021 ルーシー VS ファング~狼とメイドはワルツを踊る~
自動回転刃。名は――ディーパー・エッジ。
傭兵時代の……切り裂きルーシーの代名詞でもある獲物。
柄から飛び出たヒモを引くと、ソレは起動する。パッと見は何の変哲もない大剣の様な形をしたソレは、よく見ると横にスリットが空いており、数十本の細かな刃が取り付けられている。
自動で、高速に回転していく刃。
この獲物に――鍔迫り合いという概念は無い。
「……おっと」
危険を察した目の前の青年が――ルーシーから距離を取る。
未だ余裕を見せた、その様子。
――どうにも、癪に触るな……。
「アンタ、ファング=コードレスだろう? 【狼】の族長……」
「如何にもだが、何処かで会ったかよ?」
「傭兵時代、戦場で話だけなら良く聞いたぜ?」
「人間に知られても、嬉しくも何ともねぇな……むしろ不快だ」
吐き捨てる様にそう言うファング。
「――目的は?」
「奴隷の解放。及び、舐めた真似をした奴らの抹殺」
「それは……随分と穏やかじゃねぇな?」
「……フッ」
軽く笑いながら――ファングはルーシーの背後へと出現した。
「――ッ!?」
超高速の一足飛び。それに気付くと同時、背後へと回転刃を振るうルーシー。
だが――遅い。
「ぐぅ――ッ」
飛んでくる刃をしゃがんで躱しながら、勢いをそのままにルーシーの横腹へとファングのつま先が突き刺さる。
吹き飛ぶ彼女を捕まえたのは――迸る黒炎であった。
「ぐ!? つぁァア――ッ!!」
絡み付く炎が、ルーシーの身体を焼いていく。
ジュウッ、と。言った音と共に昇る煙。
黒煙はやがて質量を持ち、その輪郭を露わにしていく。
「ハッ、穏やかじゃねぇだと? 当然。俺達はキレてんだぜ!?」
黒銀人狼――ファング=コードレス。
人狼としての姿を露わにしながら、彼は掴んだルーシーをそのまま地面に叩き付ける。
「――ッ!」
激突の瞬間。持っていたディーパー・エッジを自身の後頭部へと滑り込ませ、ガードするルーシー。
反動で浮いた体は、腰を回転。純白のガーターベルトを晒しながら、ファングの腕を蹴り、胸を蹴り、後転しながら間合いを取る。
そうしてそのまま、その場でしゃがんだ姿勢で、ルーシー=スカイバーンはディーパー・エッジを数度振る。
すると――
「――へぇ? やるじゃねぇか」
風が吹いたと同時。
残像を残しながら彼女の背後へと現れたファングが、感心した様に軽く口笛を吹いた。
その頬には、一筋の血が滴っている。
「くッ!」
着ていたメイド服が破け、至る所に鋭い切り傷を負うルーシー。
赤く染まった肩を抑えながら、乱れた黒髪をそのままに、ファング=コードレスへと鋭い視線を向ける。
――とてもじゃないが、相打ちとは言えねぇ……。
【虎】との抗争で【狼】は先代の族長を失くしている。
新たに族長へと就任したのは、僅か15才の一人息子だ。
これで【狼】は弱体化するだろう。
関係ある奴は身の振り方を考えろと、傭兵時代に聞いていた。
その一週間後。
件の【虎】が負けたと聞いたから、この話は強く印象に残っている。
ウルフディアンの英雄――ファング=コードレス。
今は二十歳くらいか?
その強さ、歳月を経て更に磨きが掛かっている様に思える。
――アタシとは、対照的に。
「――これほどかよ……」
思わず弱音を零すルーシーに、人狼は首を傾げる。
「見慣れねぇ玩具だな? それにその強さ――もしかして、ちっとは名の知れた人間だったかよ?」
「……さぁ、どうだったかな?」
忘れちまったよ、そんな事。
言いつつ、飛んできた黒炎を切り落とす。
剣を振り下ろした瞬間を狙い――接近してきたファングの拳がルーシーの鳩尾を狙う。
「――ッ」
身体を捻って、ソレを回避。
続けざまに放たれる足払いを飛んで避け、頭部を狙った蹴りを腕をクロスさせ、受け止める。
――反撃する余裕が、全くねぇッ!?
