020 燃えるポンペイ~襲来する黒狼~
何でこんな事になったのだろう……?
スネップ=アノンドロワは、目の間に広がる光景を見詰めながら、そんな取り留めのない事を考えていた。
「……街が、燃えている……」
自身の部屋の窓から、階下に広がる街の光景。
見慣れた筈のポンペイの様子は、赤い絵の具を塗りたくったかのような火の粉が上がり、多くの人の悲鳴や怒号が上がっていた。
「こんなの知らないよ……」
未だかつて見た事のない故郷の様子に、スネップは恐れ戦く。
傍らに立つ亜人の奴隷が彼を不安そうに眺めているが、それに気付かず、彼はその場で頭を抱えた。
繁華街の方で爆発があったのだ。
都市を防備する自警団は皆、そちらへと向かった。
情報は……未だ無い。
館の防備には50の兵を割かせているが――それも頼りない。
スネップ=アノンドロワは不安で仕方がなかったのだ。
父は何故、この後に及んで地下へと隠れるのか。
何故、自分の近くにいてくれないのか。
こんな時に何故――自分を置いて逃げた母の事を思い出すのか。
彼には――理解が出来なかった。
「……ッ」
「スネップ……怖い……の?」
震える腕を、奴隷の少女が手で抑える。
「ベリー……」
そこでようやく、スネップは我に返る。
ベリー。
本当の名前は知らない。聞こうともしてない。
苺が好きだから。
そういうあだ名を付けた少女は、そんなぞんざいな扱いを受けながら、目の前のスネップの事を心配していた。
――何故だろうか……? コイツの考えは僕には分からない。
ただ――この立ち位置は良くないと、彼は思った。
奴隷に心配される貴族がいるもんか。
そんな見栄を張る為、彼は何でもないように少女の手を振り払う。
「あ……」
驚き、声を落とす少女。
少しばかり罪悪感を感じるが……貴族である青年は、無理やりその感情を押し込め、気にしない事にした。
そうした次の瞬間――部屋の真下から、爆発音が響いた。
「――なぁッ!?」
驚き、声を上げるスネップ。
音は玄関から聞こえてきた様だ。
「一体何が……ッ!?」
恐る恐ると言った体で自室から出て、玄関へと向かうスネップ。
階下へと降りた彼が最初に見た光景は――黒い炎であった。
「――」
「お、やっと見付けたぜ。お坊ちゃん」
そこには――ガラの悪そうな黒髪の青年が立っていた。
青いサングラス越しに、ギラついた眼光を此方へとぶつけ、舌なめずりをする青年。
その手には――甲冑姿の兵士が釣り上げられていた。
「な、な! ななななな――ッ!?」
「ハッ!」
動揺するスネップへと向けて、青年は手に持った兵士を投げつける。
「ひ、ひぃッ!」
その場にへたり込み、じりじりと後退するスネップ。
「おいおい、何処に行こうってんだよ? ええ?」
「……ッ」
「こいつら、お前を守るために身体を張ったんだぜ?」
両手を広げ、首を傾げてみせる青年。
彼の周囲には、倒れ伏した兵士の姿が数十とあった。
――全滅したのか……?
――たった一人の、敵を相手に?
おかしい。
目の前のこいつは何かがおかしいと――スネップは畏怖する。
「――それでも、逃げんのかよ」
青年の声の、トーンが落ちた。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
それはきっと――気の所為じゃ――ない。
「――!!」
――ガギンッ!と、硬い物同士がぶつかり合う音が聞こえた。
閉じてしまった目を、恐る恐る開く。
するとそこには――
「何だ、テメエ?」
「――テメエこそ、何だよ?」
同じくガラの悪いメイド――ルーシー=スカイバーンが煙草を口に咥え、自動回転刃で男の爪を受け止めながら、立っていた。




