010 ハインリヒは弱音を吐く
あぁ、嫌だなぁ――。
本当に、嫌だなぁ――。
俺ことハインリヒ=セイファートは、馬車に揺られながら、一人溜息を吐く。
アーランド大陸西部、大国リアネス。
その王都は――俺が子供の頃に憧れた都市であった。
故郷であるクソ田舎のテランを出て、いつか王都で一旗上げてやる。と――
ずっとずっと夢に描いていた都市である。
そんな場所に――今日、初めて俺は足を踏み入れた。
騎士団長の馬車に乗ってという破格の待遇で。
何も知らなかったあの頃ならば――大層喜んだのかもしれない。
だが――今は違う。
行きたくない。
それは、脳裏に刻まれた10才の頃のトラウマによるものだ。
死の暴風に晒された。
それまで戦いなんて、ままごとの様な剣術比べしかした事が無かったというのに。
大人の――騎士団長のザンスでさえ顔を引き攣らせる攻撃を、何度も何度も捌いたのだ。
あんな思いをするくらいなら【神童】なんて名乗りたくない。
そう思って声に出して――俺は幼馴染のキッチェと四年間も喧嘩したのだ。
ぶっちゃけ、全部アイツの所為だと思っている。
そんな奴を――救うため。
俺は現在馬車に乗り、騎士団の訓練場へと向かっている訳だ。
テンションが、上がる筈もない。
「調子はどうだ? ハインリヒ君?」
「……良い様に見えるか?」
窓の外に視線をやりながら、向かい側に座るザンスへと返答する俺。
「……引き受けて貰ってすまない。この礼は必ず――」
「ああ――良いって。良いってそう言うの――もう、面倒だからさ……」
ただ――と、俺は言葉を零す。
普段ならば言わないであろう。俺の本音の部分。
「分かっていて欲しいんだが――俺はまだ15にもなっていないガキなんだ」
「……」
「神童だ何だと言われて、実際にやれちまうから、やってるだけ――本当は生死の掛かった戦いなんてしたくは無い。努力なんてした事ない。した事が無いから自信も持てない」
これは――言うべき事じゃないのだろう。
ライディにも、リィンにも、キッチェにも――両親にも。話した事のない俺の気持ち。
全く関係のない、縁の薄いこの大人にだけ話せる――ハインリヒの弱音だ。
「積み重ねたものが無いから薄っぺらい。俺への評価は他人が下したものだけだ。俺自身が本当に俺を認めた事なんて――ただの一度も存在しない」
それは神童と呼ばれ、浮かれきっていたあの頃だって同様だ。
周りが褒めてくれるから良い気になっていただけ。
自身の真価なんて、全く気にしちゃいなかった。
――邪神を斃した?
いやいや、あれだって色々と状況が重なったから何とかなっただけだ。
リィンが最初に邪神を引き付けてくれたから、俺は空間転移を覚える事が出来た。
ライディが時間を稼ぎ、キッチェが魔剣を持ってきてくれたから、攻撃手段が見付かった。
周囲にマナ溜りがあったから。邪神が愉しみを優先したから。俺は今――生きている。
決して――自身の実力だけではない。
「――それでも」
黙って話を聞いていたザンスは、俺へと声を出す。
「――それでも私は、君の事を凄い人間だと思う」
「……」
「娘と打ち合える唯一の人間。――私には到底出来ない事を、君は出来る」
ザンスの言葉は、残念ながら俺の心には刺さらなかった。だが――このまま弱音を吐き続けても仕方がないと。そう思わせる程度には、俺を冷静にさせるのだった。
◆
「お久しぶりです――ハインリヒ=セイファート」
「四年振りだな、アルマナ=ディ=リアネス姫」
「逞しくなりましたね」
「そう、か……?」
「レシィと戦った頃の貴方は、まだ隙の様なものが感じられました」
「――今では?」
俺の問いに、目の前のアルマナ姫はにこりと微笑み――
「――シッ!!」
腰に差したレイピアを、俺へと突き出してきた。
完全なる慮外な行動。
その切っ先は狙い違わず、俺の顔面を貫く――
――筈だった。
「貴女がヤれる人だと言うのは――初めて会った時から分かっていたよ?」
「――ッ!?」
剣の切っ先。ソレを二本の指で受け止めながら、俺は言う。
初めて会ったアルマナ姫の印象は、レシィの奴と何処か似ていた。
何故だろうか?
