001 その日、アルマナは紅茶を啜る
石畳の敷かれた四角い訓練場の上で――二人の男女が睨み合っていた。
男は騎士であった。
完全装備のフルプレート。手には槍を携え、己が相手を睨み付ける。
その立ち姿、一縷の隙も無し。
対する女――否、少女というべきだろう。
彼女の姿は対照的に軽装であった。
レザーメイルをアレンジし、身軽にしたような装備。
足首より先は太ももまでを露出させ、動きやすさを追求した服装。
手には何も持たず、己が相手を煽る様に、にやにやと口元に笑みを浮かべていた。
「……赤い方が勝つわね」
訓練場の真上、隣の棟にある観覧席で紅茶を啜りながら、私は呟いた。
もっとも、この程度のことは予知とも言えない。
ガンッ! といった音が一回。
続く周囲のざわめき。
「……そろそろかしら?」
出そうになる溜息を抑えながら、予想した声に耳を抑える私。
「――おいアルマナ!! あのガキんところ行くぞッ!!!」
騒々しい足音と共に、乱暴に扉を開け放った少女は――開口一番そんな事を言ってくる。
「――あの、ガキ?」
何でこの子は、もっと物事を正確に言えないのかしら……。
呆れながら、躾けるように、私は問い返す。
「ハインリヒだよッ!! 決まってんだろうッ!?」
「……彼はあなたと同い歳の様だけれど? ……ガキではないんでなくて?」
「あぁ!? んなもん、言葉のあやだろ!? 一々混ぜっ返すんじゃねぇよ、性格悪りぃ!」
「……」
ピクリと、自分の目尻が震えたのが分かる。
駄目よアルマナ。こんな単細胞なおサルさんの挑発に乗っては駄目。
争いは同じレベルのもの同士でしか起こらない。
私がそっちのレベルにいっては駄目。――はしたないわ。
「上で見たろ! 王国随一の騎士とか言われてたのに、小突いただけで終わっちまった!」
「あり得ねえ!」と言って、頭を抱えるレシィ。
――相手にとっては、あなたこそ『あり得ねえ』存在だったんでしょうけどね。
「アイツしかいねぇんだよ……」
「……」
「私を満たしてくれるのは、アイツだけだ……ッ!」
「……レシィ」
「欲しい……。私、アイツ欲しいよぉ、アルマナぁ……?」
「……ん」
そんな子供がお気に入りの玩具を強請るように言われても……困ってしまうのが実情ね。
レシィ=クリムゾンのこの様子は――昨日今日のものではない。
四年前のあの日――テランへと赴いた日――神童ハインリヒ=セイファートと邂逅し、敗れ去ってからずっとのことであった。
初めて全力を出し、初めて敗れた彼女は――三日ほど気絶していた。
テランへは日帰りで来ていたため――当然彼ともう一度会う機会はなく――
『何で仲間に引き入れねぇッ!? 普通ふん縛ってでも捕まえるだろうがッ!!!』
――と、大いに激昂したのは鮮明に記憶している。
勿論、アレほどの戦力は私だって惜しい。
出来る限りの交渉をした上での、その言い様だったため――その日はかなり喧嘩をした。
私と違って――彼女は未だ納得はしていないようね。
まぁ、それも仕方がないとは思っているけど。
龍族種の呪い――ドラゴン・カーズ。
レシィ=クリムゾンは、呪いに侵されていた。
ザンスが討伐した火竜・サラマンドラは彼に呪いを掛け、彼を伝って、彼の血族へと自身の乗り移りを謀ったのでしょう。
そうしてそれは――半分上手くいっている。
レシィ=クリムゾンの赤い髪。
人間種ではありえない程の膂力。
そして――抑えきれぬ闘争本能。
これらは全て龍の呪い。
特に闘争本能に関しては酷い。
我慢をし続ければ、それこそ自我を失い――人を辞めてしまうでしょうね。
彼女はそれに抗い、こうして発散する場を求めているのだ。
尤も――その力が強すぎて、発散できる相手が一人しかいないのが難点でしょうけど。
レシィはハインリヒ君を強く求めている。
それは私も分かっていたけれど、彼に同行を無理強いしない理由も、私にはあった。
『邪神の奸計により――テランにて新たなる魔王が覚醒する』
教会の女神像の前で見た、私の予見はそういう内容であった。
断片的なイメージ。
それも事件が発生する近くの教会の女神像に祈りを捧げなければ、良く見る事が出来ないという不便な力。
けれど――見てしまった予見は今のところ絶対。
ならば――そのテランに住むハインリヒ君。
レシィを破る程の力を持った彼を、予見された場所から遠ざけてしまうのはどうなのかと、考えてしまったのだ。
私の行動が――更なる悲劇に繋がるのではないのかと――恐れてしまった。
「あれから四年だぜ……? 四年もヤらずに我慢してんだ。もう限界だよ……ッ!」
――四年。
――そうね、もう四年も経った。
予見には、ソレがいつ起こるのかが抜けていた。
念の為、使いを出して月毎に連絡を入れて貰うようにはしてあるけれど――
「――確かに。そろそろもう一度、足を運ぶ時なのかもしれないわね」
「じゃ、じゃあ――ッ!!」
「いいわレシィ。お母さまに言って二日後に城を立つわ。あなたもちゃんと準備を――」
「や――」
「……や?」
「やったぁあああ――――ッ!!!!」
「――」
訓練場にまで響く様な、大きな声。
いやだわ。
予見していたのに――ガードが遅れた。




