016 アノンドロワ家の闇~ケーキと苺と亜人の少女~
「フンフン、フーン♪」
横幅の広い中年。デネッブ=アノンドロワは鼻歌を口遊む。
城塞都市ポンペイの領主である彼には、一人の妻がいた。
政略結婚で嫁いできた嫁であったが、今は実家へと帰省している。
今はと言ったが――正式には二十年も前の事だ。
潔癖な嫁であった。
見た目は自分好みではあったが、アレでは夜は務まらない。
醜悪な見た目と自他共に認めてはいるが、夫婦の間柄になったのだから、その辺は割り切って貰わなければ困るというもの。
夜伽に嫌がり抵抗する素振りは、嗜虐心を擽り――非常に燃えた。
息子を産んだ頃には、既に精神を病んでいた。
気が付けば――出て行っていた。
物心付かぬ息子を置いて。薄情にも出ていった。
だが、離婚はしていない。未だ籍を入れている所を見るに、奴も我が家の地位を利用したい様だ。
いや、もしかしたら――そう実家に言われているのかも知れない。
どちらにせよ……あのカラダでは、嫁の貰い手もいないだろう。
「プフ、プフフフフッ♪」
手に持った鉄串を火に掛けながら、思わず笑みが零れる。
妻がいなくなったのだから、夜は別の者で発散しなければならない。
人間の女を、何度か買った事はある。
一夜ではない。
そのものを、だ。
だが――脆い。単調。飽きた。
反応がどれもこれも似たり寄ったりなのだ。
それに、奴隷として裏の市場に流れる人間の女性というのは、どれもこれも大したレベルでもない。醜女だ。
そこでふと、目を付けたのが――亜人である。
「亜人は良いなぁ……」
人間と違い、丈夫な身体。
愛らしくも馬鹿な知能。
部族間で争いが絶えないので、見目の良い新鮮な奴隷が手に入る。
互いの勢力に武器を売り、争いを煽ったというのもあるが――
「まさか、こんなに一杯手に入るとはなぁ……」
鎖に繋いだ、少年少女の亜人の姿を眺めながら、デネッブは下卑た笑みを浮かべる。
皆、衣服は剥ぎ取られ、一糸纏わぬ姿で怯えていた。
ダメにした亜人も多いが――
こうして補充が効くのだから、溜まらない――
デネッブは舌なめずりをしながら、赤く熱した鉄串に目を向ける。
……まぁ、こんな所か。
「僕はねぇ、持ち物には名前を書くタイプなんだよぉ……?」
落とし物をした時、そうすれば手元に戻ってくるかも知れない。
それに、所有欲というものを満たせるからだ。
「新しく買った君達も……例外じゃない」
一番近くの少女の亜人へと歩みよりながら、デネッブは呟く。
「嫌、嫌……ッ」と、怯えた表情で首を横に振る少女。
その様を恍惚と眺めながら、デネッブは彼女の下腹部へと手をやる。
「あ……あ……ッ!」
「――名前、書こっか?」
響き渡る少女の絶叫。
焦げる肉の臭いを嗅ぎながら、デネッブは絶頂した。
◆
「父さんは――また地下室か……」
家の何処にも見当たらない父の姿を思いながら、スネップは呟く。
何が面白いんだか。
自身とて、亜人など好きではない。
知能指数が低く、常に争いを起こす野蛮な種族。
その姿は動物に似ており、人間の成りそこないとも言われている。
好きになる理由が、皆目見当付かぬ連中だ。
だが――
「だと言って、態々イジメる気にもならないよねー……」
うちの父さんは歪んでいる。
いや、貴族というのは案外皆あんな感じなのかも知れない。
だから、母さんは出て行ってしまったのだ。
僕を置いて。
「……フン」
なんだか、つまらない。
ルーシーの奴も何処かでサボっているのか、姿を見せない。
ハインリヒ君はどうなっただろう?
レシィ=クリムゾンと決闘だなんて……。
「もしかしたら、もう殺されちゃってたりして……」
だとしたら、ザンス卿を呼んだ自分にも責任はあるのだろうか?
いや、最終的に王都に行くと判断したのは彼だ。
僕の所為ではない。
「結局、ちゃんとしたお礼は出来なかったな……」
呟きながら、僕は自身の机に向かい、椅子を引く。
すると――
「ああ……?」
机の下に、亜人がいるのに気が付いた。
ビクビクと、怯えた表情で此方を見る亜人の少女。
「……」
何で僕の部屋に亜人が――ッ!
一瞬、部屋を汚された様に感じ、怒りが湧いてくるスネップ。
だが。
「……ッ……ッ」
酷く弱々しく此方を見る亜人の少女の姿を見ると、その怒りも消え失せた。此処で僕が亜人に怒鳴ったとして、それはただの弱いものイジメに他ならないのではないか? と、彼の中の冷静な部分が顔を出したからだ。
「お前、父さんの奴隷だよな?」
返答はなかったが、間違いないだろう。
地下室から逃げて来たのだろうか?
「っていうか、何で全裸なんだよ……」
舌打ちしながら、収納チェストへと歩いていくスネップ。
引き出した服は当然ながら、全て男物。
その中でも特に気に入っていないシャツを選ぶと、彼はそれを目の前の亜人へと投げてよこす。
「とりあえず着ろよ。目の毒だからさ」
「……はい」
ぎこちない手付きで、渡されたシャツを着ていく亜人。
――しかし困ったなあ。下手すればこの状況、父さんに奴隷を匿ったと誤解されても不思議じゃないぞ?
出来るなら、見付からない様に地下室へと戻したい。
だが、地下室の鍵は父しか持っていない。
この家の者――メイドは勿論、息子である僕でも立ち入り禁止だ。
――そんな場所に、どうやって戻す?
スネップが考え事をしていると、目の前の少女から腹の虫が鳴る。
「……」
「……あ、あう……」
思わず、赤面する少女。
一応羞恥心みたいなものはあるんだ? と、冷たく思うスネップ。
そう言えば――昼間にメイドに持って来させたケーキが、まだ部屋に残っていたな……。
「――そうだ」
スネップは悪戯を思い付いた様な顔で笑うと、急いで自室の鍵を閉める。
父さんの気分っていうの……ちょっとだけ味わってみよう。
好奇心を抱きながら、机に置いてあったケーキの箱を手に「おい」と言って亜人の少女を呼ぶ。
「心優しい僕が、お前にケーキを食べさせてやる」
「けーき……?」
「ほら、これだ!」
「わあ……ッ」
上に苺を乗せた、生クリームのケーキを見せてやる。
明るくなる表情。
だが――これで終わりではない。
「ふん!」
僕はそのケーキを地面に落とすと、靴で踏み潰した。
入念に、丹念に踏んでいく。
その形が――クリーム状のなにかになった時、僕は言ってやるんだ。
「さ――食べて良いぞ?」
――と。
――自分でやっといて何だが、流石にやり過ぎたかな……?
――思い付いた時は興奮したけど、いざやってみたらどうだろう。
――怒るよな……? 流石に。
内心ドキドキしながら、亜人の少女の反応を窺うスネップ。
そうして少女は――這いつくばりながら、ケーキを食べた。
「――」
その食いっぷりは、傍で眺めるスネップを唖然とさせた。
ぐちゃぐちゃに、砂も混じった様なケーキを、パクパクと口のみで食し、汚れた絨毯をその舌で舐めとる少女。
見ているこっちが、罪悪感を感じる食べっぷりだった。
「それ……美味しい?」
「……はい!」
目元に涙を溜めながら、頷く少女。
――やっぱり父さんの趣味は、僕には理解出来ないや。




