019 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ
グエン=ドウェンは城塞都市ポンペイ出身の20才の青年である。
都市内部には足を悪くした母と、14才の弟がいた。
自警団に所属する彼が亜人襲撃の報告を聞き、内心怖気づくのも仕方がないだろう。
否――彼だけではない。古参の兵も怯えていた。
リアネス王国領内の中でも、内地であるポンペイは戦の経験が薄い。彼等が自らを【自警団】などと名乗っている自体、それは想像に難しくはないだろう。
自らの軍を放棄する代わり、王都の兵に都市の防衛もやらせるという訳だ。しかし――今回はそれでは間に合わない。
明日にでもなれば、王都から騎士団が派遣され、亜人を駆逐するだろう。だが、問題は今日この瞬間なのだ。
領主の息子であるスネップ=アノンドロワが、一人の少年を指揮官へと添えると言った時、彼は思わず足元をふらつかせた。
――息子殿は、恐怖で頭をおかしくしたのか?
難色を示す隊長達であったが、要求を完全に跳ね除けるのも難しかったのだろう。
その皺寄せが――若手である彼等へと寄せられていた。
「結局の所……隊長達は保身しか考えていない」
「戦闘経験が薄いのはおっさん連中だって一緒だぜ?」
「何で俺達が……」
「俺は嫌だぜ!? ガキに指揮されて死ぬのなんてな!!」
「……」
ぶつぶつと。
隊列を組みながら、呟く兵士達。
不満は尤もだろう。グエン自身――思う所は沢山ある。
声を潜めてはいるが、相手に聞かれても構わないと言った体で彼等は思い思いに不満を口にする。
当て付けの理由は恐怖心もある。
皆、何かを口にしていなければ、逃げ出したくなってしまうのだ。
――俺だって逃げたい。こんな負け戦。
――だが、家には家族がいる。
――恋人なんて上等なものではないが、それでも俺には大切な存在なんだ。決して放っといて良いものではない。
下唇を噛み、震える手を抑えるグエン。
自警団に入ったのは、格好良かったからだ。
街を守る兵隊さん。その甲冑姿に憧れた。
「……くそ、止まれッ、……止まれッ」
浅はかだった。
仲間と共に訓練に励む日々。
酒に酔った暴漢を取り押さえた事はある。
都市近くに出現した小さな魔物を討伐した事もある。
だが、その程度。
実際に剣を持って集団で戦い合うなんて、考えた事すらなかった。
「さて――不満は出揃ったかな?」
目の前の少年が此方を振り返りながら、そんな事を言う。
傍らに王立学院の生徒と思われる少年を控えさせながら、此方を値踏みするかのように声を発した彼に、周囲は反感覚えただろう。
だが、この時俺は――むしろ彼に感心を覚えていた。
――この状況で、良くここまで堂々と出来る、と。
攻めてくる亜人は勿論、不満を口にする我々だって、彼にとっては敵の様な存在だと言うのに……彼は一切気に掛けない。
馬鹿か天才か……神に願うのは後者だろう。
「自警団の本体は未だ間誤付いているが――【狼】共は既に準備を終えた様だ。もうまもなく一斉に此方へと攻めてくるだろう」
「……ッ」
「お前達が俺に反感を持っているのも分かる。何処の馬の骨とも知れんガキに指揮されたくもないだろうしな」
少年の言葉に、実際に不満を口にしていた者達が唾を飲み込む。
「だが――切り替えろ」
「……」
「守りたいのだろう? 街を、家族を、友人を、恋人を――全部」
それは――当たり前だ。
でなければ、皆こんな場所へと立っていない。
自身の命と釣り合う給金など、存在しないのだから。
「俺の言う通りに動けば――それは成される」
「……ッ」
何と言う大口だ。
そんなので騙される者などいないだろう。
いや……騙す必要すら、ないという事か……?
