第31キロ ゼリーを作ろう
店でゼラチンや寒天に似た性質を持ったプルルンという塊を買った。原材料は海藻らしい。だから寒天に近い特性かもしれない。見た目は何か板状に固めたゼラチンっぽく見えるけど。
とりあえず栄養価を調べよう。アミノ酸とかの化学式はもうメイは知っているから。
「タンパク質は……。」
「ほぼないな。」
まあ海藻だし。
次もあんまりなさそうなやつを考えて紙に書く。必須かどうかとかは置いといて脂質系だ。エーテル室使いたいけど、まあメイに頼めばそんなことしなくても良いだろう。
「脂質。」
「タンパク質より少ないな。」
ふむ。つまり……水分が異常に多いってわけじゃなければ次が本命だ。
「じゃあ炭水化物。」
「うん。大体はそれだな。でもこれは……。」
メイは不思議そうな顔をした。俺が渡した化学式を見ている。
「うん、炭水化物は主に糖と食物繊維に分類されます。」
メイは一つ頷くと椅子に座った。
「久々に実の講義だな。頼む。」
「俺らが食べてるお米とかに入ってる炭水化物は糖質。米とかに入ってるブドウ糖。果物の甘さの元の果糖。砂糖のショ糖。そんな感じ。」
面倒な説明をすると単糖類とか二糖類とかあるけどそこは軽く流していく。
「ふむ。果糖もショ糖も甘そうだけど、ブドウ糖は甘くないのか?米ってあんまり甘くないよな。」
「以前うるち米とかもち米とか米についての話をしたのを覚えてる?」
「ああ。もち米は結構売れてるし。利益率が良い商売だからバリバリ覚えてるぜ!」
商売用として用いている知識だからバッチリという事だろう。
「ブドウ糖、まあグルコースっていうんだけど、それがくっついてアミロースとかになってるんだ。」
「ほお。」
「で、くっつくと甘みが減る。」
「マジか。」
「逆に分解すると甘みを感じるぞ。米をよく噛んでいると唾液で分解されてグルコースになるから甘みを感じるわけだ。」
メイは米を食べたときのことを思い出しながら頷いた。
「ちなみに血糖値を一定に保つためにめっちゃ重要なエネルギー源です。ダイエットしてても必要以上に炭水化物を減らすのは良くないよ。」
「お前普通にご飯食うもんな。」
「大事だからな!それに脳にとってはグルコースがほぼ唯一のエネルギー源なんだよ。ちゃんと食わないと!!食べすぎはだめだけど。」
さて、少し話がずれた。今日のメインは糖ではない。そう、もう一つの炭水化物の方だ。
「さっきの海藻。あれにたっぷり含まれているのが糖質じゃない炭水化物。そう、食物繊維です。」
「食物繊維?食い物に繊維があるのか。」
「まあね。食物繊維は小腸で消化できない炭水化物のこと。一応腸内細菌によってエネルギーにはなるけど一定じゃない。」
「腸内細菌……か。」
「腸内細菌のえさになるって言い方もありかな。便秘とかに効くっていうし。あと、食べることによって消化できないものが混じってるから他の物質の消化も緩やかになる。」
「……つまり?」
「血糖値の急激な上昇を抑えたり、脂質の吸収を緩やかにします。」
そこまで言うとメイは静かになった。どうやら俺が言った事を考えているらしい。
「えーっと、エネルギーになるけど一定じゃないって言ったよな?つまり炭水化物は1グラム4キロカロリーって言ってたけど……。」
「うん。それより低カロリーな感じ!!」
つまり体にもいいしカロリーも低いという心強いダイエットの味方である。それに寒天と同じような性質なら、少量でたくさんの水分をゲル化……つまりゼリーを作れるはずだ。
寒天だって多分水でもどして3キロくらい食べたら80キロカロリーくらいあるだろう。食べたくないけど。
……それを3グラムだけ使う。つまり
「実質0キロカロリー!!」
「おお!」
俺の世界のカロリーの表記も色々あって0キロカロリーって表示できるのは実は何グラムで何キロカロリー以下とかそんな制限があった。でも寒天はその辺りをちゃんと突破できていた優秀な食品である。
「というわけでこの寒天っぽい海藻を使ってお菓子を作りたいと思います。」
まあこの海藻は寒天っぽいだけで寒天ではないのでちょっと不安だけど。性質がゼラチンっぽいならむしろカラギーナンが近いのかもしれない。
「この世界でのこれの使い方って、なんだろう。」
メイがパッケージを見て俺の問いに答える。
「型抜きできる固めのゼリーを作る場合は300グラムに3グラム、緩めなら350グラム3グラム溶かせ、だって。」
ふむ。柔らかいゼリーを作るなら何グラムまで固まるかの実験をしてもいいかもしれないな。
