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第4キロ  管理栄養士の戦術

大蛇討伐……戦闘といえる戦闘はしてないですが。

いよいよトラップ作りである。

何に対してかと言えば勿論噂の大蛇だ。


トラップを作るにあたって作業できる場所が欲しい。一応地下室の生活スペースは普通に片付いているが研究スペースにはたくさんの紙や本が散らばっている。メイは片付けるのが苦手なようだ。


(そりゃそうだ。俺を手伝いとしてここに置いてやろう的なこと言ってたもんな。)


だが俺一人で片すのも重労働だ。主に腹が。屈もうとすれば腹の肉が邪魔だし、動き回っても腹の肉が揺れる。……笑い話では無い。俺は真剣に悩んでいる。

しかも身長も足りないので高いところのものにも手が届かない。無理をすれば結構危険なのだ。


想像してみて欲しい。

チビでデブな俺がプルプル背伸びをして高いところに手を伸ばすさまを。

脇腹をつつかれたらそのまま倒れてしまいそうである。

身長154㎝、へそ周り105㎝。後50㎝で縦と横の周囲が同じになってしまう俺である。

倒れたらそのまま転がってしまいそうだ。やはり俺だけでは片づけるのに限界がある。


どうするべきか悩みながら手に持った何かの袋の置き場をメイに尋ねる。


「植物の種だから栽培所の部屋だ。その奥の扉が栽培所の扉だ。」


片づけに大変な俺は忘れていた。栽培所で時折発生するという、彼女の使い魔について。





 扉を開ければそこには緑が溢れていた。結構広い空間で晴れた日の外と同じくらい明るい。足元は石が敷かれて整備してある部分、水が引いてある部分以外は土で、何か作物が植えられていた。収納は壁に備え付けられているようだった。

そんな中、俺はその緑が多い畑で何か赤っぽい物を見つけた。何かの作物だろうか。それにしては形がおかしいような気がする。

ふと頭によぎるのは畑で白い変なものを見つけてもそれを見ようとしてはいけないという都市伝説。確かその白いものが何か分かってしまえば、発狂してしまうんだったか。思い至った考えに背筋が凍る。でも、何故か俺の目はその赤……橙色の物体から目を離せなかった。


(目が……!逸らせない!?)


心臓が自分で聞こえるくらい大きく早く脈打つ。


(ヤバいやばいヤバい!!)


これの正体が分かったら俺は……俺は……!!

俺の脳がゆっくりと橙色の物体の形を認識する。そしてその見た目から、それが何かを理解する。


「……に……んじん?」


それは―――――人参だった。

何か胡坐をかいて手を合わせている人参だった。何だそのポーズ。修行でもしてるのか。しかしツッコミを入れる余裕もない。だが、手足がある人参。そこから以前聞いた話を思い出す。そういえば、メイが手足が生える人参がいると……。そんなことを考えていたらニンジンがゆらりと立ち上がった。そして平均台の上を歩くかのように一直線に俺の方へ……


くねっ くねっ


―――近付いて


くねっ すたすたすた くねっ すたたたた


―――近……付いて


俺の視線はいつの間にか下から上になっていた。

…………あれ?

俺は後ずさって


シュタタタタタタタ


猛スピードでこっちに走ってくる俺よりでかい手足が生えたニンジンから逃げ出した。


部屋から飛び出しドアを閉める。

思わずドアノブを押さえる。少ししてドアノブが向こう側から力いっぱい回されようとしてるのを感じた。


(ヒイイイイイィィ?!なんでこんなホラーを体験しなきゃいけないんだ?!)


混乱していると研究室の椅子に座って作業をしていたメイが不思議そうな顔で俺に問いかけた。


「何してるんだ……?」

「にににに!!ニンジンが!!ニンジンが!!」


そう言う間にもドアノブがガチャガチャいっている。


(怖!!力強いな?!人参!)


メイはああ、と一つ頷いた。


「ニンジン、美味しいよな!」

「そういう話じゃない!!」


ツッコミを入れた瞬間僕の意識がドアから離れてしまったらしい。バーンっとドアが開いて、巨大なニンジンがそこに立っていた。もう俺にはこれが使い魔として使われるイメージが分からない。もはやこれはニンジンの怪物だ。ニンジンの魔物だ。だって滅茶苦茶怖いし!!


