008 テレサ=エンフィールは美しかった
「……朝か」
教会の礼拝堂。その長椅子から身体を起こし、目を擦る。
昨日――帰ってから、亜人の子供達へと飯を作ったのだが――思ったよりも量が多く、結局プチパーティの様なものを開催してしまったのだ。
はしゃぐキッチェ。
一人酒が入り、楽しむプレア。
アホそうな二人に感化され、徐々に警戒心を緩めていく子供達。
ついでだからと孤児院にいる子供達も呼んで、種族の垣根を超えて皆で楽しんだ。
何だかんだ、良かったんじゃないかな。
流石にはしゃぎ疲れたのか、皆まだ眠ってるようだ。
床に転がる連中へと、軽く布を掛けてやりながら、俺はその場を後にする。
……後片付けは、任せよう。
俺は顔を洗う為、教会の裏手にある水場へと足を向けた。
そこにはどうやら――先客がいたみたいだ。
服を脱ぎ――白い肢体を露わにしながら、水を被る聖女。
金色の髪の毛先に滴る水滴が――彼女の豊満な胸元へと、零れ落ちる。
胸元を手で隠しながら、水を被るその光景は――まるで絵画の様に美しかった。
だから――俺は思わず見とれてしまった。
足を止め、彼女の上気した顔へと視線が釘付けになる。
「――ッ!?」
その目が俺の姿を捉えると、彼女は目を丸くしながら、驚いた声を出す。
あ、やばい……。
危険を察知した俺は、角から身体を引っ込ませ――
「す、すまん……」
と――謝った。
シスター・テレサ。
本名はテレサ=エンフィール。
俺が初めてこの教会を訪れた時に、出会った女性である。
うらぶれた教会に咲く一凛の花。
自身の貯蓄から孤児院を運営し、子供達を養っている優しい人。
俺なんかが入り浸っているのに、何も言わない時点で良い人なのは確かだろう。
行き倒れていたプレア=トリィを神父見習いとして置いたのもこの人らしい。
そんな優しい人の――裸体を見てしまった。
事故ではあったが……騒がれるだろうなぁ。
深く謝罪をしなければ。
内心でそう思いながら、しかし、壁の向こうから余り反応が無い事に、俺は首を傾げる。
もっと「キャー」とか叫ばれるのかと思っていたのだが――静かだ。
一体シスターは何をやっているのだろうか?
気になる俺だが、今度また覗く訳にもいかず、その場で彼女が来るのを待った。
「あ……」
待つ事数分。
少し困った様な顔をしながら、修道服を着こんだテレサが、俺の前へと現れる。
「……見ました?」
――何を?
――俺は一瞬、問い返したくなるが、そこは流石に空気を読む。
「胸元を……少し」
「……他には?」
……他には……。
……他?
「他ッ!?」
何だ?
シスター・テレサ。
俺に何を言わせたいんだ?
少しばかり聞いた事はあるが――もしかしてこれが言葉攻めという奴か?
「い、いや……他には……何も……」
絞り出す様に、そう言う俺。
果たしてこの答えが正解なのかどうかは、未だ少年の自分には分からなかった。
俺の言葉に、何だか安堵の息を漏らすテレサ。
「そうですか。……なら、構いません」
「構わないだとッ!?」
思わず、声が出る俺。
それはつまり「裸も見られても、構いません♪」という事だろうか?
流石に――エッチ過ぎるだろう。
シスター。
俺には理解が出来ないよ。
「あ! いえ!? そういう意味ではありませんよッ!?」
戸惑う俺に、遅れて意味を理解したのか――顔を真っ赤にして慌てるテレサ。
「……」
その様子を見て、ようやく俺も落ち着きを取り戻す。
「――とりあえず、悪かったな」
「いえ……此方こそ?」
語尾に疑問符を付けながら、首を傾げるテレサ。
何と言うか、可愛らしい人だよな。――本当に。
「謝りついでに――ちょっと来て貰っても良いだろうか?」
「は、はい? ……何だか、凄く嫌な予感がするんですけれど……」
「はっはっは」
「え、今なんで笑ったんですか? ハイン君!?」
勘の良いシスターを連れて、俺は礼拝堂へと戻る。
途中テレサからの質問を華麗にスルーしながら、その惨状を彼女に見せた。
「まぁ、見てくれれば分かるが――少し汚した」
「……少し?」
ジト目で此方を見詰めるシスター。
「見覚えのない子達ですね……見た感じ、亜人が多い様な」
「あぁ、それは――」
俺は此処までの経緯をシスターへと説明する。
傭兵団を作ろうと思った事。
奴隷を買った事。
その奴隷を自由にしてやった事。
――などだ。
「犯罪者を野に離したのは頂けませんが――子供達を解放したのは良い事だと思います」
「おお! それじゃあ!」
「最初からそのつもりだったのでしょう? ええ。私の孤児院で受け入れます。親を亡くした子供達――そこに種族の違いはありませんから。慈愛の女神アルフロア様も、きっとそう仰るでしょう」
「――すまない。助かる」
言いながら、俺は懐から財布を取り出し、彼女へと渡す。
「金だけ出すというのも、卑怯なやり方かも知れないが――孤児院の足しにして欲しい」
「断っても、無理やり渡すのでしょう?」
「子供の為なら、貴女は受け取るさ」
「……本当、卑怯な子ですね」
「む……」
言って、俺の頭を撫でるテレサ。
こういう子供扱いは、少し新鮮だったりする。
「ただ――後片付けは皆でしましょう」
「……」
金で解決出来ない事もある。
今日は朝から、一杯良い事を学んだ日であった。