「で?最初に砂糖と混ぜてから溶かすとかじゃなくて、水に突っ込んでいいのかな?」
「良いらしい。ただ、水につけて最低5分はふやかせと。」
ふやかす時間は商品の性質ごとに差があるのでしっかりパッケージを読むべきだ。
ちなみに砂糖とあらかじめ混ぜてから溶かすのはカラギーナンだ。カラギーナンは水嫌いで、砂糖に混ぜてからじゃないと水に溶けてくれないのだ。寒天より早く溶けて、寒天と同じくらいの温度で固まる。
鍋に300グラムの水を入れてそこに3グラムのプルルンを入れる。5分くらい待ってから火をつけて木べらで混ぜる。ゼリー作りが上手くいかない作れないなら原因は大体ここに原因があるパターンが多い。
完全に!溶けるまで!混ぜるんだよ!!コツはこれだけだ。
「ずっと完全に溶けるまで混ぜ続けるとだまにならないよ。」
「ほお。」
メイが感心したように言う。
「で、パッケージに他に注意書きはない?」
「んー。85度以上加熱って書いてあるな。」
沸騰させるなとは書いてないか……。まあ海藻からとっているのだから当たり前かもしれないけれど。
固まる成分がタンパク質で動物由来なゼラチンは熱に弱い。沸騰させてしまうとタンパク質の形が変わり固まりにくくなってしまったりするのだ。だからゼラチンの調理をするのなら沸騰させないように注意するしないといけない。あとタンパク質を分解する酵素を持つ系の果物との組み合わせは面倒だ。果物を加熱して酵素を失活させないとゼラチンが固まらなくなる。それでも口どけもよくて、タンパク質の摂取も出来て、透明度も高いからゼラチンも凝固剤としては優秀で人気なわけだけど。
さて、対して寒天は90度以上で溶けるので沸騰ぐらいの勢いで加熱しないといけない。プルルンは85度で溶けるらしいからやっぱり寒天とは別物なんだろう。
「ちなみにその鍋の中身は水だけか?」
「樹液が入ってる。甘いよー。」
とりあえずお試しなのでそれ以外は入ってないけど。
真横からミズタマンが果汁を使ってほしそうにこちらを見ているけれど、それは気づかないふりをする。
鍋の中でプルルンを完全に溶かしたら耐熱容器に流し込む。粗熱を取ったら冷蔵庫に放り込む。
「一緒にお菓子作りっていうか、料理番組の料理人と助手みたいなんだが……楽しいか?」
メイが怪訝そうに聞いてくる。
「個人的には楽しい。」
そういえばメイは嬉しそうにマシュマロを数個あふれさせた。うん。甘くて美味しい。
今まであえて注目してなかったけどメイの格好はいつものTシャツ短パン。その上からシンプルだけど胸元と裾に軽くフリルをあしらったクローバー柄のエプロンを付けている。それで頭には黄色の三角巾。この、ちょっと幼い感じだけどさりげなく可愛い感じが正直に言って大分良いと思う。
いや、いつもの野生の妖精みたいな感じもも町に行くときの正体隠してる感じの格好も、実験してる時の白衣羽織ってる感じも良いんだけどエプロン姿ってまた違ったグッとくるものがあるんだよな!あれか、こう、俺のためにそういう格好してるみたいな特別な感じ……
「おい、実。」
「ひょい?!」
変なことを考えていたせいで、変な声が出てしまった。冷蔵庫のゼリーが固まるのを待つ間にメイが俺にノートを渡してきた。
「これは?」
「俺の師匠のノート。世間知らずな俺に師匠が色々書いて教えてくれた。あと、こっちは俺が知ってることをまとめたノート。」
ありがとう、そう言おうとした。けど口から飛び出したのは素朴な疑問だった。
「どうしてこれを俺に?」
メイは俺の質問に笑って
「実は世間知らずだからな。」
と言った。
そうして出来上がったゼリーは透明。光に照らすと樹液のオレンジが少しだけちらつく感じのゼリーに仕上がった。樹液の風味が大分いいのがよく分かる出来だ。
「甘いけどしつこくないし、水とかの臭みも苦みもないな。」
「うん!つるっとしてて美味しい。ここまでシンプルなゼリーって普通に売ってないしこれはこれでありだな!!」
メイからは驚きの金平糖がこぼれた。一つつまんでゼリーと一緒に口に放り込む。シャリっと小気味良い歯ごたえにスッと溶けるくちどけ。
「うん。美味しい。」
満足して口角が上がる。顔をあげるとメイと目が合った。
「?」
首を傾げればメイはゼリーに向き直った。
「良いのが作れたら、小林さんやサラマンザラにあげてもいいかもな。」
「そうだな。結局会いに行くって言ったのにまだ行ってないしな。」