012 邪神討伐-Ⅰ-
「ハァ……??」
邪神トゥールスレイは、この時――困惑していた。
魔剣ディープセクターは、邪神も知る古代――神話の時代に鍛造された剣だ。
その凶悪さ。
今世にさえも形を残す呪いの濃さを、邪神はよくよく理解していた。
決して人間が振るえるものではない。
普通の魔族……エルフでも無理だ。
魔王の血族。アレを創りしモノと同一の純血種である彼等だからこそ扱える代物なのだ。
――それを、何故目の前の人間は振るうことが出来る???
いや、そもそも。
あの人間……ハインリヒ=セイファートは、己に向けて何と言った??
――神童???
いや、引っ掛かりは覚えるが、戯言だというのは理解できる。
もっと新鮮な。
決して……決して決して――己に向けられた事のない言葉。
七大邪神――狡知の邪神トゥールスレイを指して――
「――雑魚と、言ったのかぁ??」
その不敬。
怒りよりも先に驚愕してしまう。
――初めてだった。
――創世よりも生きてきた己が、多くの怨嗟の声を浴びてきた己が――
初めて――雑魚と呼ばれた。
敵対する女神。同じ邪神にさえ、そんな口を利かれた事はなかった。
「――は、はははは」
笑う。嗤う。哂う。
これを嗤わず――何を嗤えば良いッ!??
「ボクに勝てるとぉ……??」
「――楽勝だ! ――馬鹿野郎!!」
赤い粒子を放った剣戟が――己を両断せんと飛んでくる。
大言壮語。
語るは良いが――その速度、魔王の娘にすら及びもしない。
避けても良し。受けても良し。
だが――ここはその口の代償を支払って貰おう。
――空間殺。
邪神トゥールスレイが持つ権能は――空間を扱うものである。
ソレは自身を飛ばす事は勿論、攻撃だけを対象へと転移させる事も出来る。
――跳ね返してやろう。
自身が振るった剣で。
幼馴染が命を掛けて持ってきた剣で。
貴様の首は飛ぶ。
――ああ、そうなったらソレは、どんな悲劇だろうか。
「――くくくく、はははははは!!」
想像する結末に身震いし、笑みが止まらない。
辛抱溜まらず、諸手を広げて斬撃を己が胸に迎え入れるトゥールスレイ。
『――空間』
「転移――だろうがァッ!!!」
「――ハ?」
ハインリヒ=セイファートの一撃は、想定通り邪神の胸部へと向かい――歪ませた空間を通らずに――その背部を袈裟斬りにした。
「……ッ」
肉を断ち、背骨を断った。致命の一撃。
だが――死にはしない。
この程度で滅する程、邪神というものはか弱くないのだ。
「――ッ」
重力を無視した様な動きで空を駆け、ハインリヒへと距離を取る邪神。
同時に、自身の獲物である呪杭を五本投擲――目の前の人間へと転移させる。
が――
投擲した杭は――全て己の身体へと跳ね返ってきた。
「……はははぁ??」
両足に突き刺さる五本の杭。
移動を制限された邪神へと――ディープセクタ―の斬撃が迫る。
『――空間、転移』
自身の権能を発動させ、上空へとその身を現す邪神。
何が起こった?
状況を確認しようとして――その身の違和感にようやく気が付く。
回避――出来てない。
ハインリヒ=セイファートの剣は、トゥールスレイの身体を両断していた。
「……あぁ~??」
腰から切り離され、上半身のみで宙を舞いながら――トゥールスレイは眼下の人間へと視線を向け、観察し、考察する。
魔剣ディープセクタ―とハインリヒへのパスは確実に繋がっている。
あの魔剣の特性は吸収と変換である。
何百層もの魔術防壁で守護された我が身を、一撃で切り裂く攻撃力。
それは、使用者のマナを吸収せねば出せぬ力であった。
だが、それならば何故ハインリヒは立っている?
特異体質か。
マナの貯蔵量が人並み外れている……?
いや、違う。
あの人間は、周囲のマナを取り込んでいる。
魔王覚醒。邪神降臨により発生した――大規模のマナ溜り。
それらを取り込み、自分のものへと急速に変換する事で、奴はあの剣を振っているようだ。
――それは一体、どんな処理速度だろう?
外部のマナを自分のものへと変換する。
それ自体はありふれた技術だ。
だが、問題はその変換速度。
ディープセクターのマナの吸い込みは、大地に刺せば一刻程で国を腐らせる程である。
間に合う筈が無いのだ。
そんな力業。
人間に――出来てたまるものではない。
――それに、もう一つ。
「……おかしいねぇ、おかしいよぉ君ぃ……ありえない。ありえないありえないぃ!??」
ギリッと。歯を噛み締め、ハインリヒを睨む邪神。
「――何故使えるぅ!? ボクの権能ぉ!???」
◆
――お前の権能を何故使えるかって?
