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第77キロ  秋野実は他人のために働けるほどの善人になれない

雪崩か、巨大な雪玉か。とりあえず雪によって部隊を分断するのが狙いだったようだ。

いや、普通に死ぬこともあると思うんだけどね?


肩に乗っていたトントンがどうにか俺を守ってくれたようだ。

ミズタマンも俺にツタで絡みついておりはぐれていない。けど、


「メイ?」


メイが、他の人がパッと見て確認できない。いや、全員俺より強いのは分かってる。

だけどメイが心配なのはどうにもできないし、サラマンザラと小林さん、田中さん辺りにおいては普通にさっきの雪の直撃をくらっている可能性もある。

そう考えると不安で、白が大半を占める視界に他の色を探す。例えば金色とか黄色とか。


「どうせ無事だよ。一人ぐらい死んでても良いのにな?」


背後からの声に驚いて振り返る。そこにいたのは予想通りの男。


「この前は嘘をついてたんだな。」


そう言えばヤリッパ将軍は……もう将軍じゃないんだっけ。

ヤリッパは得意げに顎のひげを撫でた。


「嘘も方便と言うじゃないか。」

「方便って。」

「俺はな、常々思ってたんだよ。」


何を?

黙っていればヤリッパはそのまま語りだした。


「ゴリッパ様は本当に素晴らしい方だ。その血はとても尊いものだろう。使えない屑も、ゴミのような人間もゴリッパの血を継ぐ俺たちの意思に逆らうなんておかしいんだよ。そうだ。俺たちに逆らうことがおかしいんだよ。本当に頭おかしい。おかしいやつは生きている意味なんてないだろ。それこそ死んだ方がマシだ。死んで、その死の恐怖で、生きている連中の俺たちへの忠誠心を深くするべきなんだ。」


頭おかしいのはそっちの方だろう。

おかしくない奴は思っても、そんなこと堂々と言わないんだよ。

俺は心の中だけで叫ぶ。


どうする?

木がないここじゃ、ミズタマンを使っても逃げられないだろう。

俺とマッチョンたちを引き離して、


(……ヤリッパは、俺のところに来た。)


それは、俺が必要だからだ。

俺の足止めなんて、する価値がないくらい、俺は無力だ。

俺を引き込みに来たのだろう。


「あんたの考えは、正直……そこまで分からない。」


俺が口を開いたら、ヤリッパが俺を見た。

そうだ、俺はヤリッパの考えなんて分からない。


でもきっとそれは、俺の世界での常識があるからだ。

俺の世界では、悪いことをするのは面倒だ。

罪悪感はもちろん、社会の常識や、周りの視線。そういうものがある。

人並みに良心がある俺は、悪いことをするのに体力が必要なのだ。だから、しなかった。


(世の中の人を健康にしたかった。)


良いことをする方が楽だ。


(食べることで、人を幸せにしたかった。)


その想いに、その言葉に嘘はなかった。だけど……


(影響力が大きい外食チェーンへの就職。)


嘘じゃなかった。

嘘じゃなかったさ。

だけど―――


(生きていくのが辛かった。)


管理栄養士として働くことを考えた時、その給料の少なさと仕事内容に絶望した。

専門職なのに、高くない給料。奨学金があった。実家から出て、奨学金を返しながら生きていくことは出来ない金額だと感じてしまった。


子ども関係の給食施設を見た。アレルギー対策が厳重でなければいけなかった。

病院を見た。少しのグラムのずれで病状が悪化すると思った。


悪いことはしたくない。

重いことはしたくない。

食は命だ。

だけど命に直結する食事を作りたいわけじゃなかった。


確か、先生だったと思う。

管理栄養士は他人のために働く仕事だと言っていた。

他人に、社会に奉公する精神が無ければできない仕事だと。


食べることが好きなだけじゃダメだった。

他人のために働くことが出来るほど、俺は善人じゃなかった。

自分のために働ければいいと思った。お金を稼げれば良いと思ってしまった。


きっと、そう思った時点で駄目だったんだ。

俺は善人にはなれなかった。


他人のために働ける人のことが理解できない。

だって、自分が生きていけなければ意味がないじゃないか。


自分が生きるために働いて、それで人が幸せになればラッキーだとは思う。

でも自分以外の人のためにならなくても良いと思ってしまっていた。


ヤリッパの考えはおかしいとは思うさ。

けれど、この世界には俺の世界の法律も常識もない。

栄養の概念がないこの世界で、栄養学を悪用したって誰にも咎められないだろう。


栄養学を使って、世界を征服するというのなら、

それほどに学んだことを活かせることもないと思う。


ある意味では世界のために栄養学を使えるとも言えるだろう。


それはきっと、

ある意味、


すごく素晴らしいことかもしれない。


「あなたに最初に会っていたら、俺はあなたの手を取っていたかもしれない。」


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