思った時に、ふと気が付いたのは、二人の醸し出す空気であった。
共に平穏な世界で生きている様な温さを感じない。
常在戦場。その心得が芯から身に付いた様な、その立ち振る舞い。その眼光。
俺の想像は――正しかった。
「動けないだろう? 合気という奴だ」
「あ、合気……?」
「ガシュウ真国の武術の一つ。尤も俺のは想像で真似ているだけだが――効果は覿面。ただ剣の切っ先を掴んでいるだけで――力の入れ方、抜き方を工夫するだけで、貴女はその動きを制限される」
面白いだろう?
そう言って笑い掛けてみるも、姫様は引き攣った顔で此方を見るのみだ。
少し、子供気無い事をしてしまっただろうか?
いかんな。
まだテンションが下がっている。
俺は軽く頭を振って、掴んだ切っ先を離す。
このタイミングで姫様が俺へと仕掛けた理由。
それに思いを向けた時、俺は自然と――
「――ありがとう」
と、口にしていた。
「何故……礼を?」
「貴女は俺を試した。果たして本当にレシィ=クリムゾンと相対させて良いのだろうか? その実力は間違いないのか? そう思って、俺を試したんだろう?」
「……」
「――優しさを感じた。貴女なりの気遣い、優しさを。だから自然と礼が出た」
「――」
「ありがとう」と、再び姫に向けて礼を言う俺。
言葉を受けたアルマナは一瞬、呆然し。取り澄ました表情を苦笑して崩しながら、自身の青い頭髪をくしゃりと軽く指に絡ませる。
「――ハインリヒ=セイファート」
「ああ」
「貴方は本当に……馬鹿な人ね」
「……」
「初めて会った時から思っていた。あぁ、この子は何も知らない子何だな――と」
「ま、その通りだな」
「でも、今日会って改めて思ったわ。そんな貴方を――私は好ましいと思っている」
「それは――随分と歪んだ趣味だな?」
……頭の悪い奴が好きなのか?
……俺には到底、理解出来ん。
「おかしいかしら?」
「さぁ……趣向は人それぞれなので、何とも……」
「……」
「ただ、本音で話してくれるアンタは、俺も嫌いじゃないよ」
「好ましいとは言わないのね?」
「奥ゆかしさの現れだと思ってほしい。王様に睨まれるのは俺も嫌だからな」
「――ぷッ」
「くくく」
そこまで言って――溜まらずに俺達は吹き出した。
何だ。昔は気が付かなかったが――案外話せる奴じゃないか、アルマナ。
傍に立つザンスが狼狽える中、俺達は互いに笑い――どちらとも無く治まると。
「――武運を」
「おお!」
短く、そんなやり取りを交わした。
気配が――近付いて来ていたのだ。
空気が澱む様な、濃厚な気。
飢餓状態でお預けをくらい――目の前で肉をぶら下げられた獣の様な――そんな気配。
訓練場の奥――暗がりから――レシィ=クリムゾンがやって来た。
その様子は、一目見て異様である事が分かる。
「おいおい。随分、御洒落な恰好だな?」
「……ッ! ……ッ!!」
レシィ=クリムゾンは目隠しをされ、口に猿轡を噛まされ、全身を鎖で拘束された状態で――荷車へと乗せられ、騎士団の団員に引き摺られながら、その場へと姿を現した。
パッと見て酷い有様だった。
竜族の呪い――ザンスから説明はされたが、此処まで様相が変わるものなのか?
口元にはだらだらと涎を垂らし、狂ったかの様に唸り声を上げるレシィ。
「シルバー巻き過ぎじゃない?」
「ぐるるるるる!!! ぐがぁぁあああああ――ッ!!!」
軽口にも、当然反応は無し。
会いたくなかった。
またコイツと戦うのかと思うと、心底、気持ちが沈んだ。
馬車の中でザンスへと語った俺の思いは――全て本音である。
だが――
「――チッ」
変わり果てたレシィの姿を見ていると――何だか胸がざわめいた。
むかつくんだよ、コイツ。
俺をビビらせておきながら――俺に負けたと思わせておきながら――何だ、その様は。
「全員――石舞台から下がれ」
言いながら、俺は詠唱魔法を唱える。
訓練場の石舞台の四隅。
それぞれに遠隔で魔法陣を飛ばし、結界を張る準備をする。
属性は何でも良いのだが……外からも戦いの様子が見える様、無属性を選択。
またもや便利な反発ちゃんである。
芸が無いとか言わない様に。
「――よし」
レシィを除く、その場の全員が退いた事を確認し、魔術を発動。
無詠唱と違い、ちゃんと詠唱とした魔法はその威力・効果時間が倍加する。
実践で役に立つのは前者だが、何事も使い分けである。
準備は整った。
さて、それじゃあ――
「存分に――戦ってやるか」




