第58キロ 秋野実はおそらく異世界転移者である
田中花子さんを診療所に連れて行くと小林さんは喜んだ。
「これで医療の質が上げられるよ!」
とのこと。看護師さんが増えて上がる医療の質とは。
「まあ部屋の環境とかも整えなければいけないけど、簡単な手術ならできるようになるかもしれない。」
「手術?!」
「一応出来るんです。優秀な助手は居てくれるとすごい力になるし、将来的に考えても良いと思いますけど。」
小林さんって本当に医者なんだなとしみじみ思った。まあ小さな手術でも手術は手術だし、入院が必要じゃないレベルの手術なのかもしれない。手術と言えば思いつくのは胃の切除の手術とビタミンB12についてだけど……今この場で話す必要はなさそうだ。メイが何やら俺のことをジロジロ見ている。俺がビタミンB12のことを考えていたことがばれたのだろうか。
「え?何かついてる?俺、ビタミンB12について考えてただけなんだけど。」
「腹に肉がついてるし、ビタミンB12についても気になるな?」
何か理由は違いそうだけどビタミンB12について話しておこうと思う。メイ以外に小林さんも興味津々だし。サラマンザラは何か
「ビタミンってどんだけあるんですか?というかまた数字飛んでません?」
と呆れたような表情をしているけれど。
ビタミン12、化学名はコバラミン。真ん中にコバルトが入ってる赤いビタミンらしい。人によっては耳鳴りとかのレシピでコバラミンを出される人とかもいるかもしれない。役割はアミノ酸代謝や脂質代謝の補酵素になること。造血作用とかに関わってるから足りなくなると悪性貧血……巨赤芽球性貧血になる。主に動物性の食品に入ってるからベジタリアンとかで動物性食品を食べない人は注意するべきなビタミンだ。
「で、手術って聞いてこのビタミンを思い出したんだけど」
「手術と関係があるのかい?」
小林さんが首を傾げる。俺はそれに頷いた。
「吸収され方が特殊なんです。」
元々ビタミンB12はタンパク質と結合しているものなんだ。この結合を胃の消化液でバラバラにする。その時にビタミン12に唾液由来の糖タンパクが付いてて、十二指腸では胃から分泌される糖タンパクの内因子が付くことになる。それで内因子ごと回腸から吸収されるのだ。つまり胃から出る内因子がないと吸収されず不足する羽目になる。だから胃をとる手術をしてしまうと対策を考えなければいけなくなる。そう話せば小林さんは感心したように頷いてメモを取っていた。ビタミンB12を思い出すと連続して葉酸も思い出すけど話を広げすぎるのはいけないだろう。俺は話を切り上げて帰ることにした。
メイが俺のことを見て何か言いたそうに口を開いては閉じる。研究所への帰り道、森の中でずっとそうだった。
「メイ?」
尋ねてみればメイは視線を彷徨わせながらも口を開いた。
「どうして、お前は感情を零さないんだ?」
それはもう疑問に思われていないと思っていたことだった。
「それは、俺が元々感情を零さない体質だからで」
「俺が、俺ばっかりが、感情を零すから」
感情は目に見えない。それは俺にとっては当たり前だけど、メイにとってはきっと当たり前じゃないことで、それはどんな気持ちになるんだろう。
「メイ、俺と会った時のこと覚えてる?」
メイは静かに頷いた。
「訳が分からないことばっかり言ってたな。」
その言葉に苦笑する。
「全部、本当なんだ。」
訳が分からなくても俺にとってはこの間まで生きてきた世界の話。そうだ。彼女に話さなければいけない。前から考えないといけなかった。俺はメイを見て言った。
「ゆっくり話させてほしい。俺、多分こことは違う世界、異世界から来たんだ。」
俺の言葉にメイは目を見開いた。




