第69キロ エルフの〇薬
馬車で暫く走っていた時でした。キュウリの馬、精霊馬の力か魔物はあんまり出てこなかったのだけど……。
「ちょっとスピード上げますよ!!キューカンバー!!」
馬の名前はキューカンバーというらしい。シタッパさんはそうして馬車の速度を上げた。そのせいで大分揺れる。
「きゃっ!」
「おっと……。」
体勢を崩した私を小林君が支えてくれる。
「大丈夫?」
「う……うん。」
いつもよりずっと近い距離に脈が速くなってしまう。このままくっついてたら脈が速いことなんて小林君にはすぐバレちゃうんだろうな。でも、少しでも長くくっついていたい……なんて……。そんなことを思いながら顔を上げると、カリッパさんが両手を口に当てていた。
「…………。」
「……理解しました。」
「待ってください。」
私はメイさんみたいに感情をぽろぽろ零す方ではないはず。それならバレにくいと思うのだけど。
「女の子ならわかります!」
「勘が鋭いですね?!」
友達がいないとか言っていたわりには鋭い。小林君を振り返ると私達の会話は気にしていないようで、外を見ていた。
「戦闘準備が必要かな。」
そう静かに呟かれた言葉に私は荷物を抱えた。
大きな音がして馬車が止まる。どうやら逃げ切れなかったらしい。ため息をつきながらシタッパさんがキューカンバーから降りる。
「こんにちは。こちらの馬車にご令嬢……カシッパ様がおられるでしょう?」
ぞろぞろと出てくる男どもはどうやらカシッパさんへの追手らしい。確かに貴族の娘が抜けだしたりしたら追うのかもしれない。
「私は弟の……カリッパとヤリッパのやり取りの手紙を持っているのです。奴ら、私を殺してでもそれを奪うつもりなんでしょう。」
どうやら奴らの目的は彼女自身ではなく、彼女の持つ証拠品のようだ。
「私、大人しく弟に殺されるタイプじゃないんです。」
カシッパさんはそう言うと馬車から飛び出した。どうやらシタッパさんと一緒に戦うつもりらしい。
「まあ、私たちも黙ってるわけにはいかないね?」
小林君はそう言っていたずらっぽく笑った。
「そうです……そうだね。」
医者も看護師もどちらかと言えばヒーラーではあるのだけど。私たちも馬車から降りてシタッパさんたちと合流する。シタッパさんは私たちを見て目を見開いた。
「戦えるんですか?」
「護身術程度は。」
まあ医者以上に人間の体の構造を理解している職業も少ないと思いますが。とりあえず小林さんと私は護身術を応用して襲い掛かってくる奴らの関節を外したりした。的が増えてカシッパさんを狙いにくくなるだけでも十分だと思う。上手く関節を外せれば敵の数も減らせるし。
「氷結魔法!!」
目の前の連中が腰のあたりまで氷の塊に包まれる。下手したら凍傷で下半身が使い物にならなくなりそうだけど、敵だから仕方ない。どうやらカシッパさんは魔法が使える様だ。雪国らしく氷魔法が。でもここまでの魔法が軽く使えるなら魔力の量が多いのか、魔法の使い方が上手いのかのどちらかだと思う。
そう思っていたら視界の端が煌めいた。思わずそちらの様子を確認するとシタッパさんが光り輝く剣をふるいその斬撃を飛ばして敵を弾き飛ばしていた。わあ、この人強い……。
「っ……。」
よそ見をしていたのがいけなかったのでしょう。殴りかかってきた男に対応するのが遅れて
「うちの看護師に乱暴は止めてください。」
拳が当たると思った瞬間、小林君がその男に足払いをかけたのです。
こういう所が、本当にカッコいい。
けれど今は戦闘中。ときめいている暇ありません。私は荷物に入れていた武器を取り出して転んだ男の頭部に攻撃を叩き込んだ。
「なんですか。その武器?!」
「お財布です。」
武器としての名前はブラックジャックな気もしますが、中に入っているのは診療所で余っていた小銭である。カシッパさんが驚いていますが。
「いい加減、数を減らそうか。」
十分に敵からの距離を取って小林君は紫色に色づいた試験管を敵が集まっていた辺りに投げた。試験官が割れて、中の薬剤が気化し、周辺の男たちが倒れこむ。
「え?あれ何?」
シタッパさんが戸惑った表情で小林君を見る。小林君はにっこり笑って答えた。
「エルフの毒薬、ですよ。」
やっぱり小林君はカッコいい。
「エルフの霊薬とかじゃなくて?!」
シタッパさんが目を丸くしながら叫んだ。