004 その日、ハインはギルドでごねる
カレル暦205年。
初の月、聖祝の曜日。
リアネス領、城砦都市ポンペイの街角にある冒険者ギルドにて――
「おいぃ!? 何故買い取れん!? メッサ―ルの尻尾だぞ!? レア物だぞ!?」
銀髪の少年――ハインリヒ=セイファートは声を荒げていた。
困り果てる受付嬢の代わりに、やれやれといった体で、奥から壮年のギルド長が姿を現す。
「……卸先が無いんだ。仕方が無いだろう?」
「卸先が無いッ!? おいおい、此処は冒険者ギルドだろうがッ!?」
――それとも何か!?
――うっかりして質屋か何かと間違えたか!?
俺が当然の疑問を口にすると、ギルド長のおっさんはこれ見よがしに溜息を吐きやがる。
「ギルドっつっても、大なり小なり様々だ。……そんなにレア物ばかりポンポン持って来られても、こっちは困っちまうんだよ。この前お前が持ってきた――あれ。キングフロッグの油だって、まだ買い手は付いちゃいねぇんだぜ?」
「それは貴様らの怠慢だろうが! ――良いから金寄越せ!」
言い訳にもならん事を言うギルド長に向けて、叫ぶ俺。
「――お前は強盗か! 冒険者だってお前以外にも沢山いるんだ!! そいつらに報酬を支払ってやるためにも――今は買い取らん!!」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」
が、頑固おやじが……よく言ったァ……ッ!
「あ、あのう、ハイン君……?」
熱くなる俺を見かね、受付のお姉さんが横から口を挟む。
「ハイン君に支払ってる報酬金が高すぎて……ギルド長、冒険者の子達に自分のお金で報酬金を支払っているのよ。勿論、魔物の希少部位を持ち帰ってくれるのは助かるんだけれどね……もう少し、加減してあげるとお姉さん助かるかなぁって……?」
こそこそと、声を忍ばせながら俺にそう言うお姉さん。
しっかしこの人――なんつー巨乳……いや、下品だな。
やめとこやめとこ。
「チッ――しょうもない!」
俺は舌打ちをしながら、持ってきたメッサ―ルの尻尾を布袋へとしまう。
「あ、ハイン君! 冒険者カード!」
「……」
踵を返し、ギルドから去ろうとした俺を、お姉さんが慌てた様子で引き留め、冒険者カードを手渡した。
カードには――【ハインリヒ=セイファート:Cランク】と書かれていた。
「……わーお」
思わず、げんなりとした顔をしながら、俺は今度こそギルドの外へと出て行った。
◆
「あーあ。駄目だなぁ、駄目駄目だぁ……」
公園のベンチに思いっきり背を預け、足を投げ出しながら、俺は呟く。
折角、三時間も掛けて討伐してきたというのに――無駄足だ。
「……キッチェの奴は、まだ来ないか」
俺ことハインリヒ=セイファートは、今年で15歳の誕生日を迎える。
つまり――まだ14歳。
数か月前――邪神トゥールスレイとかいう変態と戦った後――親友のライディ=アークスは村を出て行ってしまった。
何でも、空へと消えていった妹――リィン=アークスを追うのだと言う。
魔王の子供と知った時は驚いたが、関係ない。
あいつらとはきっと――ずっと親友だ。
旅立つライディを見送った後――俺は幼馴染のキッチェを家に泊めた。
丸一日、二人で話をし――そうして、旅立つ事を決めたのだ。
もう一年なんて待ってられない。
父さんや母さんは――あまり驚かなかったな。
『まぁ、キッチェちゃんが一緒なら』
――と。
俺の信用はどうなってるのかと、思わず問い詰めたくなる言葉を返してくれた。
こうして、邪神討伐から四日という短い期間で――俺達は生まれ育ったテランを出た。
当初の予定ではリアネス王都へと行く予定だったのだが……レシィ=クリムゾンの顔が頭に浮かび、急遽、城塞都市ポンペイへと行先を変更したのだった。
だってなぁ――また絡まれたらやだし。
そんな事を考えていると――
「――ハイン~~!」