衝撃で軋む腕を無理やり動かし、放たれる連撃を捌き続ける。
顔、肩、顎、腿、胸、腹、頭――
襲い掛かる攻撃は速度を増していく。
徐々に捌き切れなくなり、被弾を増やしくルーシー。
「ご、ほッ……」
その脇腹に、ファングの拳が突き刺さった。
――あぁ、駄目だ。
足を蹴られ、態勢を崩し、
――全然、駄目だ。
黒炎を纏った全力の拳を、正面からモロに食らってしまう。
「――」
「ル、ルーシーッ!?」
勢いよく館の壁へと叩き付けられるルーシーを、スネップは慌てた表情で見守る。
混濁した意識のまま己が雇い主へと視線をやるルーシー。
「は、はは……」
「ッ、ルーシー……?」
唖然とした表情で、彼女を見詰めるスネップ。
それもその筈だろう。
強者だと思っていた己がメイドが、こっぴどくやられ、自嘲するように笑みを浮かべているのだから。
分かりやすく青い顔をして、スネップ=アノンドロワは絶望する。
「……」
――弱い。
――なんて弱さだろう。
――アタシはこんなに弱かったのか……?
混濁する意識の中、メイドは自問する。
――傭兵を辞め、アタシは一体何をしてきたんだ?
――己の価値は、その腕っぷしだけだったじゃねぇか……。
――日和っていた。
――訓練も何もせず、ただ平和な日々を送っていた。
――その結果が、これだ。
――鈍化した野生。もがれた牙。萎えていく戦意。
――本当、笑えねぇ。
「……ほんとは、にげちゃだめだったんだろう……?」
ゆらり、と。
渾身の力を振り絞り、朦朧とする意識の中で立ち上がるルーシー。
「きづいたのは、ついさいきん、だけどよぉ……」
ある日、面白い少年と出会った。
白銀のガキ。
一目見て――あぁ、コイツは強えぇと。
理解させられたガキ。
腕っぷしだけじゃねぇ。コイツはその在り方が強いんだ。
醸し出す空気というか、常に堂々とした佇まいというか……。
アタシが昔に着ていたものを、コイツはずっと身に纏っている。
羨ましいと、感じちまった。
その瞬間――アタシは、自身が間違った事に気が付いた。
「……好き勝手やって、ツケを払わせられそうになったら、恥も外聞もなく逃げ出した――どっちがガキだって話だよなぁ?」
自動回転刃を支えにし、肩で息をしながら、目の前の敵を睨む。
「――もう、逃げねえぞ……」
額から血を流し、全身に切り傷を負い、砂利で汚れた姿で言い放つ。
スネップ坊ちゃんの為じゃねぇ。
アタシがアタシでいる為に――此処は絶対に引かねえ。
「……」
対する人狼は、無言でメイドを見据えていた。
――良い気合だ。
――悪くねぇ、嫌いじゃねぇよ、コイツ……。
――ただ……人間であるなら話は別だ。
「だったら――死んじまえよ」
冷酷に、ポツリと零す。
瞬間――黒銀狼は風となり、ルーシーへと迫った。
頸動脈を断ち切る。
開いた口から咢を露出させ――目の前の人間を食い千切らんとするファング。
両者が激突する瞬間――銀閃が走り、彼等の間を遮った。
「――」
見覚えのある、攻撃。
――そうか、此処で来るか。
くっく、と。笑みを浮かべながら、襲撃者へ顔を向けるファング。
「よぉ! テレサ=エンフィール!」
「……」
「また会ったな?」
馴れ慣れしく話掛けるファングであったが、当のテレサは無言だ。
周囲の状況を観察しつつ、注意深く人狼を警戒している。
「くっ……」
「お、おい! ルーシーッ!?」
緊張の糸が途切れ、限界を迎えたルーシー=スカイバーン。
彼女はその場にへたり込みながら、来訪した修道女へと顔を向けた。
「知り合いか……坊ちゃん?」
「いや、知らない! 見た所、教会のシスターみたいだけど……」
「味方をしてくれるなら何でもいい。隙を見て、アンタは逃げな」
「――ぼ、僕一人でかッ!?」
「……アタシはもう、動けない。アンタ一人で逃げるんだ……」
「そ、そんなぁ……ッ!」
頭を抱えながら、泣き言を口にするスネップ。
ルーシーにはもう、それに構ってやる力すらなかった。
「――ファング=コードレス。何故こんな事を?」
「はぁ? ……ははは! またその手の質問かよッ!? いい加減、飽き飽きだぜ……テメエら人間は、殴られる理由がある事すら気が付かねぇのかよッ!?」
テレサの問いに、激昂した様子で答えるファング。
「亜人の救出ならまだしも、貴方は人間へと復讐を望んでいると?」
「くどいぞ、人間!! あの夜の続きをやるんだろうがッ!?」
「……」
「萎えさせんじゃ、ねぇよッ……!」
滾りを見せるファングに、テレサは溜息を吐き――
太腿から、撓る剣――ソード・ウィップを取り出し構える。
「――慈愛の女神よ、許し給え」
口にするは、神への祝詞。
――闘争に身を置く我を許し給え。
――愚かなる我を許し給え。
――未だ人はその位置におらず、止むなき故に剣を取る。
――試練の女神よ、我に苦境を。
――天杯の女神よ、我に裁きを。
――信ずるは創造。
「我が道に、女神の祝福――あらんことを」




