003 レシィ=クリムゾンという少女
ザンス=クリムゾンは王国の中でも優秀な騎士であった。
催された剣術大会では常勝不敗。
敵国への侵攻に対しては獅子奮迅の活躍を見せ、幾度も勲章を授与されている。
そんな彼の経歴の中で、最も輝かしいものは――火竜・サラマンドラの討伐だろう。
王国領土最大の鉱山採掘地であるマグナ山脈は、百年よりも前から一匹の火竜に占領されていた。以来、王国ではこの火竜の討伐をこそ、代々の目標として掲げていたのだ。
カレル暦180年。
もう何度目かも分からない火竜討伐隊が編成される。
指揮を執るのは既にこの時には王国筆頭と称される、ザンスである。
編成されたのは一万もの兵。
倒せなくても良い。
火竜の寝床であるマグナ山脈には金銀財宝が所狭しと眠っている。帝国との確執がある中、王国が一万もの兵を派兵したのは、そんな思惑もあった。
入口手前で宝を回収し、戻って来い――と。
一万の兵は装備事態は充実はしているが、運搬兵として指揮せよ――と。
決して――決して、死なせるな――と。
……そんな命令が出ていたのかは知らないが。
……彼等は運が悪かった。
マグナ山脈。
その入口手前で、件の火竜と遭遇してしまったのだ。
ザンス=クリムゾンは撤退が不可能だと考えると、火竜への徹底抗戦を開始した。
皆、死に物狂いで戦ったのだろう。
ザンスの剣により、サラマンドラは息の根を止めた。
生き残ったのは彼だけだった。
残りの兵は皆、戦死した。
ザンスが生き残ったのは、国王から討伐任務の際に贈られた、耐熱術式を盛り込んだフルプレートの鎧によるものだと言われている。
ザンスは竜殺しの英雄として称えられた。
本人がそれをどう思っているのか、伺い知る事は出来ない。確かなのは、その一件以来、ザンスは竜殺しの鎧を身に着けていないという事だろう。
カレル暦190年。
王国騎士団、団長へと就任した彼は、愛する妻との間に一人の娘を授かる事となる。
名を――レシィ=クリムゾン。
金髪色白の風体をした夫婦の間に生まれた――褐色赤毛の胎児。
我が子を愛おしく抱く妻の姿に、彼は何も言えなかった。
我が子の風貌に、討伐した火竜の面影を見た事を。
眠る我が子が、鋭い眼光で己を見た様な気がした事を。
時は流れ――カレル暦197年。
レシィ=クリムゾンが七つの頃。
ザンスは内心の恐れを隠し、良い家族を演じていた。
レシィも誰に似たのか、口こそは悪いが――問題ない。
ごく一般的な少女であったと思う。
事件はザンスが王国へと召致された時に起こった。
国王の末姫。アルマナ=ディ=リアネス姫の七歳の誕生日を祝う為、彼は家族と共に初めて王宮へと馳せ参じる事となった。
同い年という事で、レシィに興味を持った姫が、娘を連れてくるようザンスへと頼んだのだ。
妻ならばまだしも、娘を王宮へと入れる事に些か抵抗をがあったザンスだが、姫様たっての願いならば、断ることも出来ない。
一抹の不安を覚えながらも彼はレシィを王宮へと連れて行くのだった。
そうして――彼の不安は的中する。
レシィの姿が何処にも無いと、騒ぎになったのだ。
頭を痛めながらも、活発な娘の事だ。勝手に王宮を散策しているのだろうと当たりをつけるザンス。それは事実なのだが、結果は想像の斜め上を行ってしまう。
リアネス王城の地下には聖堂がある。
聖王国とも呼ばれるリアネスは教会との関係も深く、その地下に神を祀る聖堂があるというのは、然程意外な事でも無いのだ。
問題は――それが神であればの話だ。
聖王竜・ポロキス。
リアネス建国以前よりも存在する超竜が一柱。
その圧倒的存在が、其処には封印されていた。
何故? どうやって――?
その疑問には未だ答えは出ていないが、聖王竜より溢れ出るマナの奔流。これを神の奇跡と詐称して王国が現在まで栄えていたのは事実であろう。
王国にとって、聖王竜は恐るべし者と同時に、神として敬う者でもあるのだろう。
この事実を知るのは王国でも上層部の一握り――。
――ザンス=クリムゾンは、知っていた。
竜殺しを成してから数年。
騎士団長を務めて数年――経ってからの事ではあったが、知っていた。
龍族種に対して忌避感を持つ彼にしてみれば、聞きたくなかった事実である。
見つからないレシィ。
……火竜・サラマンドラ。
まさかな、と。その時のザンスは思っていた。
幾ら何でも無いだろうと。
地下聖堂に足を向けながら、笑っていた。
――それでも、胸の奥の嫌な予感は隠せない。
かくして、ザンス=クリムゾンは地下聖堂へと辿り着いた。
そこで見たのは――バラバラにされた聖王竜の亡骸を食す、我が子の姿であった。
妻が着せたドレスを無残にも破き、露出した褐色の肌に鮮血を浴び、堕ちた竜の首を椅子にグチャグチャとチキンでも食す様に肉を咀嚼する我が娘。
そんな光景を目の前で見せられて――ようやくザンスは気が付いた。
『そうか――これは私への呪いなんだな』――と。