間の延びた声で、キッチェの奴が俺を呼ぶ声が聞こえた。
男みたいに短い髪をしていたキッチェは、現在髪を伸ばし中らしく、茶色いくるくるは肩まで伸びている。リボンの付いた白い帽子を被りながら、余所行きの――何処となく女の子っぽくなった服装で、此方へと手を振って近付いてきた。
「ごめんね~。ちょっと遅くなっちゃったぁ――これ、お店のケーキ!」
「お。何だ、貰ったのか?」
「女将さんがね、彼氏と食べてって」
「……何か勘違いされてるな。――後で訂正しに行くぞ」
「ええ~」
目を >< こんな風に瞑りながら、頭の上で汗を飛ばすキッチェ。
全く――能天気な奴だ。
「あ、ハイン笑ってる~」
「……笑ってない」
「ええ~絶対笑ってたよ~、にこってしてたもん~」
「してない。……てか、ケーキ屋の方はどうなんだ? 上手くやれてるのか?」
「うん!頑張って食べてるよ~!」
「おい!?」
「えへへ、冗談だよ~♪」
……お前が言うと、冗談に聞こえないんだよな……。
「ん~? なぁに?」
「なんでも~」
キッチェの声真似をしながら、そう言ってやる。
が――当の本人は気付いていない様だった。
ぐッ――滑ったみたいで恥ずかしいじゃないか……畜生。
「お店の方は大丈夫! 仕事も覚えて来たし、今日だってお客さんに褒められたんだよ~」
「……そっか。それなら良かった」
「ハインの方はぁ?」
「俺の方は――絶賛迷走中って奴だな」
「なぁにそれ~」と言いながら、ころころと笑うキッチェ。ツボが分からん。
「キッチェ――俺は決めたぞ」
「うん?」
「俺は――冒険者を辞める!!」
「ええ~~!?」
俺の宣言に、キッチェはお手本の様な驚いた声を出す。
「ハイン……まだ冒険者になってから、半年しか経ってないよ?」
「いいや、キッチェ。もう半年だ。半年経ってしまったんだ」
街の清掃や薬草の採集任務から始まり――今日まで、魔物を討伐してきた。
その結果が――【冒険者ランク:Cランク】だ。
「正直やってられるかって話だ。――俺は神童だぞ!? 何が悲しくてこんな地味にコツコツやってきゃいかんのだ!? ……薄々感じていたが、このやり方は絶望的に俺に向かん!――限界なんだよ、もう限界ッ!!」
息を切らしながら、キッチェへと力説する俺。
「んー……ハインが辞めたいなら、私はそれでも良いよ?」
「貯金あるから、暫くはハインも養えるし……」――と、何か盛大に勘違いしながら言うキッチェ。
違う。
そうじゃない。
今の仕事を辞めたいが為に言い訳をひねくり出す夫の様な事を言っている訳ではない。
だから止めろ。
その生優しい目を、俺に向けるのは止めろ。
大体――貯金なら俺だって一杯あるわ。
俺の口座見たら、絶対にたまげるぞお前。
「――ゴホンッ、……キッチェ。俺はな、思ったんだよ」
咳払いをしつつ、話を戻す。
「どんな都市にもある冒険者ギルド。だが――その実、連中はギルド間の連携が甘い。同じ看板を出してはいるが、各都市によってギルドの規模は違う訳だ。当然、大きいギルドには大きい取引が。小さいギルドには小さい取引しか持ち掛けられない」
だから――王都と違い、規模の小さなポンペイのギルドでは、卸先が無いという非常事態が発生してしまったのだろう。
もっと大きなギルドなら、このメッサ―ルの尻尾も買い取りを拒否されるなんてことは無かったと思う。
が――それも結局、希望的観測。
俺の持ち寄る商品が、冒険者ギルドの顧客の需要と会わなければ、結局は同じ事が起きるだろう。
「ならば――もういっそのこと、自分達でやっちまった方が早いと思うんだ」
ギルドを通さず、顧客と直接取引をする。
そうすれば中抜きも少なくなるし、俺も無駄に苛々しなくて済むという訳だ。
必要なのはまずは看板だろう。
仲間を増やし、組織を作る。
「俺達の――傭兵団を作るぞッ! キッチェ!!」




