第53キロ B群のナイアシンについて
トウモロコシ畑に行く途中で見た他のダークエルフたちも顔や腕に火傷のような炎症があった。本当に集落の中で広がっている病気らしい。どこどこの誰かが口も腹も痛くてご飯が食べれないらしいという話が聞こえてくる。
冬場はマシだったのにこの時期になるとボケる人が多いとうわさ話が聞こえる。どうも疲れやすいの。あの子が何か見ているみたい。……結構ヤバい話が多い。まあ原因が同一かどうかは分からないけれど。そういえば小林さんがこの集落は他の集落より死者が多いって言ってたな。最悪の場合は死に至る病って感じなんだろうか。
「なあメイ、トウモロコシの旬っていつだか知ってるか?」
「え?……夏、だろ?」
つまり夏を中心にトウモロコシを食べる機会は増えるわけだ。
「……謎が解けたかもしれない。」
トウモロコシが中心の食生活での栄養障害。そうくればこれというものが一つあり、そうして彼らの症状はそれに当てはまっている気がする。
「ペラグラかもしれない……。」
「「は?」」
メイとサラマンザラは素っ頓狂な声をあげた。
「その、ペアグアでしたっけー?なんですか、それ。」
「ペラグラな。」
「流れ的にトウモロコシ過剰症とかか?」
「一応そんなものはないと思うんだけど?」
まあ全ての物はある意味毒なのでめっちゃ食べたら死ぬとは思うけど、それはトウモロコシに限らないだろう。水ですら摂りすぎると毒だというのだから。
「ちなみに欠乏症です。」
「また足りない系ですか~。てか俺、その過剰症?っていうのは見たことないんですけど。」
栄養学の概念がない世界なら一般的なのはやっぱり欠乏症だと思うんだが。
「ちなみに今度は何が足りないんだ?ビタミンJとか?」
メイの質問に答える。
「足りないのはナイアシンです!!」
「「は?」」
メイとサラマンザラは揃って眉をよせた。仲いいな、お前ら。
「え?ビタミンじゃないの?」
「ビタミンだよ。」
ビタミンってつかないけど。
「ちなみにビタミンBの仲間で……まあビタミンB3と言えなくもないけどナイアシンです。」
特にサラマンザラから解せないという視線を受ける。でもそういうもんだから仕方ない。
「メイには化学式書いたほうが分かりやすいよな。」
「俺には何もかもさっぱりですけどねー?」
ただ化学式を書くにしてもちょっと色々問題があった。とりあえずナイアシンについて説明しなければいけない。出先なのでホワイトボードが無い。ノートを開いてそこに書いていくことにする。メイはともかく、サラマンザラはまだしもリーダーとかもノート覗き込んでくるんだけど理解しているのだろうか。
「ナイアシンっていうのは化学名ではニコチン酸及びニコチンアミド及びトリプトファンのことです。」
「「意味が分からない。」」
ツッコミが揃ってるなー、と思う。まあ確かに自分で言ってても意味が分からなくなりそうだ。早口言葉かよ。
「呪文ですか?」
「及びってなんだ?3種類あるのか?いや、ビタミンAみたいに体内で同一のものに変わるとか……。」
同じセリフでツッコミを入れても理解度はだいぶ違うようだ。さすがメイは錬金術やってるだけある。前例があるからかもしれないけど。
「ちなみに補酵素名はNAD、NADP、NADPH。」
「やめてください。頭がいたくなります~。日本語喋ってください。」
サラマンザラが頭を押さえる。確かに日本語じゃないかもしれない。アルファベットだし。
「3個もあるから全部まとめてニコチンアミド相当量として色んな数値は算定されてるんだ。」
「ニコチンアミドになおして量をまとめてるのか。カロテンをレチノールのほうの値に考えるとかそういう話を思い出すな。」
メイは本当にしっかり覚えているなあと思う。まあ結局は同じような感じだけどね。
「ナイアシン当量って言って、ニコチン酸とニコチンアミド、それからトリプトファンの値の60分の1を足したものがナイアシンの量ってこと。」
俺の言葉に頭を抱えていたサラマンザラが手を挙げる。
「はい、サラマンザラ。」
「60分の1ってマジですか?なんでそんなことに?!」
確かに結構少なくなってしまうから衝撃かもしれない。
「トリプトファンは体の中でナイアシンに転換されるんだけど60個無いと1個作れないって感じの率なんだよ。」
「人間の体って面倒だよなー。」
「え~、それで済ませるんですか?効率悪……。」
それでも変換してくれるだけ御の字です。実際のところ。