第117キロ 秋野実は帰れない
豆腐は低カロリー高たんぱく。腹持ちもなかなか。大豆製品のアミノ酸スコアは100。素晴らしい。
ただ……筋肉を維持したり、筋肉をつける……基礎代謝の上昇のためには豆腐だけだとちょっと物足りないかもしれない。
「動物性たんぱく質……。」
特にあれか。乳製品のホエイタンパク質、あのプロテインにもよく使われてるやつ。筋肉のことを考えるならそういうたんぱく質を摂るべきなんだろう。
「いや、でも俺、マッチョになりたいわけじゃないんだよなあ……。」
でも痩せたいなら基礎代謝をどうにかするべきで、基礎代謝のためには筋肉をどうにかすべき……。カロリーだけを抑えたダイエットには限界があるんだよな。不健康に痩せて基礎代謝が落ちたら痩せにくくなるし。
俺がそんなことをぐるぐる考えているとメイがやってきた。
「実……。」
「え?なに?」
メイはなにやら暗い表情だ。
え?なに?何か壊したとか?そんな失礼なことを考えてしまう。
「実に、言わなきゃいけないことがあるんだ。」
「な、なに?」
なんかヤバいこと?もしかして闇のドラゴンが俺のこと気に入らないから出ていけとかじゃないよね?
「あのな……。」
メイはすごく言いにくそうだ。大体のことはきっぱり言う派のメイが言い淀むなんて、どんなに言いにくいことなんだ?!
出ていけ?
汗臭い?
デブ?
いやそれは初対面から言われたな。な、何を言われるんだ?!
「お、お前が」
「お、俺が?!」
「お前が元の世界に帰ることが出来ないっぽいんだ!!」
意を決して、真剣な表情でメイがそう言った。
「……そっか。」
「……。」
意外と、意外とダメージが低い。メイはなんだかすごく心配そうだけど。
「大丈夫だよ。」
「は?」
本当に、意外とダメージが低かった。
繋がりを持っていても良いと思った人のほとんどはブラック企業で働くうちに連絡もとらなくなってしまった。会社の人は仕事じゃなきゃ関わりたくないような奴が多い。そこまで嫌いじゃなくても、交友を持つ気がしない人ばかりだった。
親くらいしか特別な存在がいない。親に挨拶が出来なかったのは残念だし、友人と連絡をとりたくてもとれなくなったのは悲しい。けど、友人とはきっとこの先も連絡をとらなかっただろう。たとえこの世界にこなくても。
親は……何も言えなかったけど、それでも、俺よりきっと早くいなくなる存在だ。俺がいなくなっても、俺の幸せを祈ってくれる存在だ。けれどこの先ずっと俺が……まあ寿命で死ぬと仮定して死ぬまでいてくれる確率は低いだろう。
そう考えたら、この世界での新しいつながりの方が
「大丈夫なわけないだろ!!」
ぼんやりしていたのだろう。メイが俺の頬を両側から挟んでハッとする。
「大丈夫なわけないんだ……。いつでも帰れるって思ってた場所がなくなるなんて……。実際に帰りたいとか、帰るとかしなくても、帰ることが出来るっていう事実は大切なんだ。」
「メイ……。」
メイの方がよっぽど苦しそうな表情をしていると思う。
「俺ですら、そうなんだ。愛も情も無いような俺ですら、帰る場所が、自分の生まれた場所があって、そこにいつでも、行こうと思えば行けることはある種の支えなんだ。」
「そっか……。」
もしかしたら今はまだ受け止め切れていないのかもしれない。後から悲しさが来るかもしれない。
「悲しくなったら、その時に助けてくれると嬉しいかな。」
そういうとメイはとりあえず納得したのか、俺の頬から手を離した。
床には悲しみのドロップが散らばっている。俺のために悲しんでくれたと思うと申し訳ないけど、悲しませてしまったと思うけど、少しだけ嬉しかった。
「メイがいれば、大丈夫だから。」
「……!」
「ちなみに元の世界に帰れないってどこ情報?」
「闇ドラゴン情報。」
ドラゴンすごいな。俺の思考はもう次の話に飛んでいた。
実君は帰れませんが、帰る選択肢があっても結局帰らないことを選択するような気がします。メイちゃんは故郷の実家が嫌いだし、連れ戻されなければ帰るつもりもなかったけれど、実君にこう言える人です。