046 チェスとの死闘~ルーク戦~
「こっちだ! 皆さん急いで!!」
「クルス! こっちの避難は完了したぞ!! お前の方は?」
「ハッ! 今の集団で最後です!」
「そうか。ならば急ごう。俺も一緒に避難民の警護に着く。……スマンな。学生なのに手を貸して貰って」
「学生かどうかは今の状況では関係ないかと。それに、数か月後には正式に軍隊に入っておりますので」
「なら、それまでは死ねなよ」
「……はい」
クルス=オーグメントよりも年上の若い騎士は、そう言って避難民の元へと駆けて行く。
殿を務める為に彼等から遅れながら歩き出したクルスは、ふと通路の角へと視線をやる。
何が気になったという訳ではないのだが……彼は態々足を止め、その場の光景を見た。崩れ落ちた建物の損壊は凄まじく、通路へと土砂の様に広がった瓦礫は道を塞いでしまっていた。
爆弾が直接炸裂したのだろう。
見知った街の破壊された光景に眉を顰めた頃。彼は瓦礫の中心で一人の人間が倒れている事に気が付いた。
「……死体か?」
近付くべきか否か。
一瞬躊躇しながらも、彼はその亡骸へと足を向けた。
「……」
頭の中で警鐘が鳴る。
それ以上ソレに近付くな。見てはいけないと本能が叫ぶ。
「……」
それら全てを無視しながら、クルスは少女の死体へと向き直る。
ロア=ハーレス。
学院の女教師。己が恋した女性はその身体に爆風を受け、身体中が焼け焦げた状態でそこに寝ていた。
唯一無事なのは、その顔だろう。
整った顔は苦悶の表情を浮かべる事無く、何が起こったのかも認知せずに彼女が逝ってしまった事を言外に現していた。
救いと言えば救いかも知れないが……。
「やめてくれよ……こんな所で……」
小さく呟きながら、クルスは彼女の頬へと手をやる。人の体温を感じさせぬその冷たさに、彼は己の心臓すらも冷え切っていく。
≪――横に飛べ、クルス=オーグメント≫
「!?」
突如。己の腰に下げた聖剣より響く女性の声。
驚いた為に反応が遅れた。
彼は背後より飛来してきた鉄球を腰部に食らい、瓦礫へと埋まる。
「な、何が……」
≪反応が悪い! 追撃が来るぞッ!!≫
「――ッ!?」
聖剣からの警告を受け、クルスは素早く瓦礫から這い出ると、その場から飛んだ。直後に鎖の付いた鉄球による地ならしが彼がいた場所へと行われる。
「ロアッ!!」
鉄球による破壊に巻き込まれ、ロア=ハーレスの亡骸が宙を飛ぶ。
≪ただの死体だ。気にするな。それよりも――≫
激昂するクルスに冷や水を浴びせながら、喋る聖剣は迫る敵への警戒を促す。
角より現れたのは腹の出た巨漢の男。黒い軍服に身を包んだ彼は、その手に先端が鉄球と繋がった鎖を持ち、もう片方の左腕には身の丈大の大きさを持つ強大な腕甲を肩口より嵌めていた。
「人ぉ、み~つけた♪」
歯抜けの口で笑みを浮かべながら、男は新しい玩具を見る様な無邪気な瞳でクルスを見詰める。
「……? ――ッ!? き、貴様……その手のものは……ッ!?」
「あ゛~? ごれぇえ? もういらな~い」
巨大な左腕により挟んでいたものを、男は興味を失ったかのように地面へと放る。
それは、先程別れた若い騎士の亡骸であった。
ぐちゃぐちゃに潰れたその死体を見下ろしながら、クルスは不吉な予感を感じつつも、訊ねずにはいられない。
「他の、民間人は……?」
「んぇー? みんかんじん……? あー! 潰した! 潰したよぉー皆。全員ぐちゃぐちゃにした! おでぇ、いっぱい殺してこいって、クイーンに言われたから、頑張ったんだぁ!!」
「……ッ」
≪怒るな。冷静さを維持しろ。でなければ君もやられるぞ≫
「さっきから……ッ! 何なんだこの剣!?」
頭を掻き毟りながら、クルスは展開される状況に毒づく。何よりも彼が頭を悩ませるのはその剣の声であろう。
聞き間違う筈がない。その声、その喋り口調……。
「どうなっているんだ!? ――ロア!?」
≪馬鹿、集中――ッ!≫
「さいごのいっぴき。ファット・ルーク、い゛くぞぉ~ッ!!」
名乗りを上げて突進する巨漢の男。ファット・ルーク。彼が左腕の指を広げると、クルスの視界は百八十度、闇に覆われる。
背後は瓦礫により行き止まりである。
場所取りの悪さに舌打ちをしつつ、クルスは前方に飛んでソレを回避。難を逃れたと息を吐く間もなく、腕甲の裏拳による打撃が彼の右半身を襲った。
「うぐッ!?」
壁に叩き付けられながら、ファットの間合いより離れようとするクルス。衝撃で足を挫いたのだろう。覚束ない足取りでは飛んでくる鉄球は避け切れず――
≪――聖剣、強制覚醒――≫
声と共に剣より広がる閃光。
その時、クルスの視界は真っ白に覆われた。
◆
目の前に広がるは星の光か……?。
空気は無く、音もない。
時の流れすらも、もしかしたら無いのかもしれない。
上下左右の概念はなく、唯々漆黒へと浮かぶ己を他人事の様に見詰めながら、俺は目の前の存在へと注目した。
黒に塗り潰された輪郭は視えない。辛うじて視認できるのは一糸も纏わぬ女のものである白い胸元と、彼女の唇だけであった。
――これは、ただの保険だったんだけどね――
空気を震わせずに、出した声。
女は直接、俺の脳内へと語りかけている様だった。
――人を構成する核とは何なのか……脳か? 心臓か? 魂というものに定義付けを求めるのは、学者の悪い癖なのかも知れないが、私はそれこそがマナであると感じていた。人は死ねばマナとなる。マナとなった身体は空へと浮かび、地上を巡る。巡ったマナが胎児へと宿り、新しい生命を生み出す。これこそが俗に言う輪廻転生。どうだ? 素敵だと思わないかい?