阿保か。
馬鹿の一つ覚えで何度も何度も空間転移しやがって。
あれだけ見せられりゃ、誰でも出来るわ。
無詠唱極地集中――無の属性・反発の永続重奏。
反発に反発を重ねて反発返しして、さらに反発――行き場を失った力は空間に穴を空ける。
空いた空間はこの世界の矛盾だ。
同じ要領で出口側を作ってやれば、空間転移の土台が完成する。
原理さえ分かってしまえば――ちゃちなワザだ。
誇るものでも、何でもない。
――話を聞いているだけでも不快だ。
――死ね。
――迅速に、早急に。
――今すぐ死ね。
斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って――斬りまくる。
「がぁあああ――ッ!! あぁああぁああああ!!!??」
斬られまくった邪神が、瞬時にその身を再生させ、身体を膨張させる。
まるで不死だな。
「あああぁぁ!!??」
膨れ上がった筋肉で、瞬間移動の様な動きをして俺へと突撃する邪神。
俺は来ると分かっているそれを横にずれて回避すると、すれ違いざまに一太刀浴びせる。
「……」
頬に飛んだ黒い返り血を手で拭いながら、俺は倒れ伏す奴の姿を観察する。
切り裂いた傷口が蠢き、アメーバの様に再生する邪神。
魔剣の一撃は確かに奴へと通っている。
だが――それだけで奴を倒せるとは思えない。
リィンとの戦闘時、奴は位相をずらした言っていたが……それもブラフかもしれない。
何かカラクリがあるのだろう。
「――ふう」
自分でも驚くほど、冷静になっていくのが分かる。
振り切った怒りが、俺の身体・意思・行動を効率化させ――邪神を討つだけの機構へと変じさせる。
周囲一帯、いや――それよりも更に奥深くまで、マナの流れを俯瞰する。
深く――深く――潜っていくと、思考をする自分と、現実に戦う自分。
二つの自分が生まれていく。
極限にまで集中した際に訪れる事の出来る――刹那の海中。
ソレに身を浸しながら――俺は邪神を見続けた。
空間転移を織り交ぜながら、閃光の様な速度で凶刃を振るい続ける邪神。
それは時として、魔術の波状攻撃。
それは時として、召喚術を駆使した物量戦。
それは時として、膨張し、巨大化させた体躯での質量戦。
その場の地形が変わってしまう程の戦闘の中――傷一つ負わずに、表情すら変えずに、俺はトゥールスレイを見て、観て――視た。
そうして――見つけた。
「――はは」
苦笑する。
何だ、そういう事かと。
合点がいったと笑い――
「――死ね」
トスリ。と、邪神の額を剣で貫く。
◆
アヴァターと、言うらしい。
神という存在は、そのままではこの世界に降臨する事は出来ない。
その姿。体積が、存在が、容量が――あまりにも大きいから、この世界に入れない。
だから神は、この世界へと干渉する際、自身の写し身――アヴァターを用意すると言われている。
聖書・神々の豊穣。
その一節へと書かれていた文言は――正しかったのだ。
「あぁ??? 何で……刃が……神体にぃ!!????」
「……」
「――痛い。痛い痛い痛い痛い痛――ッ」
「――黙れ」
邪神の身体から繋がる、一本のか細い線。力の通じ道。
それが何処へ繋がっているのか――最後まで追跡する事は出来なかったが、これも応用だ。
「お前は俺に――空間術を見せ過ぎた」
中間が追えずとも、点と点のマナを結び付けられれば、居場所は分かる。
「ライディ達を傷つけ、キッチェを殺した貴様の罪――死でもって贖え」
「――」
無詠唱……魔法陣を前方に永続多重奏展開。
「やめろぉ……」
属性は――滅。
無属性を掛け合わせた、俺の新しい魔術理論。
新たな属性。
「――やめろぉッ!???」
不死だろうと何だろうと関係ない。
これは――永遠に殺し続ける術法だ。
滅属性・第一魔法――『エラー』
剣を伝って行使したソレは、奴の神体へと届き――邪神はその身を崩壊させた。
砂となり、塵となるトゥールスレイ。
創世より多くの生命を奪った――古の道化師が、今――斃された。
「……終わったぞ。キッチェ……」
目を瞑り、呟く。
達成感も何もない。
俺は――ハインリヒ=セイファートは――ただ、虚しさを覚えていた。