「ああ。リーダーはお前に懐いたらしい。良かったな。」

「これ、懐かれてんの?!」

メイは微笑ましそうに笑った。



 巨大人参は肥料をあげたニンジンから出来た特別大きな個体らしい。メイはこれにリーダーと名前を付けて色々やってもらっているようだ。主な作業は栽培所の管理。および家の中の警備。他のことは細かく命令しないといけないらしくって片付けとかは任せられないらしい。だが、手伝ってもらうことは出来る。


「……お前、良い奴だな。しかも強い。」


俺はリーダーに持ち上げてもらって高いところに物を置いたりそこを整理したりした。メイは何か30センチくらいの手足の生えたニンジンを抱えていた。そっちの名前はニジと言うらしい。彼女の初めての使い魔らしくたまに抱えていたくなるそうだ。

この後メイが使った後の食器を勝手に片しているのを目撃してしまった。どうやらニジの知能は実は高そうだ。


 さて研究所は片付いたのでトラップ作りに精を出す。一刻も早く完成させなければ。地上の方から聞える這いずり回る音に気合を入れる。この森に被害がこれ以上でないうちにトラップを完成させなければいけない。





 「あれ?」


夕闇に包まれていく森でメイが不思議な声を出した。


「どうした?」

「何か……もう夕方なのに、ちゃんと景色が見えてる。」


以前はもっと暗くなってくると何も見えなかったのに。


「ああ。説明は後でな。」


どうやら俺の考えは正しかったらしい。そう言えばメイは首を傾げながらも俺についてきた。トラップを仕掛けて、家に帰る。トラップは窓から見える木に設置した。まだ大蛇が現れるまでは時間がありそうだ。


よし……説明を始めよう。



 「メイは夜盲症だったんだ。」

「やもうしょう?」


メイは首を傾げた。


「夜目が効きにくい。暗闇で目が見えにくい病気だ。」


メイは理解出来ないと目を瞬かせた。


「病気?俺、何も病気がうつる様な事は何も……。」

「うつる病気じゃないからな。」

「え?」

「先天性のものは違うけど、メイのはビタミンAの摂取で改善したから、ビタミンAの不足から来るやつだったんだ。」


栄養の概念がない人に栄養の概念を理解してもらうのはなかなか大変らしい。病気になるのはうつったり、悪いものが体に入るからだと思うのは理解しやすい。ただ、不足しているものがあるから病気になると言う考えは結構難しいらしい。先生が栄養の歴史についてそう語っていた。


「ビタミンは生命に必要不可欠なものなんだ。」

「つまりビタミンAも生命に必要だと。」

「うん。この前話したレチナール。あれがロドプシンの成分なんだ。」

「ろどぷしん。」

「まあ暗闇でも目が見やすいように出来る物質かな。」

「じゃあビタミンAを大量に食べれば夜でも昼みたいに目が見えるようになるんじゃね?!」


メイはよっしゃと立ち上がった。


「ハイ!着席!!」

「……。」


メイは不服そうにしながら席に着いた。


「ビタミンAは脂溶性ビタミン。体の中にたまるビタミンだ。」

「ふむ。」

「とても強くて過剰症があるビタミンだ。毒物ってレベルにな。」


メイの視線が窓の外にやられる。そう、今回トラップに使っているのは大量のレチノール。大量のビタミンAだ。


「つまり俺の目を良くしたものと同じ物質で大蛇を倒すのか。」

「そういうこと。」


必要だけど、大量摂取は毒になる。そんなある意味過激なビタミンAを使うのだ。狙うは急性毒性による脳脊髄液圧の上昇だ。





 部屋の明かりを落として、枝の下に隠れるように作られた窓から外の様子を伺う。窓から見える隣の木はこの家の木よりも少し小さめで、枝には鳥の巣があった。どうやらこの世界ではあの鶏みたいな鳥も木の上に巣をつくるようだ。巣の中に見える卵は白い普通の卵で、その鳥の卵であるようだった。


