第36キロ ご飯が美味しくない
お腹が空いたから冷蔵庫を開けた。しっかり固まったオレンジゼリーが入っていた。
(昼ごはんの後に食べようって思ってたんだ。)
そういえば昼ご飯もまだだった。
何も食べる気が起きない。
だったらそのまま食べないほうがダイエットになるんじゃないか。
人間はエネルギーが無ければ生きられない。
だったらそのまま……。ぐきゅるる、と思考を遮るようにお腹がなった。
腕の中ではニジが心配そうに俺を見上げている。目がないからわかんないけど。
「食べるよ。」
いっそやけ食い出来たら良いのに。栄養士としての理性がストップをかける。
炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル。
豆腐とご飯と野菜、それからオレンジゼリーを口に入れる。ろくに調理もしてないけれど栄養素を取り入れるならひとまず良いかなと思った。本当は料理によって栄養素を吸収しやすくなるとかあった気がするけど、体がそこまで動かない。洗っただけの生のニンジンを齧る。以前だって野菜ステッキを齧ったことはあったのに、その時より全然美味しくなかった。
ダイエットを本気でしたいと思うなら、絶望は素晴らしいスパイスと言えるかもしれない。だって何を食べても美味しいと感じられない。食べたいと思えないんだから。
「食べたいものがあるんだ。」
――――食べたい味がある
――――何が食べたいのかは明確だった
――――けれどきっと届かない味
やりたいこととか全部会社に捧げて、だからこっちの世界がキラキラに見えるんだと思ってた。
でも、どうしてだろう。
何でだろう。
この世界も、前の世界と変わらないくらい色あせてしまった気がした。
――――この世界ではやりたいことをしたかった
この世界ではやりたいことは一つだけで、そのために俺は……王様にも文句も言ったのに。
――――やれることを全てやったわけじゃなかったからいけなかったのか
本当は気が付いていた。いや、あんな婚約者が出てくるなんて思ってもいなかったけど。メイが正体を隠すのは隠すだけの理由があるのだと気づいてた。
本当はあんなにたくさん町に行くべきじゃなかった。ただの偽善で、手の届く範囲の人を守ろうとなんかしたから、いやメイに良いところを見せたいって感情もあったのかもしれないけど、とにかく人前に出るべきじゃなかった。
メイが王様の前でゴールデンフェアリーだと言った意味を、それまで頑なに言わなかった意味をもっと考えるべきだった。
だって俺はずっとメイと穏やかに一緒にいたかった。
その願いを叶えるために他人への救済なんて不要だったのに。
ゴールデンフェアリーの本だってたくさん読んだ。小林さんに知識がないがためにメイの傍にいられなくなるのが嫌だと言ったのに、俺は努力を怠った。メイの正体がばれてからも、変わらない暮らしが出来るのだと勝手に信じていたんだ。
――――塩チョコに込められた感情はなんだった?
――――この世界の常識をまとめたノートは何のため?
メイはこの生活に終わりが来ることを悟っていたのに、俺は何も考えていなかったんだ。
乾いた笑いが口からこぼれる。
ああ
「もう何も……食べたくないなあ。」
暫く呆然としていたけれど体が宙に浮いたことによってハッとする。
状況を確認すれば腕、腹に絡みつく触手。いや……なんでだよ?!
混乱していると腹に回った触手が少し力を強めて締め付けてくる。
「痛い!なにこれ?!」
結構触手……というかツタか?が細いのでまるでハムのように肉が締め付けられる。
「待って待って!!何?!」
驚いて下を見ればそこには目を爛々と輝かせたミズタマンがいた。どこのホラーだ?っていうかもしかしなくてもこいつって肉食なのか?!魔力を与えてたメイがいなくなったことによって、俺を食おうとしているのだろうか?!
混乱した頭でそんなことを考えていると俺と目があったミズタマンが俺をゆっくり、すっごくふわふわなものの上に下ろした。すぐに食われるわけでは無いらしい。すっごいふわふわでもちもちのもの。こんなソファは研究所にはなかったけれど。下を見れば嬉しそうなトントンがいた。
「……もしかして、心配……してくれたのか?」
尋ねればミズタマンもトントンも、周りにいたニジとリーダーをはじめとしたニンジン達も頷いた。
そうだ。彼らはメイの使い魔で、メイの味方だ。そしてミズタマンとトントンは俺の仲間だ。彼らは彼らなりに俺を励ましてくれているのだ。
(メイはあの男を好んでいたようには見えなかった。)
そうして彼女の使い魔達もあの男を好きではないようだ。
それに―――――
「諦める気はないんだな?」
どうにもニンジン達は何かの行動を促しているようだ。俺に、まだできることはあるのだと、まだすることがあるのだと訴えているのだ。
(努力をしよう。)
メイと一緒にいたいなら、努力をするべきなのだ。
他の何をおいてもしたいことがあるなら、行動するべきなんだ。そうじゃないと俺は
「また、美味しいご飯を食べよう。」
きっともう何も美味しいと思えないから。