――仮にこの説が本当だとすると、マナというものの可能性は計り知れない。そこへ注目した私は、己の身体を構成するマナを抽出する技術を研究した。抽出したマナは実験として聖剣・エーティーへと長い年月を掛けて注入・蓄積される。しかしそれでも量が足りなかったのだろう。己のコピーとして頭脳の代替を期待した聖剣だったが、終ぞ意識の覚醒はせず……私自身が死に、その身をマナへと還元されてから、それを取り込む事で漸く意思を持つに至ったんだ。
……正直、難しい話は俺には分からない。
けれど――
全ては巡り合わせであった。
そう語った彼女の最後の言葉だけは、妙に納得した。
声の主――ロア=ハーレスは、俺の手を優しく握る。
感じるのは彼女の体温。
あの時、触れた冷たさは、今の彼女からは感じられず――
俺の心に、小さな焔を灯す。
――死んでしまってごめん。
だけど、私は君のすぐ傍に居るから――
声は優しく俺を包み込む。
ソレを意識する度に、熱く上昇する体温。
全身の血液が沸騰したかの様な感覚に、俺は――クルス=オーグメントは堪らずに声を上げる。
――覚醒の、声を。
「――エーティーッ!!!」
◆
閃光が晴れたその場には、一体の鎧が顕現していた。
獅子の様な兜の全身鎧。
紅い雫を目元より流したその鎧は、手に掴んだ鉄球をそのまま片手で握り潰す。
「――あでぇッ!? 何でッ!? さっきのおどごはぁ!?」
「オオオオオ――ッ!!!」
「ひぷぅっ!?」
咆哮する獅子に気圧され、一歩後退するファット。
だが、その事が彼の自尊心に傷を付けた。
「ふ、ふざけんなごのぉ~~~~ッ!!!」
「――ッ!」
額に青筋を浮かべながら、ファットは彼の武装であるオーバー・ハンドプレスを獅子鎧へと向けた。太く堅い鋼鉄の四角指は、得物を確実に手中へと収め、その指を閉じていく。
が、その動きは半ばで止まった。
まるで石ころを握っている様な堅い感触。
潰す事など到底出来ない。
鎧の頑強さにファットが冷や汗を流した頃、彼自慢の武装の中指が関節の逆方向へと折れていく。
再び姿を現す獅子鎧。彼はその手でもって鋼鉄の指を押し、そのまま曲げて見せたのだ。
堅さだけではない。力も桁違いであった。
「オオオオオオオッ!!!!」
繰り出される拳打。拳打の嵐。
鋼鉄を飴の様に曲げながら繰り出される拳の雨は止むことはなく、巨大な腕甲を見るも無残な鉄屑へと変えていく。
「あ、あああああああ――ッ!!?」
絶叫するファット。
目の前で展開される暴力は指向性を持っていた。
己の敗北。――死という方向へと向かう力。
鎧は吠える。
叫び腕を振るっていく。
血の涙を流しながら――鎧は、クルスは怒っていた。
「いっ、やだぁ――ッ!!!」
武装を切り離し、その場から逃走を図るファット。
その背を獅子は逃さない。
≪君こそが聖剣だ。その手は――万物を貫く刃となる≫
――獅子聖剣の貫手。
右手より繰り出された獅子の貫手は、ファット・ルークの心臓を穿つ。地面に零れる大量の血液。咆哮と共に潰されたソレを見下ろしながら、巨漢の帝国兵は血だまりに突っ伏すのだった。




