001 白銀のハインリヒ
カレル暦190年。
獅子の月、緑翠の曜日にて人族の赤子が産声を上げる。
アーランド大陸西部に位置する大国リアネス。
その南部の片田舎、テラン。
その村を取り仕切る町長家がセイファートという名の一族なのだが、誕生した赤子はその家の者であった。
名を――ハインリヒ=セイファート。
夫・エレグスと、妻・ミティウムの間に授かったこの赤子は、珍しくも銀の髪を薄く生やす子であった。
訝しむ周囲に、エレグスは此れを吉兆だと言い、我が子を抱き、妻を労った。
曰く――是は神の血を引いた子だと。
曰く――是は天凛を持ちし子の証だと。
曰く――曰く――。
愛妻家であったエレグスは、兎角、妻に良からぬ噂を立てられるのを嫌った。
赤毛の男と亜麻色の髪の女の間に出来た子が銀髪だというのは、本人も些か気にはなる所だが、生まれてきた我が子への抑えきれぬ父性の前には、然したる事ではなかったのだ。
だからこそ喧伝した。
村中に。はたまたそれは村の外まで。
神童――ハインリヒ=セイファートの名は、本人の預かり知らぬ場で必死になった父により、周辺地域に広く知られる事となる。
そうして――五年後。
カレル暦195年。
五才となったハインリヒは、どうなっただろうか?
教育方針として、子供を褒めて伸ばすといった教育はままあるが、それでも思春期に神童と呼ばれ、期待されるのは些か辛いものがあるのではないか……?
勝手ながら、そう推察してしまう者が大半だと仮定して――彼の現状を答えよう。
結果的に言えば――ハインリヒ=セイファートは天才であった。町長エレグスの言葉は、偶然にも正しかったのだ。
子供でありながら人の機微に敏く、相手の思考を読んだような行動や言動。何事も教えれば、すぐに大人顔負けに器用にこなす技量。成長すればどのような美丈夫になるのか、今が楽しみな整った容姿。同年代。更に上と比較しても、抜きんでた剣の腕。武門の才能。
ハインリヒは完璧であった。
完全無欠であった。
町長の前だからと煽てて「よっ神童!」と合いの手を入れていた者でさえ――あれ? こいつ本当に天才なんじゃ……? ――と、手のひらを返させる程に秀でていた。
こうなってしまえばもう後は止められない。
神童ハインリヒは、その名に偽り無しと村中を駆け巡っていった。
あらあらと、まんざらでもない妻・ミティウム。
有頂天に浮かれまくる夫・エレグス。
だが――二人は知らない。
否――村の誰もが、この時は想像だにしていなかった。
本当の本当に浮かれていたのは誰だったのかを。
若干五才。神童……は、まぁ言い過ぎだとしても、確実に秀才以上である少年は、やはり人間であり、子供であり――だからこれは当然の必然。
「神童……神……ゴッド。つまりイコール俺。ああ――世界の底……見えちまったな」
滅茶苦茶、調子に乗っていたのであった。
のんびり投稿。感想待ってます。