「!」
内に沸いた想像を、首を振って掻き消す。
期待なんてもたない様に。
裏切られ、しっぺ返しを食らわぬ様に。
「なぁに、作戦は簡単だ!」
にこりと微笑みを浮かべながら、俺達に説明をする少年。
その内容を聞き――唖然とする一同。
やはりこの少年――馬鹿だったのかも知れない。
◆
戦闘は開始された。
突撃を開始する【狼】共。
それを見て腰を引かせながら一歩後退する兵達を、自警団の隊長達が檄を飛ばし前進させる。
この段階で――兵の士気というのは比べるまでも無いだろう。
実力で劣り、心まで劣る。
本来であれば、勝てる道理も無い戦。
そう――本来であれば、だ。
ぶつかり合う兵達。
予想していた通り、数的有利など感じない戦いぶりだ。
その様は一方的。
亜人一人に対し、数人がかりで連携を取らなければいけないというのに、それすら出来ぬお粗末さ。
自警団は、率直に蹂躙されていた。
「成程……」
亜人の【狼】というのは――戦場では、人間で言う軽騎馬兵の様な戦い方をするのか。
身体的スペックは勿論、人間とは比較にはならない。
だが、もっと厄介なのはその機動性だろう。
ヒット&アウェイ。
それも、後ろに逃げるのではなく縦横無尽に戦場を移動している。
前から横から後ろから。
仕掛けられた者は溜まったものではないだろう。
「だが――弱点も同時に見えた」
俺は引き連れた兵士へと合図をし、集団の横合いへと駆けていく。
その速度は亜人も斯くやと言ったものだろう。
一人突出しながら、目的地へと辿り着いた俺は、混沌とする戦場に向けて火属性魔法で作った大型の火球を投擲する。
『――なッ!?』
敵味方を問わずに、投げ入れられた炎。
その火を目撃し、驚愕の声を上げたのは亜人であろうか、人間であろうか? はたまた、それは両方であった。
「フッ」
集団へと火球が着弾する瞬間。
間髪入れずに、水属性魔法を行使し、炎を消滅させる俺。
辺りに漂うのは濃密な水蒸気。
「な、何だ――霧ッ!?」
「おい!何も見えねぇぞ!?」
状況の推移に付いて行けず、途端に騒がしくなる周囲。
だが、連中の理解が及ぶまで、待ってやる気など更々ない。
無詠唱多重奏、前方に円形展開……。
属性は火・水・風・土と、基本の四属性をふんだんに。
無属性の拡散と誘導を付与。
扱う魔術は位階無指定。
「名付けて――戦法・マジックバレル」
――ファイア。
その一言と共に、属性の矢が魔法陣から射出され、霧の中の亜人へと突き刺さる。
単発ではない。
撃ち終わった魔法陣は横にずれ、円を描く様に次々と魔術が発動していく。最も効率の良い魔術の連射である。
更に言うと、亜人のマナと人間のマナとは既に選別を終えている。
例え姿が見えなかったとしても、この魔弾は外れない。
「……ッ! 魔術師だ! 魔術師を狙えッ!!」
霧の中の亜人が号令を出すと、彼等は一斉に射手である俺の方向へ見当を付け、駆け出してくる。
――まぁ、普通はそうなるよな。
俺は既に準備を終えていた土属性魔法を発動させる。
土の第五魔法『アース・グレイブ』
地面から斜めに槍の様に突き出たソレは、突進する亜人に良く刺さった。
機動性があり、小回りも良く効く。
だが――その速度故、すぐには止まれない。
お前らの弱点はそこだよ。
「……なにをやってる? 追撃だ!」
「は、はぁ――追撃ッ!?」
追い付いてきた兵達に向かって、俺は振り返らずに指示を飛ばす。
「命を奪う必要はない。まずは串刺しになった奴から拘束しろ」
「拘束……ですか?」
「こんな戦いで亜人殺しなんて異名を付けられたくは無いんでね」
「加減をして、戦っておられると……?」
これで? と言った言葉が顔に出ているぞ。
俺は訊ねてきた若い兵士へと笑い掛けながら、声に返答する。
「離れる奴は魔弾で。近付く奴は串刺しに……良い力加減だろ?」
「は。ははははは……」
乾いた笑いをあげる兵士君。
「先生ッ!亜人を拘束しましたよ――ッ!!」
「おお、早い!」
うねうねした大きな樹が、傷付いた亜人を枝に巻き込み捕まえる。
樹属性魔法か。確かにアレなら敵を拘束するのに最適だ。
レイドの奴――首席というのも案外、伊達ではないのかも。
「――ッ! 俺達も遅れを取るな!! 行くぞッ!!」
俺がレイドに感心した表情を向けたのが、不満だったのか。
むっとした顔をしながら、周囲の兵に檄を飛ばす兵士君。
初めはどうかと思ったが……何だ、やる気十分じゃん。
敵残存数は五割を切っている。
この分ならば――この戦いもすぐ終わるだろう。
しかし、簡単すぎるな。
【狼】と言えど、この神童に掛かればこの程度か。
まるで指揮官不在の兵を相手にしている様な――簡単な――
「――」
まさか、な。
俺はポンペイの方角へと視線を向ける。
「既に入り込まれていた……? 関所に襲撃を仕掛けたのはわざとか……? 最初から狙いは……領主の……」
考えに耽る俺の前に、一仕事を終えた兵達が戻ってくる。
「敵の亜人、拘束しましたよ隊長!」
「隊長……? まぁ良い……それで何で戻ってくる? 他の敵は?」
「奴等、部隊を後退させていきます!」
「俺達勝ったんじゃないですか!?」
「……」
盛り上がる兵達とは別に、自身の想像が間違いではないと、確信を深めていく俺。
「どうされました、先生?」
「捕虜を持って、ポンペイの……城壁前まで後退しよう」
「え!?」
「残存兵が動いたとして、自警団の数ならすぐには抜かれない」
「で、でもどうして!?」
「俺の予想が正しければ――明確な合図がある筈だ」
その際に、遅れを取ってしまえば……この都市は堕ちるだろう。
「何処へでも動けるようにしなければな。その時が来た時、俺達の戦場は都市城内へと移るぞ」




