001 教会と奴隷と亜人と~城塞都市ポンペイ~
日が落ち、夜の帳が下りた城塞都市ポンペイ。昼とはまた違った色合いを見せる夜の街中。
その奥深くに"ブラックマーケット"は存在する。
本来表では流通しないような、極めて非合法な商品を売買する市場。薬は勿論、禁輸指定された危険な毒物。亜人や魔物すらも彼等は商材の対象とした。
人の欲が顕現した市場。
それが、ブラックマーケットである。
ポンペイだけではない。
この様な市場は、この世界の何処にでもある。
有り触れている。
需要があるなら供給するのが商人だ。この世に禁忌というものがある限り、非合法な市場は無くならないのだろう。
その様な場所に――
銀髪の少年、ハインリヒ=セイファートは――いた。
「……今、なんと?」
ブラックマーケットの支配人である、小太りの男が彼の言葉をもう一度聞き返す。
「――ああ。全部だ。ここにあるもの――全部くれ」
「……」
支配人は、思わず言葉を失う。それは、ブラックマーケット始まって以来の注文の仕方だった。何より性質が悪いのは、少年が本気で言っているという事だろう。束となった一億イラ相当の紙幣を堆く目の前に積まれ、支配人は顔を膠着させる。
偽札か?
一瞬疑念を抱いたが――この印字。この肌触り。この透かし。紛うことなき、リアネス紙幣。
本物である。
だとしたら、余計困った事になってしまう。
「お客様はー、確か、奴隷をお探しだったのでは……?」
問い掛ける支配人の言葉に、銀髪の少年は返答する。
「確かにそうだったが、見てたら全部欲しくなった。買う!」
「……ッ」
頭が、おかしくなりそうだった。
一体何処の貴族だ?
買ってくれるというのならば、それは確かに有難い。太い客は店の利益にもなる。嬉しい事ばかりだ。
だが――目の前の少年は、何と言った?
全部?
いくらこのダークマーケットが、公然とした非公然な市場だとは言え、そんなに大量の商品が外へと流出したら、商工会にも目を付けられる。売る相手が、ソレをある程度分かった団体であるならば良いだろう。目の前の少年はどう見てもそう言った手合いには見えない。勘で言って素人である。
しかし、だからと言って、現金で一億イラも用意する手合いを無為に扱って良いのだろうか? 後々に、この判断が自身の首を絞める事になるのでは? と。
支配人は、悩みに悩み――遂に、答えを出す。
「奴隷だけは幾ら持っていっても構いませんッ!! お代もタダにしますッ!! ですので、商品を全て購入するのは――ッ! 何卒ッ!! 何卒――ッ!!」
その場で土下座をし、平に頼み込む支配人。
対する少年は――
「え? いいの?」
――と、軽く喜ぶのだった。
◆
「――という訳で、全部貰ってきたぞ」
「いやぁ……ははは。君が無茶苦茶なのは知っていたけど――まさかこれ程とは」
「そう褒めるなよ」
「いや、全く褒めてない……むしろすんごい迷惑だからね?」
「ふはは」
「笑っても誤魔化されないよ!?」
俺の目の前で愉快なツッコミを見せるのは、プレア=トリィという神父だ。いや――正確には神父見習いだったか。
ボサボサに伸ばした灰色の髪を適当に紐で束ね、肩口から垂らした髪型をしている。掛けられた黒縁の眼鏡や、首から下げたロザリオが印象的だな。
教会からのお下がりである黒い礼服に身を包んだ細身の男は、悪びれない俺の様子に溜息を吐いて――諦めた。
現在、俺達がいるのはポンペイ内の寂れた教会だ。冒険者として活動していた時に発見した此処を、俺は穴場として活用していた。そうして今は、貰った奴隷を引き連れ、彼等の面接会場にしようと考えていた。
「シスターテレサはどうした?」
「裏の孤児院にいるよ。見つかったら僕も大目玉だ……」
「なら、見付かる前に面接しなきゃな」
「面接って……」
プレアは、聖堂内に入った奴隷達をぐるりと見回す。
「……何の?」
「俺がこれから作る傭兵団。それに入る仲間の面接だ」
「もしかして……全員を入れるつもりも無いのに、こんなに奴隷を貰って来たって言うのかい!?」
プレアが突然、驚愕の声を上げる。
いやいや……。
「選びはするが――ちゃんと仲間に入れる気はあるぞ?」
「選ばれなかった人はどうするのさ!?」
「それは――まぁバイバイだろう。自由に生きれば良いさ」
「勝手過ぎるッ!?」
頭を抱え、絶叫するプレア。
俺、そんなに不味い事したかなぁ?
「……奴隷の中には、犯罪でその身分に落とされた人だっているんだよ?」
ひそひそと。傍に立つ奴隷の耳に入らぬよう、耳元で声を抑えて言うトプレア。
「そんな人を、無計画に解放してしまって良いのかい!?」
「んー」
正直、興味が無い。治安が乱れたとして、それは都市の自警団の連中が気に掛ける事だし。そもそも、社会に出して不味い奴を生かしておくなよと。それはもう司法の問題だろう。
そんな甘さだから世に犯罪は無くならないんだろうが、と。
俺なら考えてしまうけどな。
「分かった……君の考えはよぉく分かったよ」
おや。気付かず、声に出してしまっていた様だ。
責める様なプレアの視線が、ほんのちょっぴり痛い。
「邪魔はしないから、勝手にやると良い。シスターには黙っててあげるよ……」
「おお!」
それは確かにありがたいが――
「いやいや、アンタも面接を手伝うんだよ。まずはそうだな――連中を並べてっと……」
「どれだけ身勝手なんだよ、君は!?」
大きく溜息を吐きながら、手を広げて首を横に振るジェスチャーを見せる神父。ぶつくさ言いながらも、俺の言う通りの動きをしてくれる様だ。
うむ――やはりこいつは、生粋のマゾだな。




