【狼】の心臓に寒気を起こさせた。
「こんなにも――哀願しているというのに……」
ズレた眼鏡を指で直しながら、プレア=トリィはそう告げる。
それはまるで――彼等への最後通告の様で――
「あーあー何だこれ? ……ゴキゲンなパーティーでもしたか?」
暗澹とした空気が一人の乱入者の声で、風向きが変わる。
教会の玄関より、ゆっくりと歩いてくる影。
「随分と汚しちゃってまぁ……最近片付けたばっかなんだが?」
「――あッ!」
最初に声を上げたのは、キッチェ=ルヴィ。
目尻に涙を浮かべながら、喜んだ表情を彼女は浮かべる。
「――あぁッ!」
次に声を上げたのは、シュチャ=パルマだ。
最初は怖がったが、今では彼にも随分と懐くようになっていた。
自身を奴隷から解放してくれた少年の帰還に、歓喜の声を上げる。
「――ああぁッ!?」
最後に声を上げたのは、襲撃者である【狼】の亜人達だ。
自警団でも現れたと思った彼等は、振り返ると見知らぬ白銀のガキがいたので、その場違いな少年にガンを飛ばす。
「よぉ。――ただいま」
二本の指を立て、横に流すジェスチャーをして、軽く笑う。
白銀の髪の、ハインリヒ=セイファート。
神童――此処に帰還する。




