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ハインソード・サーガ  作者: 威風
第1章 ~邪神降臨編~
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010 血の覚醒~嘲笑う邪神~


 この世界には、明確に神と呼ばれる者が存在する。

 聖書・アズワルド創世記には、初めの頁にこう記されている。


 創造の女神カレルが、この世界と生命を作り――

 慈愛の女神アルフロアが、その愛でもって育み――

 試練の女神ククゥリエが、正しさを導き――

 天杯の女神ローディアンが、裁定する――と。


 世界は四柱の女神により創造され、我らは常に導かれている。


 しかし、それでも争いは存在する。


 人間と亜人と魔族。……種族の違いによる不和。

 富と貧困。……貧富による格差。

 性質の不一致。……正しさ故の曲げられぬ争い。


 これらは決して無くならない。何故なら、争いは自然の摂理だからだ。


 けれど――その火種を。


 敢えて大きくし、娯楽として消費する悪魔の様な存在が――この世界には、いる。



 ――七大邪神。



 狡知の邪神トゥールスレイ

 暴虐の邪神アルバルヴァ

 哀願の邪神マーケスタ

 色欲の邪神ペンティアム

 狂奔の邪神フィアテレッサ

 反転の邪神オルケイン

 終焉の邪神アンセム



 聖書に示され。

 更に実際に歴史書に記され。


 今もなお時代の節目に存在を認知されるもの――邪神。



 それが今――カレル暦204年。

 山羊の月、黒土の曜日。


 アーランド大陸西部に位置する大国リアネス。その南部の片田舎、テランにて――


 ――降臨する。







「はぁああああああッ!!!」



 裂帛の気合と共に空を駆け、邪神トゥールスレイへと突撃するリィン。

 両手には無詠唱『エア・クリエイト』により作られた魔術の双剣を顕現し、振っていく。



「はははは! あはははははははは!!」



 馬鹿にした様に両手を広げ、背後へ飛んでいく邪神。

 追い縋るリィンの姿は閃光の様で、傍目には赤い線が走っている様にしか見えない。



 だが――それでも当たらない。



 上下左右と縦横無尽に走る両者。

 あまりにも力量の違う争いに、俺とライディは立ち尽くす事しか出来なかった。



 魔王の力に目覚めたリィンの実力は――俺達を遥かに超えていた。


 だが――そんなリィンでも、邪神トゥールスレイを相手に掠り傷すら負わせられない。



「リィン……」



 下唇を噛み、悔しそうに目の前の光景を見詰めるライディ。


 気持ちは――分かる。


 だがどうすれば良い?

 相手は教科書にも載る様な化物だ。


 地方によっては子供を寝かしつけるのに『トゥールスレイが来るよ』と唄があるくらいだ。


 狡知の邪神トゥールスレイ。

 直接戦闘するタイプではなく、その狡猾な智謀でもって人々を操り、破滅させるという。

 かの邪神に滅ぼされた国は数知れず。

 帝国地方の亜人の部族はその全てを灰にされたと聞く。



 人間・魔族・亜人・魔物・龍族・妖精属・精霊……。


 この世界に存在する、生きとし生ける生命の――天敵。



 それが――邪神。



「リィンが負けたら……俺達も終わりか……」



 弱気な声が、ポツリと出てしまう。


 聞こえてくる戦闘の音で、その言葉はライディの耳には聞こえなかった様だ。







「やるねぇ!やるねぇ! ほら、もうちょっとだよぉ? ほれほれほれぇぇえ??」


「――ッ、ふざけてッ!」



 苛立ちながら、私は剣を振るう。

 忌避していた化物の力。

 お父さんの力。


 だけど――今だけは私に力を貸してほしい。



「おしいいい――ッ!!」


「――ッ!」



 完全に入ったと思った斬撃を、文字通り首を折って回避する化物。



「強くなってるねぇえ? ……戦いの中で、血が昂ってるのかなぁ??」


「……」



 息を切らしながら、私は一旦攻撃の手を止める。

 魔法剣……ハインから教わった魔法……だけど、こいつを倒すにはソレだけじゃ駄目だ。



「何でそんなに必死なのぉ? ボクは君に用があるんだよぉ?」



 目の前の空間が、揺らぐ。



「君がボクの言う事を聞いてくれたらぁ……お兄ちゃんは見逃してあげてもいいよぉ??」



 ――耳元で、道化師が囁く。



「くッ!!」


 

