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僕は今死にかけている。
ダンジョンに挑んだはいいものの、「アイアスの森」の八階にのみ発生するレアエンカウント、「キングエレファント」のいるフロアに足を踏み入れてしまったのだ。
運がいいのか悪いのか、まだ冒険者になりたて、ということを考慮すると恐らく運が悪いと思う。
隠れながらゆっくりと、ゆっくりとやり過ごそうとしたのだが、人間の気配に一度でも気づいた魔物は視界から消えるまで追い続けてくる。
そして、必死で逃げたが……結果、追いつかれ、通路の行き止まりまで追いやられた僕は、キングエレファントに踏み潰されそうになっているのだ。
「嘘だろ……」
直訳でゾウの王様、大きさも規格外で通路も横の壁スレスレで追いかけてきた。
そんなゾウに踏まれそうになっている。
死も間近ってところだ。
「プルォォォオオオオオオオオン!!!!!」
プチッ!
――僕の今回のダンジョン攻略は失敗に終わった。
ゲート前に戻された僕の手持ちのお金はゼロ、持ち物ゼロ。
「くっそ……なんでわざわざレアエンカ部屋に階段があるんだよ!!」
地面を拳で叩きつけ、悔しさを声に出す。
数ある不思議なダンジョン中でもアイアスの森はかなり攻略難易度が低いと言われている、そんなところで失敗なんて周りに言うのも恥ずかしいってもので、周囲にいた冒険者達が僕のことをあざ笑うように見ている。
赤面した顔を隠すように僕はその場から全速力で逃げる。
脇目も振らず走り続けて着いた先は、ギルドと呼ばれる冒険者支援施設。
この施設は、ダンジョン内で手に入れたアイテムの換金から、クエストの受注、冒険用アイテムの販売まで冒険に携わることをすべて担っている施設。
その受付の一角に僕は駆けつけ、デスクに座る女性に赤面した顔で愚痴を漏らした。
「聞いてくださいよ!! キングエレファントですよ!? ひどいと思いません!?」
「うんそうだね、あれが相手じゃ失敗するのも仕方ないよね」
「ポロンさんもそう思いますよね!!!」
「うん、思うけど……そもそも敵しばりの書物を常備したほうがいいって何度言ったっけ?」
「……」
ポロンと呼ばれた愚痴を聞いてくれているこの女性は、ギルドの受付そして、ダンジョン攻略アドバイザーを担ってくれている。
そして僕が独り立ちできるまでの担当でもある。
綺麗な金髪のポニーテールにシワのない紺色のシャツとパンツを着こなし、透き通るような藍色の瞳、その容姿は受付に来る冒険者をいとも簡単に魅了するらしいが、当の本人は異性に興味がないらしく、その容姿を持て余している。
「智也くん、今銀行にいくらある?」
「え?」
「いくらあるの?」
「多分、八五〇〇マニーほどだと思いますけど……」
「八五か……ちょっとまっててね」
そう言うとポロンは立ち上がり、デスクの奥に歩いていった。
数分で戻ってきたポロンの手には付箋がいくつもついた雑誌が一冊と新聞を一分。
「おまたせ、まずこの雑誌を見てほしいんだけど」
付箋には、薬草、ポーションなどが一枚一枚丁寧に書かれている。
その中でも、書物という付箋のページを開き、僕に見えるように逆さにして机に置いた。
「ここのお店なんだけど、書物系統専門店で値段がかなり安めに販売されてるの」
「書物専門店なんてあったんですか……」
「今日、何日かわかる?」
「今日は六月の十八日ですけど」
「そう、十八日、このお店の創立記念日なの、それで、この今日の新聞なんだけど」
ポロンは手慣れたように新聞を広げ、一つの記事に指を指す。
「創立記念セール……全品二十%オフ!?!?」
「時間が十七時からだから今なら間に合うわけ、どう? 今から私と行かない?」
「……そ、それって、デートってことですか?」
声を震わせながら僕は恐る恐る質問してみる。
うーん、首をかしげ麗しい唇に指を当てて、
「周りから見たらそうかもしれないね!」
とポロンは満面の笑みで答えた。
元々赤面した顔が、リンゴのように真っ赤に染まりあがった。
「えっ、いや、えっ?」
「なに? こんな美人がデートに誘ってるんだよ? もちろん断らないよね?」
上目遣いで僕を覗くポロンから目を逸らすように泳がすが、答えを言うための口は逃げることはできず……
「い、いきます」
「よろしい」
今の時刻一五時から、一時間後の一六時、タイダル噴水公園前で人生初のデートの約束をしてしまった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!