1-2
デートの時間はすぐにやってきた。
「おまたせー、着替えるのに時間かかっちゃってー」
「そんな、僕も今ついたところで、待ってなんかいませんンンン!?!?」
声の聞こえる方へ振り向くと、真面目な服装できちっとしたポロンさんの姿しか見たことがない僕は初めて彼女の私服を見た。
白くエアリーなブラウスにフレアラインが美しいスカート。
気品があり大人な女性を表現しているはずなのに、柔らかく親しみ深い服装。
僕はそんなポロンさんに数秒、数十秒、目を奪われてしまった。
「どうかな? ふふっ、私も人と出歩くことなんて久しぶりだから気合いれちゃった」
少し恥ずかしそうにスカートの裾をあげ、見せつけるようにこちらに問いかける。
「とっ、とても! お似合いだとお、お、思いますよっ!!」
「そう? ありがと、じゃあ行こうか! いざ、戦場へ!」
「えっ、あっ! はい!!」
書物というのはダンジョン内で使用できるアイテムで、事前にその本に魔力を詰め込んであり、本を開くだけでその魔力を使って特殊な力を発動させることができる代物。
先程ポロンが言っていた敵しばりの書物はその名の通り、本を開くだけで敵を硬直させることができる。ただし一度だけ。
硬直した敵は攻撃をくらうか、アイテムを使用されない限り動き出すことはない。
ここぞという場面で一気に形勢を逆転させることができる書物の中でも随一で汎用性が高い。
じゃあその書物をいっぱい持っていけば? と思う人もいるだろうけどそういうわけにもいかない。
なにせ書物一冊一冊が馬鹿みたいに分厚いし、重い。
ダンジョンに持ち込めてせいぜい三冊が限度、それ以上は移動や戦闘に影響する場面ができる。
特に智也の戦闘スタイルは、素手による物理攻撃に特化しているため、できるだけ身軽に俊敏に動くことができることが望ましい。
「智也くんはさ、なんで武器とか使わないの?」
歩いている最中、ポロンは何気なく今まできにしていたことを口に出す。
「なんでって言われると、なんとも……でも、このスタイルが自分にあっていると思うんです。」
智也は拳を突き上げ、
「魔物を武器を使わず、素手で倒す、かっこよくないですか?」
自信ありげな顔でそう言った。
「かっこいい……か」
「そうです!」
「自分の格好を気にしているうちは、ダンジョンを攻略なんて一生できないと思う」
いつもと違うポロンの真剣な物言い。
本気で智也にダンジョンを攻略してほしいというポロンの願いも籠もっていた。
「私は、そう言ってやれ両手剣だのチャクラムやらを持って冒険に出て、帰ってこなくなった人たちを知っている」
ギルドの受付をしているからこそわかる、そう伝えたいのだろう。
不思議なダンジョン、死なないとわかっていても力尽きる間際は苦痛を味わうことが確かで、それをトラウマとしてかかえ冒険者をやめた挙げ句廃人となる人も少なくはない。
「もし、周りを気にしてそのスタイルでダンジョンに潜っているなら、私は二度と智也くんをダンジョンに潜らせない」
「ちょっと、落ち着いてくださいよ、ほら着きましたよ」
そんな会話をしているうちに目的の書物店へ到着していた。
「……ごめんなさい、取り乱したわ」
「いえいえ、さぁ入りましょう」
店の入口はガラス張りになっていて多くの冒険者達が書物を求め会計に並んでいる様子が外からも伺える。
「三十分も前にきたのにすごい混みようですね」
「えぇ、これは私達も負けていられないわね!」
ポロンはよぉし! と気合を入れるように頬を両手で叩いた。
扉を開けると、カランッ! という音が鳴り、会計のために並んでいた人たちが一斉に智也たちの方向を向いた。
恐らく自分の狙いの書物が取られるとかそんなことではない。
店内にいる冒険者のほとんどが男、つまり嫉妬だ。
むさ苦しい店内の中、ポロンのような見目麗しい女性が来店してきたが、隣に青二才のガキを横につれていることが気に食わない様子だった。
「なんか殺気を感じません?」
「そうね、私と来たのは少し失敗かもしれないわね」
薄々智也たちも気づいており少し背を低くして並んでいる書物を漁る。
獄炎の書物、風撃の書物、水遁の書物、暗視の書物、ひでりの書物など、書物専門店ということだけありかなり豊富な種類の本が置いてあった。
気になる値段は、一律千マニーのところを今日限定の二十%オフで八百マニー。
「やっぱり少し高く感じますね」
「そうねぇ、やっぱり仕入れ値と利益を考えるとこのくらいの価格になっちゃうのかもね」
八百マニーあれば回復ポーションが八瓶は買える。
素手による接近戦を好む智也にとって回復ポーションは即時に体力を回復させることができる重要アイテム。
それが八瓶となるとそちらを優先したくなる節が大いにあった。
「あった、これこれ」
ポロンが手に持った書物はもちろん敵しばりの書物、そしてもう一冊。
「もう一冊はなんですか?」
智也がそう声をかけるとポロンは隠すようにもう一冊の本を持った手を背中に隠した。
「秘密」
「なんですかそれ……」
「そんなことよりこれ」
手渡された一冊の本、その分厚さに負けずかなりの重量を智也は感じていた。
(これをダンジョンに持っていくのか……)
智也の頭の中にそんな考えが浮かんでしまった。
本を片手に真剣に悩む智也をみて、ポロンが肩を叩いた。
「まぁさ、別に使わなくてもいいのよ」
「え?」
「でもさ、私は智也くんに冒険者として死んでほしくないの。君結構可愛いからさ」
「……」
少し照れくさそうに智也を見つめるポロン。
「会計、向かおっか」
「はい」
セール始まるまで五分、会計の前には先程よりも多くの人が並んでいた。
店の入口から店内を一周するようにできている列に智也たちも並び始めた。
「創立記念セール開始です!!!」
その掛け声と共に列が動き始めたが、数歩進んだところでまた止まってしまった。
「これ、買うまでに何時間かかるんですかね」
「さぁ?」
「さぁ? って……」
「いいじゃない! それまでゆっくりとお話できるわけだし」
「それもそうですけど……」
「私気になってたんだー、智也くんの戦闘スタイル」
「へ?」
「いやさ、素手で戦う人なんてそうそういないから、結構気になってたんだよね」
シュッ! シュッ! と腕を曲げ、構える姿勢を取り、ジャブをするフリをする。
ぽかんとしてる智也にポロンは少し恥ずかしさを感じたのか、構えていた腕をおろし端に展示されていた高級書物に目を泳がせた。
そんなことをしていたときだった。
入り口からカランッ! という音がすると、ビキニにスカートという露出の多い派手な服装の女性が入ってきた。
書物を買いに来た冒険者……のように見えるが、その足取りは軽く、一目散に智也の前へやってきたのである。
「あの、沖汐智也さんで間違えないですか?」
ポロンと会話していた智也は自分の名前を呼ばれたことで咄嗟にビキニの女性の方を向いた。
「えっ、そっ、そうですけれども」
「ふぅ、良かった、あの、出会って数秒も経たずに申し訳ないのですがお願いがあって来ました」
安堵のため息を漏らすと真剣な口調でそう言う。
「お願い……ってなんですか?」
「私と、探検隊を組んでほしいんです」
ここまで読んでくださりありがとうございました!
次回、というか今回も最後に出てきましたけど、智也の冒険者生活を大きく変えるキャラクターと接触します!
頑張って魅力あふれるキャラに仕上げていきたいと思っていますのでよろしくおねがいします!