第41キロ 論点は多分そこじゃない
人口太陽も月形浮遊機も素晴らしい発明だった。里の者たちが懸命に作ったものだった。しかしそのどれもゴールデンフェアリーがいなければ成り立たない、魔力を大量に消費するものだった。
けれどそれでも良い。
だってこの里にはゴールデンフェアリーがいたんだから。
だからそれでいい。
彼女に何も出来なくても、いてくれるだけでよかった。
才能がないなら諦めればいい。努力したって報われないならしなければいい。
だって彼女にはそれが許される。存在するだけで崇拝の対象になれる。
たとえ努力が実を結ばないからと涙を流していても、報われないことを続けていても、誰も声をかけない。だって彼女は崇拝の対象。易々と触れていいものじゃないんだ。
触れていいのは俺だけ。彼女の婚約者である自分だけだ。
「今日もここにいたのか。」
「ウィリデ……。」
ゴールデンフェアリーである彼女は魔法も錬金術も平均レベルで、歴史に名を残すような才能は無いように思えた。共に習った帝王学を彼女の方が上手く身に着けていることには驚いたけれど。セミロングな髪がステンドガラスを通った光でキラキラ光る。
ああ、綺麗だ。俺のゴールデンフェアリーは、本当に綺麗だ。
「それでは改めて自己紹介をしよう!吾輩は鉄壁の海賊マッパンである。屈強な戦士が何か良い感じの名前を考えていたからな。吾輩も名前を考えてこうしたのだ。」
そういえば屈強な戦士はもともと名前がなかったような気もする。そうかマッパンも自分でつけた名前だったのか……。
「それで私は皆さんご存知!感情屋のフィールよ。」
フィールはそう言ってウインクをした。いや、この人には聞きたいことが本当はたくさんあるんだ。以前は話す機会がなかったし、今はメイを追うのが優先だけど、
「道すがら、色々聞かせてください。」
それくらいには気になっていた。
「ふははははは。野菜たっぷりグラタンとニンジンのポタージュ。それからミートソースパスタ。お味はいかがかな!!」
マッパンは何かめっちゃ料理が美味かった。どちらかというと洋食な方面で。俺が言った食材で色々作ってくれて、確かに美味しい。だけど……
「メイと一緒に食べたかったな。」
そう呟けばマッパンに豪快に背中をたたかれた。
「またあの子にもあったら作ってやろう。そうだな。お前は正しいぞ。大切な者と食べるほうが料理は美味しく感じるものだ。」
「……ありがとうございます。」
小林さんの保護者っぽいまなざしが気になる。
いや、にやにやした感じのサラマンザラの方が気になるけど。ただ洋食中心にするとどうしてもカロリーは上がりやすい。脂質の利用を少し抑えてもらうか、和食とかを程よく交えていかないといけないだろう。
「フィールはどうして感情屋になったの?」
俺の言葉にポタージュを掬っていたフィールがキョトンとする。
「あれ?てっきりいきなり本題に行くのかと思ったんですけど、そこからですか?」
本題がメイと揉めてることなのか、フィールの正体についてなのかは知らないけれど、俺にとってはこれも本題だ。
「そうじゃないときっと何もわからないから。」
そういえばフィールは目を細めて笑った。
「本当に、あなたもまっすぐな人ですね。」
「まずは感情屋というものについて説明したほうが良いでしょう。それについては同僚的な立場のマッパンさんか、噂で聞いたことのあるレベルのサラマンザラ君か小林さんから聞いたほうがわかりやすいと思います。」
とりあえず説明が上手い小林さんを見てみる。小林さんはグラタンを冷ましながら答えてくれた。
「感情屋は感情をコントロールして美しい感情を見せたり、美味しい感情を提供したりしてそれを売り物にする職業だ。一般的にはな。」
俺が町で見ていたフィールはそれだ。大道芸人的な感じだった。
「都市伝説的な感じでの噂はあった。感情屋は苦しみや悲しみだってコントロールできる。だからそれを使って裏の仕事をしているとか……そういう噂だ。」
小林さんはフィールに視線をやった。
「根も葉も無い噂ってわけじゃなさそうだな?」
「ほどほどに……って感じですかね。王様はあんまり暗い仕事を振ってきませんし。」
フィールはパスタをくるくるフォークでまとめながら答えた。それから俺を見て一言言った。
「まあヤリッパ将軍の命令もあったからメイちゃんの尋問をしたのは私ですけどね。」
「なっ?!」
尋問って、そりゃ揉めるよな?!揉めるっていうか関係悪化は免れないよな?いや、俺の尋問は緩かったけども。
「メイちゃんは魔女疑惑もあって一番尋問をキツクしなきゃいけなかったから。傷はつけないようにしたけど、大分脅したのよ?それでも彼女は折れなかったけど。」
緩いものでは無かったらしい。それを聞くとどうしても俺はフィールを許せないような気持ちにもなってしまって―――
「良かったすね。フィールが尋問官で。」
サラマンザラが緩くポタージュを飲みながら言った。
「魔女疑惑なんて女性の尋問官じゃなかったら最悪の目にあう可能性もありますからね。傷をつけなければ何をしても良いなんて、馬鹿な連中が勘違いしそうですから。」
「それは」
それは確かにそうだろう。俺が考えたくもない話だけど、そういう可能性だって確かにあったんだ。
「フィールさんは感情を尖らせて、牢屋が壊れないギリギリぐらいの威力で厳しく尋問してますってアピールしてたんすね。」
他の誰の手も出させないように。
「それって……。」
フィールを見れば少し気まずそうに笑っていた。
「私、職業柄まっすぐな感情って少し憧れちゃうんですよ。メイちゃんの感情ってすごくまっすぐで……私はあれが好きなんです。」
「王が近くに置くものであるからな。フィールも根は良いやつだぞ!俺と同じくらいな!!」
マッパンが笑いながらフィールの背中をたたいた。
「痛い痛い!!力強すぎですって!!」
「すまん!!嬉しくてな!!」
フィールはメイの感情が好き……。つまり―――
「俺のライバル?!」
「そういう話っすか?」
フィールはそんな俺を見ながら笑った。
「メイちゃんが私に不機嫌なのは多分違う理由なんだけどね。」