018 戦闘準備~傭兵団出撃す~
俺、ハインリヒ=セイファートは馬車に揺られ、王都を後にした。
レシィとの決闘後、やるべき事は終わったと、すぐに王都を去ろうとした俺だったが、アルマナや当のレシィの希望により滞在日数を三日に増やし、その間に王都観光を済ませたのだった。
初めはどうかとも思ったが、闘争心が薄らいだレシィとは案外ウマが合い、お互いキャッキャと遊び回ってしまった。
アルマナの奴も、意外と気さくな奴だったし。
結局、最後までタメ口を聞いても怒られなかったな。
王都を去る頃になると、ザンスの奴が俺の泊まる宿屋へとやってきて「また来て欲しい」と言ってがっつり握手をしてきたな。
あれは少し嫌だった。
馬車に乗る頃には、レシィの奴が「私も行きてぇッ!」と言って、無理やり同乗しようとして、アルマナに腰を引っ張られて怒られていたな。
「フッ……」
本当、馬鹿な奴。
だが、来た時に思ったよりも、ずっとずっと楽しめた。
気が向いたら、今度はキッチェも連れてこよう。
俺がそう思っていると……。
「随分、嬉しそうですね。先生!」
と――目の前に座るレイド=レヴァノフが俺に声を掛けてくる。
「……その、先生ってのは……どうなんだ?」
何度聞いても聞き慣れない。
そもそも年上の、しかも男に先生呼ばわりされても嬉しくない。
例えばこれが――リィンの様な美少女ならば――
『ハイン……先生♪』
うん。こんな感じだろう。
いけるいける。全然良いわ。むしろ明日からずっとこれで。
――と、頼みたくもなる。
「先生は先生ですから! それ以外に形容しようがありません!!」
「……そう」
一気に現実に引き戻されながら、俺は内心溜息を吐く。
まぁ――悪い奴じゃないんだけどな。
◆
馬車に揺られ、十時間といった所だろうか。
然したる問題もなく、城塞都市ポンペイが見えてくる。
だが、その入口には違和感があった。
「――門が閉じている?」
夜半であるならばまだしも、何故こんな朝に?
疑問に思いながらも御者に頼み、入口前へと馬車を進めて貰う。
すると――
「止まれい!」
門の監視塔から、野太い声が上がる。
「そこの馬車、何用だ? 目的と身分を示せ!!」
「……はぁ?」
目的と身分っつったてなぁ……。
困る御者に代わり、馬車から出ようとする俺。
その行く手を、レイドが止める。
「僕が変わりましょう」
「……むう」
言われるまま、レイドに後を任せ、俺は再び席へと座る。
詳しくはないが、アイツも王立学院の生徒だという事は、家柄も良いのだろう。田舎の町長の息子は、黙っているのが得策である。
暫く門兵と会話をするレイド。
すると――
「お!」
閉じられていた門が、開いていく。
「戻りました」
馬車の中へとレイドが戻り、そのままポンペイへと足を進める。
「しっかし、何だったんだろうなぁ、今日は?」
こんな事は初めてだ。
まるで何か――外敵に備える様な構えを見せていた。
……外敵?
「その事なんですが先生――少し、耳に入れておく事が……」
「……あーいや、もう大体分かったわ」
「え?」
キョトンとした表情を浮かべるレイド君。
馬車の進行方向に此方へと手を振るメイドの姿を視認した俺は、思わず深い溜息を吐くのだった。
◆
「やっぱ生きてたか……流石だな?」
「ああ」
「つーわけで、来てくれるな?」
「……ああ」
拒否権は無いんだろう?
というか、拒否したら余計面倒な事になるんだろう?
短いやり取りをしながら、俺達は領主の館へと足を進めた。
――で、来た訳だが。
「――は、ハインリヒ君ッ!? 生きてたァッ!?」
驚愕するスネップ=アノンドロワの様子を苦々しく見ながら、俺は事態の説明を求める。
大方は予想しているがな。
慌てまくるスネップの下手くそな説明を、辛抱強く聞く俺。
どうやら――
城塞都市ポンペイの関所が――亜人の襲撃を受けたらしい。
時刻は早朝。
亜人の種族は好戦的な【狼】である。
その数は――凡そ300。
この城塞都市の兵の数が1000である事を考えれば、少ないと思うかも知れないが――問題は相手が亜人であるという事だ。
亜人。それも【狼】の個の戦力は――人間の兵士の約10倍だと言われている。
単純計算で3000対1000である。
スネップ=アノンドロワが慌てる理由も、これで分かるだろう。
「――ど、どどど、どうしよう、ハインリヒ君ッ!?」
「あぁ、ウザったい! そもそもお前の父親は何やってんだ!?」
「ぼ、僕の父さんは――そのぉ、地下に閉じ籠ってて……」
「はぁ? この状況の事を知らないのか!?」
「いや知ってる……門を閉じてれば問題無いって……」
「……」
亜人を相手に、籠城する気か。
城塞都市というのだから――確かに、守りに厚い拠点ではある。
兵糧攻めと言っても、都市には十分な食料もある。
加減して食えば、数か月は持つだろう。
その間、王都からも救援は来るだろうし……悪くはないのか?
だが――そんな事、相手も分かっているだろう。
自殺志願で来る訳でもない。
そもそも、連中の目的は何だ?
「連中、何か言ってなかったか?」
「え? 何かって?」
「戦には理由が必要だ。何の大義もなく戦う馬鹿は野盗だけだ」
「で、でも……特に何も報告されてないけど……」
「……」
目的を敵に知られると、困難になるから秘匿しているのか?
此処までもっともらしく考えて見たが、実際何となく連中の目的は察しが付いている。
恐らくは――奴隷の解放。
それが第一の目的である筈だ。
此処――ポンペイには亜人の奴隷が多数存在する。
外の連中と呼応されたら、厄介かもしれないな。
それこそ籠城なんてしてたら、あっという間に堕とされるかもしれない。
街が荒れるだろう。
関係ない人間が、多く傷付くだろう。
「……」
キッチェ。孤児院の子供達。シスターテレサ。
プレアとスネップは……まぁどうでも良いとして……。
やはり、放っとく訳にもいかんか。
「傭兵団の初仕事が来たな……」
「先生?」
「おい、スネップ!」
「な、なんだい、ハイン君!?」
「俺に――兵を貸せ」
兵隊の指揮は初めてだが――何とかなるだろう。
「雇われてやるよ。――俺が、外の敵をやっつけてやる」




