第14キロ 感情屋
「体調が最近悪くてな。だるいんだけど、屈強な戦士が言っていた薬はあるのかい?」
マッチョンのおかげか、体調が悪くなった人たちがちょこちょこ薬を買いに来るようになった。やっぱり体調が悪くなる人が結構いるようだ。
「ありますよー。」
水溶性ビタミンだから一気にたくさん摂ってもあんまり意味はない。しっかり毎日摂り続けるようにすることが大切だ。
だけど……栄養学が無いこの世界では、それはただの栄養ドリンクという名の薬の注意書きにしかならない。死に至る病だし、本当はもっとどうにかしないといけないんだけどな。だからといってやっぱり俺にどうにかできる問題でも無く……。
「今日は魚だ。ニジマスの混ぜご飯です。」
「おー!!」
野菜とお肉と魚と、メイと俺の食事は大分多様性に富んできて、栄養成分の肩よりも少なくなってきたと思う。
「大豆とひじきの煮物。メイもしっかり食べなさい。」
「何か大豆って加工して食べるイメージなんだよな~……。」
流石にきな粉餅を毎日食べるわけにもいかない。大豆を蒸してひじきと油揚げと煮たものが今日のおかずだ。油揚げは油が手に入ったので作ることが出来ました。何か揚げ物とかも出来るようになってダイエットから遠ざかっているような気がしなくもないが……。いや、量さえ食べなきゃ問題ない!……多分。
メイは大豆を収穫したら大体豆腐にして、醤油と味噌をついでに作っていたようだ。そのせいか基本的に大豆をそのまま食べる習慣が無かった。いつか納豆が作れたらどんな感情を零してくれるだろうか。
(嫌がられるかな~。)
ぼんやりとそんなことを考えていた。ビタミンKの摂取を考えたら納豆はマジ有能なんだけど。緑黄色野菜からも摂れるからまあ良しとする。
「なああんた達、町まで薬を売りに来てくれないか?」
ある日店に良く顔を出してくれるおじさんにそう言われた。
「え?」
「病気の症状があるものは怠さを訴えるもんが多くてな、ここまで歩いて来られないもんもいるんだ。」
確かに。
脚気の症状に倦怠感がある。
特に下半身の倦怠感が酷いらしい。
症状が重い人ほど、町の近くだとは言え、森に来れるわけが無かった。
「……どうする?」
メイが小声で俺に尋ねる。
「俺に任せて。」
「実……。」
「俺、販売職やってたし。多分大丈夫。」
それにこの活動は全部俺のせいだ。俺がやりたくて、俺の力が足りなくて、でも救いたいなんて……そんなバカな俺のせい。
「栄養ドリンク、たくさん売ってくるから。」
メイの頭を帽子の上からポンポンする。
「じゃあこれも売って来てくれ。」
メイに渡されたのはもち米。
うん、商魂たくましい。
「ミズタマンと一緒に行け。こいつは俺の使い魔でもあるけど、実の使い魔でもあるから……。多分何かあったら全力で助けてくれる。」
メイがそう言ってミズタマンを渡してくる。俺は頷いてミズタマンを受け取った。
そんなこんなで大きなリュックに栄養ドリンクともち米を詰め込んで、手にはミズタマンを持って俺は町に向かった。
「いや、ミズタマンは普通に歩けよ!!」
ツッコミを入れたら甘えるようにツタで俺の手をなでなでしてきた。
……甘えられているのだろうか……。
町には店までドリンクを買いに来てくれていた人たちもいて、口コミもあって結構早く完売してしまった。あともち米はメイお勧めの道具屋さんに売りに行った。
(やっぱり結構脚気の症状が出てきてる人がいそうだな……。)
今後を考えると大豆の生産量を増やすか、やはり他に良いビタミンB1の多く含まれる食品を手に入れたい。
そんなことを考えていたらパラッと手元に黄色に光るセロファンで包まれたキャンディが落ちてきた。
「へ?」
顔をあげて俺は目を見開いた。
「よ!お嬢ちゃん!」
「わーい!感情屋さん!もっとキラキラして~。」
女の人がくるくると街中で踊っていた。茶色の髪が根元で2つの小さなお団子になっていてその下は腰くらいまで髪が垂れていた。。水色からピンクのグラデーションのリボンを回しながら、上下左右に飛び回る。楽しそうに踊って、まるで魔法のようにカラフルなセロファンに包まれたキャンディが飛び散るのだ。
(これって……感情?)
メイ以外が零している感情を初めて見た。俺は手元に落ちてきたキャンディを食べてみた。周りを見たら皆そうしているから多分そうする物なんだろう。
(……嬉しさ?かな。……でも何だろう。)
あんまり美味しくないな……と思った。
「お兄さん!素敵なお腹のお兄さん!」
「え?」
気が付けば女の人のショーは終わっていた。集まっていた人たちが町に戻って行く。そんな中、俺はショーをしていた女性に話しかけられた。
「な、何ですか?!」
「私の感情、いかがでした?」
「え……?」
俺は言葉に詰まってしまった。だって、メイの感情とは比べ物にならなかった。メイの感情はすごく美味しかった。でもそれを口に出すのは憚られて……。
「うーん。あんまり美味しくないですか?」
女性はそう言って苦笑した。顔に出ていただろうか。慌てて意識して顔を引き締める。そうすると彼女はおかしそうに笑った。
「そこまで素直だと逆に傷つきますよ~。感情屋力作の感情なのに。」
「感情屋?」
さっきショーを見ていた子供もそんな事を言っていた。
「ええ。私感情屋ですよ。もしかしてご存じありません?」
俺は頷いた。大道芸みたいなものだと思っていたけど……。
「感情屋は自分の感情をコントロールして、それを生業とする者です。」
「へえ?」
「私はその中でも自分の感情を魅せる感情屋。まあ先ほどのようにショーをしたりするのです。」
どうやら感情屋というものの幅は結構広そうだ。
「人が美しいと思う感情を持ち、その気持ちを現れるまで高めて、そうして魅せる。」
この人は役者みたいな感じなんだろうか。
「結構講評なんですよ?私の感情。美しくて、美味しいって。」
彼女はそう言うとポンと手のひらに赤色のセロファンに包まれたようなキャンディを出した。そうしてそれを親指と人差し指で挟んで光にかざした。まるでビー玉のように綺麗だったけど、それでも俺はメイの感情の方が好きだった。
「よっぽどなんですね。」
ぼんやりそんなことを考えていたら女は呆れたように言った。
「へ?」
「その子は、よっぽどあなたに真っ直ぐに向き合っているんでしょうね。」
「……え?」
「私の感情は確かに感情なんです。本物……そのものとは言わないけど、偽物では無い。私が確かに心に持った感情。そこらの偽善なんかより、ずっとずっと真っ直ぐなんですよ。」
彼女は眩しいものを見るように目を細めた。
「なのにそんなに不服そうな顔をされたら傷つきます。あなたが普段貰ってる感情はよっぽど真っ直ぐなんですね。」
よっぽど……真っ直ぐな感情。
あんまり意味が分からなくて呆然としていたら彼女は呆れたように笑った。
「せいぜい大切にするんですね。本当の感情をまっすぐにくれる人って、意外に貴重なものですよ。」
そう言ってその場を立ち去ろうとする彼女に名前を聞いてみた。
「そうですね……。感情屋のフィールとでも呼んでください。」
そう言って笑って立ち去る彼女は何の感情も落とさなかった。
フィールさんは実より身長が高いお姉さんです。