第66キロ 栄養大臣の仕事
そもそもたんぱく質とは何か。生命の維持に不可欠で組織を構成したり、酵素やホルモンとかになって代謝を調節したり物質輸送をしてたり……まあヤバく大切なものだ。
たんぱく質はアミノ酸が集まってできている。アミノ酸はたんぱく質の素材なんだ。たんぱく質を合成するためにはバリン、ロイシン、イソロイシン、トレオニンやらメチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、リシン、ヒスチジンといった必須アミノ酸を初めとした20種のアミノ酸が利用されている。
因みにたんぱく質には寿命がある。で、たんぱく質の寿命は半減期って言うんだ。全体のたんぱく質の量の半分が新しくなるのに必要な時間な。
「あなたはあなたの食べたもので出来ている的な言葉があるけど、まあたんぱく質的に言えば半減期分くらい時間がかかるわけだ。」
「その寿命はどれくらいなんだ?」
「肝臓は12日、筋肉は180日、骨は240日くらいだったはず。」
まあ個人差はあるので約って感じだけど。
「肝臓早いな?!って、じゃあそうならない前は?」
「前?」
「食べて消化して、体の一部になる前は?」
「アミノ酸プールにいると思うけど。」
「プール?!」
メイがどういうことなの?という顔をしている。そんな表情も面白い。強い疑問から生じたらしい噛み切れないハードグミのようなものを咀嚼する。オレンジ味らしい。疑問の感情から出るお菓子もあるのかと俺は物珍しくそれを味わう。メイが俺を睨んで先を急かしてきた。
「遊離アミノ酸の総量のことをアミノ酸プールって言うんだよ。ここに一定のアミノ酸があれば滞りなく体構成たんぱく質を作れるんだよ。」
「飲み水を備蓄しておく感じに近いのか……。」
それだけたんぱく質は大切ということだ。そもそも欠乏症はその栄養素が欠乏することによってたんぱく質とか炭水化物関係が上手く回らなくなって起きることが多い。メイが少し考えて口にする。
「たんぱく質を分解するとかした方が人間に対する攻撃手段としては有効か?」
そんなミクロな世界での対人兵器を考えて欲しいわけじゃない。確かに魔力でミクロの作業が出来るメイにはそれが可能だろう。たんぱく質、水分、炭水化物、脂質。そのどれもがその場でいきなり分解されたら死に至るものになるだろう。いや、今言った物質は破壊したらきっと悲惨なことになる。死体は見ただけで正気を失うようなものになるだろう。
実は俺にはもっと簡単にしかも人間の形は残したまま殺してしまう方法も思いついてしまっている。俺の技術では無理でもメイには出来ることも分かっている。けれど俺は彼女に手を汚させたいわけでもないし、その必要もない。自分に出来ない人の殺し方なんて胸の内に秘めておくに越したことは無いのだ。
有害物質を取り込まなくても体の機能を奪ったり狂わせたり出来るなら、色んな矢印を逆に出来るのなら人間なんて簡単に死ぬんだろう。生活習慣病なんて緩いと思えるくらいに。
「栄養学を攻撃に使わなくて良いから。栄養魔法なんて編み出されたら大変だ。」
少なくとも、メイは。
ヤリッパ元将軍やら、貴族カリッパやらの悪事はなかなか収まらないらしい。雪の国では壊血病収束の兆しは見えないらしい。どうすればヤリッパ及びカリッパを止められるのかと城では話し合われていた。俺とメイは安全のために城にいるだけでそういう軍事作戦に参加する気はないのだけど。まあビタミンCの加工については結構な問題だ。
「絶対抽出する方法は向いてないからな。」
加熱に弱いビタミンCを生鮮食品から抽出しようとしたのが問題だったのだろう。俺は剥いたみかんを口に放り込みながらそう考える。一応作った新しい栄養ドリンク。結構な量があるけれど全部の栄養成分を摂るべき量入れることは困難だった。とりあえずなんか足りない栄養素があっても欠乏症の発症が抑えられるね?ってくらいの効果しかない気がする。
「まあグルコースをちょっと弄ったほうが早そうだな。」
普通の米をもち米に魔力と錬金術で変えることが可能なメイが俺が書いた化学式の上でグルコースをひょいッとビタミンCに変えてみせた。いや、この場合はアスコルビン酸の方が良いのかな。
「いじり方としては発酵させる感じかな。」
メイがそんなことを言うが俺にできると思うな。粉末状のアスコルビン酸を参加したりしないように湿気とか光の影響を受けにくそうなアルミで包む。
「じゃあ、ちょっと商売しようか。」
「王様相手にだけどな。」
栄養大臣としては仕事かもしれないけど。