ズルッ ズルッ 


と大きな体を引きずる音がする蛇の徘徊ルートにどうやらこの辺りが入っているようで俺もこの音が何の音か分かるようになってしまっていた。今日はどうやらこの付近で獲物を見つけたらしく、いつものように通り過ぎるだけじゃない音がする。俺とメイはグッと息を呑んだ。どうやら大蛇の獲物はこの窓から見える鳥の巣の様だ。大蛇が姿を現す。闇の中に溶け込むように、しかし月明かりを受け、その黒い鱗が生々しく光っていた。結構堅そう。俺が包丁持って斬りかかっても跳ね返されてしまいそうだ。大蛇はしゅるしゅると木に巻き付くように登り


「あっ……!!」


鳥の卵を巣ごと丸呑みにしてしまった。メイが隣で悲鳴に近い声をあげるのを俺は黙って聞いていた。俺は静かに大蛇の動向を見守った。


そして……


フラリ―――と大蛇の上半分が大きく揺れて地面に落ちる。そこで大蛇はのたうちまわり、何か液体を吐き出していたようだ。今は夜だし距離があるから胃液か毒液か消化液か何だか分からない。そうしているうちにのたうちまわる蛇から黒い鱗が剥がれ、月明かりのもと飛び散った。鱗一枚一枚が光に照らされて艶やかに輝いていた。

大蛇が動かなくなったことを確認して俺たちはとりあえず寝ることにした。あんまり寝れないけど、目覚ましはしっかり夜明けごろにセットする。流石に闇属性の魔物相手に夜危険を冒す真似はしたくない。


 そうして夜明け。辺りが明るくなってきた頃。俺たちが家から出れば家の横に大蛇の死体が転がっていた。昨日大蛇から吐き出された液体は溶解液だったらしい。メイが採取していた。


「それにしても、こうも上手く引っかかるんだな。」

「そうだな。」


流れからしてもう分かるかもしれないが、俺たちが仕込んだのはあの鳥の巣だ。あの鳥の巣は俺たちが作ったもので、食べた卵の殻を出来る限り綺麗に残し、その中に抽出したレチノールを入れてカモフラージュしたのだ。大蛇にビタミンA中毒が効いて良かったと安堵のため息をつく。栄養士に出来る戦闘なんてビタミンの過剰症か食中毒による毒殺くらいしかないのだ。


「お前、すごいな。」


メイが真面目な顔で俺を見る。


「俺は……錬金術師で……。優秀な錬金術師は兵器を作ったり元素を操って戦ったりできる。俺はそんなこと出来ないダメダメな錬金術師だ。それでも森の仲間のためにこの大蛇をどうにかしたかった。……お前が、実が、俺にも出来る方法を教えてくれたんだ。」


メイは喜びからか少しだけ頬を赤くして『ありがとう』と続けた。その瞬間ぽんっとメイの周りに感情が弾けた。フワフワの白いマシュマロ、それから……初めて見るハート形の……チョコレート?とりあえず俺はそれらを手早く集める。


「えっと……これは?」


チョコみたいな感情をメイに見せたがメイも不思議そうに首を傾げて


「初めて見るな。何だそれ?」


と呟いた。

仕方ない。実食あるのみ!!俺はチョコみたいな感情を口の中に放り込んだ。


(甘……い!!)


それは純粋に他のどの感情よりも甘かった。舌で溶ける感覚はまさにチョコレート。しかも中々凝っているらしく中からは何か甘酸っぱいジャムのようなものが出てきた。


「滅茶苦茶美味しい!!」

「そ、そうか?」


メイは微妙な表情で首を傾げた。


「うん。だから」

「ん?」

「お礼はこれで十分だよ。」


そう言えばメイは苦笑してそりゃよかったと手をひらひらさせた。




この時、俺は決めたんだ。

この異世界でダイエットする。

ダイエットのためにお菓子じゃなくてお菓子より美味しくてノーカロリーな感情を食べる。

甘くって幸せな感情を食べたいから、メイをもっと笑顔にしようって!!


人参の使い魔は他にも数匹います。特に名前があるのがリーダーとニジです。


秋野実は味覚に正直に生きてます。

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