 鋭く変異した爪で、道化師を切り裂こうとするも――躱される。



「それともハイン君の方が良いかなぁ?? でも駄目駄目。二人は欲張りだぁ」



 陽気な態度を一変させ――邪神は囁く。



「助かるのは一人だけ。――もう片方は無残に殺す」



 脅す様に、弄ぶように、道化師は言った。



「……それを――私に選ばせたいのね……」



 最低な趣味。

 けれど、私は分かっていた。


 こいつの本質を。――やり口を。



「――私達の家に、火を付けたのはあなたでしょう?」


「うふ?」


「――人を操って、殺させた」


「分かってんならいいやぁ……そだよ? 傑作だったなぁ、君もあそこでスッキリ――」



()()()()――そうだよね?」



「……へぇぇえ??」



 トゥールスレイの声色が変わる。

 あまりにも似ていた。似すぎていたのだ。


 それこそ、同一のものが企てた犯行だと――今になって気が付いた。


 そしてその想像は――間違って、ない!



「お前……母さんを殺したな? 人間だった母さんを……焼き殺したな?」


「……」


「父さんを……優しくなっていた父さんを――狂わせたな?」


「……」


「……許さない。絶対に」



 ――許さない。



「許さないって――具体的にどうするのかなぁぁああああ???」



 空間が歪み、再び背後へと回り込む邪神。

 その手には大鎌を持ち、此方へとその凶刃を振りかざしてくる。



「――リィン!!」



 地上にいるお兄ちゃんが、悲痛な声を上げる。



 ――大丈夫。

 ――絶対に――仇は討つから――。



「――あ?」



 刃が触れる寸前――振り返ったリィンの髪は――赤く、紅く、朱く――




 空間転移により、離れた場所へと出現する邪神。


 その姿にはあるべきものがなかった。



 元より異形である邪神。

 その身体に流れるのは黒い血であることを――この日、ハインリヒは初めて知った。



「……腕を、取ったのか?」



 あの一瞬で。

 ……リィンが?



「あの髪、父さんと同じ色をしている……」



 呆然としたまま、ライディは変貌した妹の姿を見て、そう呟く。



「完全に目覚めたのか――リィン」



 ――そこからの展開は早かった。


 魔王の血に目覚めたリィンは、その圧倒的身体スペックにより、邪神トゥールスレイを追撃し、疲弊させていく。


 繰り返される空間転移。


 だが、時を止めたかの様なリィンの速度には到底敵わず、邪神は徐々に追い詰められていった。



「はは、ハハハハハ! 何だこれ? なぁんだこれぇ???」



 両手と右足を失い、仮面の下から黒い血を吐き出しながら、邪神は狂笑する。



「こんなに強くなっちゃさぁ……もう人並みの生活なんて、完っ全に無理だよねぇ??」


「……」


「理解者なんていないよぉ? 君は枠から外れたぁ! 生命の枠からだぁ!!」


「……」


「父親より強いよぉ……誇って良い。――君は、化物だ」



「……滅べ」



 リィンが呟くと、邪神の身体から黒い炎が上がっていく。


 魔術……ではないだろう。

 あれほど強力な炎は――火属性の位階には存在しない。



「あ! あああ! ああああああああああああ!!?」



 消える。消えていく。

 あれほど恐ろしかった邪神が。トゥールスレイが――リィンの手によって消えていく。



「……」



 やがて炎は消え――邪神は完全に消滅する。



「勝った……のか?」


「リィン……」



 呟く俺達を、リィンは悲しい瞳で見つめていた。


 ……おい、何だよその表情。

 ……トゥールスレイの奴の言葉を気にしているのか……?



「……リィン」


 

 ライディにも、その空気が伝わったのか、妹の姿を固唾を飲んで見守っている。


 ……おいおい。

 ……もう全部終わったんだ。


 ……もう良いじゃないか、そのまま帰ってきてくれれば――



「――ッ! まだだ! リィン――ッ!!」



 舞い上がった黒い粒子が――リィン=アークスの首を掴む。



「な――ッ!?」



 丸まった粒子は蛾となり、リィンの手足を包み、彼女の口内にまで侵入する。



「!!」



 突然の異物感に、涙目になりながら身を捩るリィン。

 だが、彼女の拘束は解けない。



「――位相を、ずらしたんだよぉお??」



 聞きたくもない声が、その場から響く。

 集合した蛾は、やがて形を変え――姿を変え――邪神トゥールスレイへと変貌する。



「邪神を滅ぼしたいならぁ、――位相を固定しなきゃぁ駄目だよぉ??」


「――」



「幾ら巨大な力を持っていても、意味はない……。とはいえ、位相の固定なんて、古代のアーティファクトでも無い限り、無理だけどねぇえ??」



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