007 狼 VS 修道女
「クソが……ッ」
狼の青年――ファング=コードレスは、吐き捨てる様にそう呟く。
ダークマーケットを出て、今は路地裏を歩いていた。
明日になれば、今日の凶行も白昼晒される事となるだろう。
この街の自警団も動くだろう。
少しばかり、動きづらくなるかも知れない。
そう思うと、やはり今日で目的を達成出来なかったのは痛い。
自然と、口からは舌打ちが出てしまう。
「金持ちのガキか……」
支配人の豚人間は、素性も知れないガキに売ったと言っていたが――
「一億イラをポンと出すガキなんざ――限られんだろうが……」
城塞都市ポンペイ。
その領主の息子――スネップ=アノンドロワ。
思い当たる金持ちのガキなんざ、そいつしかいねぇ。
だとしたら――あの支配人もやはり、領主連中を庇っていたという訳か?
あの土壇場で?
俺が手前を見逃すとでも思ったのだろうか?
だとしたら――舐められたもんだ。
「殺しておいて正解だったな……」
くくく――と。暗い笑みを浮かべながら、俺は路地を歩いた。
通りとは違い、人の気配など――何処にもない。
――だと言うのに。
向かい側から――修道女が歩いてきた。
腰まで伸びた金色の髪。黒い修道服に身を包んだ、一人の女がだ。
こんな所を、こんな夜に何故通る?
不用心だ。
人間族というのは、危機意識というのが足りないんじゃないか?
女とすれ違う。
香水を効かせ過ぎな気もするが――イイ女だ。
俺が悪い狼ならば――襲い掛かっていたかも――
――そう、俺が思った時。
「貴方――血の匂いがしますね?」
銀閃が――目の前に飛んできた。
「うおおおおッ!?」
慌てて後ろに飛び退き、回避する俺。
見ると――修道女の手には不思議な剣が握られていた。
剣――? いや、鞭か?
太腿から取り出した? いつも携帯してんのか、アレ?
「――ってか、何で攻撃してくるッ!?」
「殺人鬼を野放しにしていく道理は無いでしょう? ――尤も貴方は【鬼】ではなく【狼】なのでしょうけど」
「そこまで分かってんのかよ……ッ!」
色々と疑問は付きねぇが――ヤルってんなら関係ねぇ。
喧嘩なら喜んで買ってやる。
実際、むしゃくしゃしていたからな。
「――後悔、すんなよ?」
身体へと巻き付こうとする鞭の様な剣を、黒炎の放出で吹き飛ばす。
修道女の手元に戻った刃は、連結し。一本の剣へと姿を変え、俺へと突き出される。
「――痛ッ!」
人狼へと変貌した腕で、修道女の突きを受け――そのまま女の腕を潰す様に握ってやる。
「……ッ」
苦悶の表情を見せる女。
終いだな。
人間と亜人とでは、肉体強度が違う。
武器や技術でその差を埋める事は出来るかも知れないが――こうして掴まえてしまえば、それも不可能。
こっちとしては、腕を貫かれちまってるんだ。
多少ムチャクチャにされても――文句はねぇだろう。
空いた手で女を切り裂こうと――爪を振り下ろす。
同時に――腹部から肩口まで、下から切り裂かれる俺。
「な――ッ!?」
手を放し、慌てて女から距離を取る。
傷は深くはない。
だが――そもそも反撃された事がありえない。
「何か、隠し持ってやがったのか……?」
「……さぁ? どうでしょうね?」
肩で息をしながら、返答する女。
反撃に驚き、浅くなったとは言え、俺の爪も奴に届いていた様だ。
肩から血を流し、此方を睨む修道女。
その空いた手には――武器となる様な物は見られなかった。
深手ではない。
続けようと思えば続けられる。
だが――
「――朝か」
日が昇りかけた空を見ながら、俺は呟く。
負ける気はしねぇが――すぐに勝負を付けられるとも思えねぇ。
潮時だろう。
「ファング=コードレスだ。――名乗れよ女」
「……テレサ=エンフィール」
「覚えておこう。――次は最後までやってやる」
「逃げる気ですか?」
「追い掛けるか? その身体で?」
「……」
「――じゃあな」
沈黙を返答と理解した俺は――その場から駆け出した。
亜人の脚力だ。
人間が追えるものではない。
しかし――
「テレサ=エンフィールか……」
強い女だった。
何より、あの眼――何処か親近感を覚える。
「人間にしとくには――惜しい女だったな」




